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患者さんと医師が治療方針を決める材料となる 2018年版乳癌診療ガイドラインの特徴とは

患者さんと医師が治療方針を決める材料となる 2018年版乳癌診療ガイドラインの特徴とは
岩田 広治 先生

愛知県がんセンター 副院長兼乳腺科部長

岩田 広治 先生

目次
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この記事の最終更新は2017年10月14日です。

日本乳癌学会では、2017年現在、2018年版の乳癌診療ガイドラインを作成しています。そして、このガイドラインの大きな特徴は、ガイドラインの内容を決める最終決定の場に、医師だけではなく、乳がん患者さんや看護師、薬剤師も参加するという点です。

今回は、記事1『医療におけるガイドラインの役割とは 目的や重要性、乳癌診療ガイドラインについて』に引き続き、愛知県がんセンター中央病院乳腺科部長兼副院長で、2018年版の乳癌診療ガイドライン作成委員会の委員長でもある岩田広治先生に、2018年版乳癌診療ガイドラインの作成プロセスや課題についてお話しいただきました。

2015年版までの乳癌診療ガイドラインも非常に先進的に作り込まれたものでした。しかし、盲点も存在しました。

私たち医師は患者さんに医学的介入をする際、必ずその治療のよい面と悪い面を総合的に評価したうえで、治療を実施するのかしないのかを決めるという作業を、常に繰り返しています。しかし、今までのガイドラインには、エビデンス(根拠・証拠)レベルの高い治療法であれば、悪い面がどのようなものなのかにかかわらず、「強く推奨する治療法」と記載されていました

治療に関しての有害事象を考慮していかなければ、患者さんにとってさまざまな障害が起こります。たとえば、閉経後であり、ホルモンレセプター*が陽性の乳がん患者さんがいるとします。このような方の場合、「術後のホルモン治療はアロマターゼ阻害薬(AI剤)**の使用が強く推奨される」とガイドラインには記載されています。これは、アロマターゼ阻害薬とタモキシフェンという2種類の薬の比較試験が世界中で行われた結果、「全ての事柄において、アロマターゼ阻害薬のほうが再発する確率が低くなった」というエビデンスから「強く推奨する」という形でガイドラインに載っています。

しかし、2つの薬の使用結果に大幅な違いが生じたわけではありません。また、有害事象はどのようなものかという観点で見ていくと、アロマターゼ阻害薬を服用した場合は、関節が痛くなるといった副作用が発生します。そのため、医師は個々の患者さんの状況を考慮したうえで、どちらの薬を使用するかを判断する必要があります。ガイドラインには、「副作用が発生する」という記載はありますが、そういった面をトータル的に考慮しどちらの治療を推奨するのかということは書かれていません。

また、患者さんがどのくらいのコストを負担するのかということも非常に重要です。患者さんによっては、ある一定以上の費用が発生するのであれば、その治療を望まないという方もいらっしゃいます。このようなことから、よい面と悪い面、コストがどのくらいかかるのかを総合的に議論し、評価したガイドラインが求められているのです。

*ホルモンレセプター……細胞内のホルモンが作用する部分のこと。ホルモンレセプターは乳がん細胞の中にもあり、レセプターにホルモンが結合すると乳がん細胞が増殖する。

**アロマターゼ阻害薬(AI剤)……閉経後の乳がん細胞とホルモンの結合を抑えるための薬。

2018年版の乳癌診療ガイドライン作成には患者さんも参加
素材提供:PIXTA

上記のような盲点を補うために現在作成されているのが、2018年版の乳癌診療ガイドラインです。そして、新しいガイドラインの大きな特徴は、その治療法を強く推奨するかどうかを最終的に決定する会議の場に、従来の医師だけという形ではなく、患者さん、看護師、薬剤師も参加するという点です。

ガイドラインの作成に患者さんが参加するということは、おそらく日本初の試みです。なぜ今回のガイドライン作成をこのような形にしたかというと、乳癌診療ガイドラインを、患者さんと医師に治療方針を決める材料として活用していただくためです。

