頭髪がまとまって抜ける円形脱毛症は外見に与える影響が大きく、社会生活に支障をきたすこともあります。治療を受けることに対する心理的ハードルを感じる方も多いそうですが、円形脱毛症にはさまざまな治療があり、受診することで発毛に限らない問題解決の手がかりを得られる可能性があるといいます。杏林大学医学部皮膚科学教室講師の木下 美咲先生に、円形脱毛症という病気とその治療法、受診や治療で気を付けたいことなどについてお話を伺いました。
昔話などにみられる「一夜にして白髪になった」というエピソードは、恐怖や強いストレスを受けたときの比喩のように思われているかもしれませんが、円形脱毛症の症状の可能性があります。
円形脱毛症を引き起こす「自己免疫応答*」については分かっていない部分も多く残されています。免疫が何を攻撃のターゲットにするかについてはさまざまな研究がなされ、黒い毛のほうが白髪に比べて抜けやすい現象が確認されていることから毛の色素に関連した何らかの抗原を標的にしているのではないかとも考えられています。一夜にして白髪になったというエピソードは、黒い毛が免疫による攻撃を受け、もともと白髪交じりだった頭髪のうち黒髪だけが急激に抜けて白髪が残り、白く変わったように見えるとすれば説明がつくと思っています。
*自己免疫応答:有害なものが体に入ってきたときに免疫細胞がそれらの排除のために反応する「免疫応答」が自己の細胞や組織に対して起こること。
円形脱毛症は、本来は外的因子から自分の体を守るための免疫システムが誤って自己を攻撃するようになってしまう「自己免疫疾患」の1つです。毛やそれを作り出す毛包は私たちの体の一部なので、通常は自分の免疫システムが「敵」とみなして攻撃することはありません。専門用語で「免疫特権」という、自分自身の器官が免疫の攻撃から逃れる仕組みを有しているのです。その仕組みが何らかの理由で破綻した結果、毛や毛包が攻撃対象となってしまうことで、円形脱毛症が起こると考えられています。
そのような反応がなぜ起こるかについては分かっていない部分が大きいのですが、遺伝学的な素因を持ったところに何らかの“ストレス”がかかると、それが引き金となって免疫特権の破綻が引き起こされると考えられています。注意していただきたいのは、ここでのストレスとは、一般の方が「ストレスを感じる」と言うときにイメージする狭い意味のものではなく、疲労やウイルス感染症、ワクチン接種、出産など、肉体もしくは精神に負担を与えるような何らかのイベントを指します。一般に言うストレスが原因というイメージが独り歩きしてしまい、患者さんから「仕事を休んだほうがいいですか」といった質問を受けることも多くあります。そうしたときに、患者さんには「精神的なストレスが免疫状態に影響を与えることはあり得ますが、それが円形脱毛症の主たる発症・増悪要因になっているかに関しては、科学的な証拠はありません」とお話ししています。
報告により、ややばらつきはありますが、小児から高齢者まで罹患し、男女で大きな罹患率の差はないと考えられています。
境界が明瞭な毛のない部分、すなわち「脱毛斑」が出現することによって円形脱毛症に気付く方がほとんどです。前駆症状や随伴症状はないことが多いですが、一部の患者さん、特に激しい脱毛が起きている患者さんは脱毛が起きる前後に頭皮の違和感や痛み、かゆみといった異常感覚を感じることがあります。
脱毛斑の分布によって分けるのが円形脱毛症の一般的な分類方法です。この分類方法では以下のように分けられます。
また、重症度の分類にはSALT(Severity of Alopecia Tool)という頭髪の脱毛範囲を評価するツールを使うのが一般的です。頭部を左右、後ろ、トップの4領域に分け、それぞれの脱毛面積を0~100の間のスコアで表します。ただ、びまん型の患者さんをこの分類で評価しようとすると、多量の脱毛があるにもかかわらず「重症度が低い」とされてしまいます。そのため、びまん型の患者さんについてはSALTだけでなく、実際に抜けている量を確認したり「トリコスコピー」という皮膚観察用拡大鏡を用いた評価を行ったりすることが特に重要です。
重症度や年齢などさまざまな因子によってできる治療が変わってきますので、患者さんごとに適切な治療を選んでいくことになります。
治療は大きく分けて局所療法と全身療法があります。
局所療法は脱毛している部位、主に頭皮に対して行う治療で、炎症を抑えるはたらきがあるステロイドの外用薬や注射薬、補助的に頭皮の血流改善を促す薬剤が使われることがあります。ほかに定期的に頭皮に特定の波長の紫外線を照射する紫外線療法があります。
全身療法には、主にステロイドの内服や、急速に進行するタイプの患者さんには高用量のステロイドを3日間点滴で投与するステロイドパルス療法を行うことがあります。