患者さんと医師が相談をしながら治療方針を決めていくことを近年は、Shared decision makingシェアード・ディシジョン・メイキング)といっています。今までのガイドラインでは、上でも述べたように、エビデンスの評価が高い治療という面を重要視していました。そして、ガイドラインを使用する医師は、治療の悪い面や費用といったことを考慮せず、ガイドラインに書かれているとおりの治療法を選択してしまうケースも少なくありませんでした。

しかし、患者さん1人ひとりにとって、置かれている状況や考え方、重要視する点は異なります。そのため、実際の乳がん患者さんの意見も考慮し、その治療法が持つすべての面(効果・副作用・費用など)を提示し、総合的に評価したうえで、強く推奨するのか、しないのかを決定します。

そうすることで、エビデンスの評価が高いという理由で医師が一方的に治療方法を決定するのではなく、Shared decision makingシェアード・ディシジョン・メイキング)という言葉のとおり、患者さんと医師とが二人三脚で治療を決定する材料としての活用が可能となるのです。

通常ですと、乳癌診療ガイドラインは2年に1回の改訂作業を行っています。そのため、今回の改訂作業も、今年である2017年には完成している予定でした。しかし、大幅な改定により膨大な量の作業が発生しているため、発表を1年延期し2018年版となりました。

これほどまでに膨大な作業が発生している1つの要因として、1つのクリニカルクエスチョン(CQ:臨床的な疑問)に対しての全てのアウトカム(結果・成果)を、システマチックレビューという統計ソフトに入れ直すという作業を行っているためです。

作業方法は、まず、1つのクリニカルクエスチョンに対して、いくつかのアウトカムを設定していきます。たとえば、術後の薬物治療のクリニカルクエスチョンだとすると、この薬の治療を行うことで、生存率が上がるというアウトカム、乳房温存率があがるというアウトカムといった益のアウトカム、逆に障害が発生したといった害のアウトカムも含め、世界中の論文から調査し、統計学ソフトに入力していきます。このような作業を、全てのクリニカルクエスチョンに対して実施しています。

その後、1つひとつのクリニカルクエスチョンに対して、益のアウトカムと害のアウトカムのバランスを考慮しながら、エビデンス総体というチャートにまとめます。そして、その結果をベースとして4段階の評価を行い、解説文を考えていきます。この作業までをシステマチックレビューチームという方々にやっていただいています。最終的にはこの結果をもとに、ガイドラインの最終決定を行います。

海外では、このシステマチックレビューに入力し、評価を決めるまでの作業を専門の業者が担っています。しかし日本では、忙しい仕事の合間をぬって、若手のドクターに担当してもらっています。

もし、ガイドライン作成のための資金が潤沢にあれば、海外のように企業に依頼することが可能になります。しかし、そのような資金を用意することは不可能なため、日本では医師が行っているのです。専門の業者ではないため、時間も要しますし、医者の負担も大きくなります。この点が、ガイドライン作成においての現在の課題となっています。

現在、ガイドラインを作成するにあたってのシステマチックレビューの作業は、各国ごとに行っています。しかし、どの国で行う場合でも、世界中からエビデンスを集めて集計しているため、国ごとにシステマチックレビューの結果が異なるということはありません。そのため、本来であれば、世界中で1度だけシステマチックレビューを行い、その結果を各国で共有すればよいことなのです。

そして、その結果に基づき、それぞれの国の制度とニーズに合わせたガイドラインを作成していけば、ガイドライン作成に要するコストと時間の削減が可能になります。将来的には、AI(人工知能)がシステマチックレビュー作成の役割を担うようになるのではないかと、私は考えています。

岩田先生

現在作られている乳癌診療ガイドラインは、医師から患者さんへの一方通行の医療ではなく、患者さんも医師と治療について話し合い、参加できる形を実現するためのガイドラインです。

さらに、日本乳癌学会では、患者さん向けの乳癌診療ガイドラインも作成されています。患者さん目線に立った分かりやすい内容となっています。こちらの改訂も2019年に行う予定です。ぜひご期待ください。

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  • 愛知県がんセンター 副院長兼乳腺科部長

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