2022年にJAK阻害薬が重症円形脱毛症の全身療法に使えるようになりました。JAK=ヤヌスキナーゼは、炎症性サイトカイン(主に免疫系細胞から分泌される炎症症状を引き起こすタンパク質)による刺激が細胞内に伝達されるときに必要とされ、その伝達を阻害するのがJAK阻害薬です。患者さんには「自分の免疫細胞が自身の毛を攻撃するような信号が生じているので、その信号を抑えるはたらきをする薬」だと説明しています。
JAK阻害薬は、SALTスコア50以上の重症かつ約6か月にわたって自然な毛の再生がない状態が続いている慢性期の円形脱毛症に対し、2025年9月現在2種類が保険適用になっています。基準を満たしていることに加えて、治療成績に影響を及ぼす罹患期間や重症度、患者さんの健康状態なども考慮し、使用を検討するようにしています。
治療法は、患者さんの年齢や重症度、病期(発症直後で髪が抜けている時期か、症状が固定して変わりのない状態が続いているかなど)の3つの要素を考慮して選択する「AA cube」という考え方があり、日本皮膚科学会の円形脱毛症診療ガイドライン 2024に分かりやすい図が掲載されています。ただ、患者さんにはそれ以外に金銭的な事情や社会生活などさまざまな背景があり、求める治療目標も異なります。ですから、実際には患者さんと話し合いながら適切な治療を一緒に考えていきます。
多くの患者さんにとって発毛することが目標になります。治療をしていても目標が達成できないときには、一定の期間を経たあとに「今後、治療効果は期待できるか、その治療を続ける意義があるか」を見極める必要があります。効果がみられなければ「いったん治療を中断するか、別の治療に変更するか」を患者さんと改めて相談しています。
また、先にお話ししたガイドラインでは「かつらの使用」という対策にも言及されています。髪が生えることを目的としたものだけではなく、「どうやって生活していくか」を一緒に考えることも含めて「治療」だと思っていますので、相談の際にはそうした選択肢についてお話しすることもあります。
治療には有害事象(副作用)のリスクがあります。どのようなリスクがあるかをあらかじめ説明して患者さんと知識を共有しておけば、もし有害事象が起きてもいち早く対応できると思っています。先手を打つことは治療がうまくいくために重要ですから、いま受けている治療、特にそのリスク面について患者さんに理解していただけるよう気を付けています。
なかには治療を始めるとすぐに毛が生え始めて、1か月もすると治ってしまうというイメージをお持ちの患者さんもいらっしゃいます。しかし、同じ皮膚科の専門領域でも、皮膚炎や蕁麻疹のような病気と違い、円形脱毛症は治療がうまくいっても発毛効果が得られるまでには一定の期間がかかります。それをあらかじめ理解しておいていただかないと、「効果がない」と短期間で治療を中断したり必要以上に不安になってしまったりすることにつながりかねません。ですから、毛周期(毛が抜け変わるサイクル)という概念や、最初に産毛のような細い毛が生え少しずつ太めの毛になり最終的にしっかりとした毛になること、それまでには少なくとも数か月かかることを患者さんに理解していただけるよう特に注意をしています。
また、円形脱毛症が改善すると、最初に白髪が生えてくることがよくあります。その場合も安定して発毛状態が持続していれば黒髪に戻ることを経験していますので、いったん白髪になっても驚かれず、ゆっくり治療を続けましょうとお話ししています。
円形脱毛症にはさまざまな治療法があり、場合によっては重症の患者さんでもよい発毛状態を得られるようになってきました。治療を提供する側としては、髪が生えて定着することについ目が向いてしまいますが、全ての患者さんが発毛を目標にしているわけではありません。たとえば汎発型の患者さんによくよく話を聞くと、まつげと眉毛が生えれば頭髪はウイッグ(かつら)でも構わないということもあります。患者さんの考えや気持ちを理解しないまま、医療者側が「よくしたい」という一心で突っ走ってはいけないと、自分に言い聞かせるようにしています。
円形脱毛症を発症したとき、受診して治療を受けることに心理的ハードルを感じるかもしれません。ですが、今の状態に対して何ができるのか、自分の抱えている問題がどこにあってそれを解決するためにどういう選択肢があるかを知っていただくだけでも、受診する意味はあると思います。まずは少しだけ勇気を出して、一歩を踏み出して相談していただければと思います。
受診の際には、まずはお近くの皮膚科専門医(日本専門医機構認定皮膚科専門医もしくは日本皮膚科学会認定皮膚科専門医)にご相談ください。「脱毛専門」の先生が必ずしも皮膚科専門医であるとは限らない点は注意が必要です。受診してご相談されるなかで、ご自身の抱える問題がなかなか解決しないと思われたら、重症・軽症にかかわらず大学病院や専門機関を紹介してもらってもよいと思います。
杏林大学医学部皮膚科学教室 講師
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