この苦しみを乗り越えるために

DOCTOR’S
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この苦しみを乗り越えるために

事故による片目の失明、肺がんと診断された経験を糧にして、がん患者さんと向き合う寺嶋先生のストーリー

兵庫県立粒子線医療センター 医療部放射線科長兼放射線科部長
寺嶋 千貴 先生

「左目の失明を言い訳にする人生にはしたくない」

人の役に立つ職業に就きたいという思いから医師に

子どもの頃から、漠然と「人の役に立つ仕事がしたい」と思いながら育ちました。そんななか、中学1年生のときに事故で左目を完全に失明。この思春期の失明が私のなかで最大のコンプレックスになり、中学、高校とずっと悩んでいました。そして将来を考えたとき、片目でもハンディが少ない職に就きたいと考えるようになりました。その頃、私はコンピュータプログラミングに出会い、すぐにのめりこみました。進路を定める頃には、趣味を活かすことができるプログラマーになるか、人の役に立つ仕事である医師になるかで迷いました。このときに、「プログラミングをしながら医師という職に就くことはできるが、プログラマーという職に就きながら医療はできない」と考えた私は、医師になることを決意し、神戸大学医学部に進学しました。

平面世界で医療に従事する放射線科を選択

片目で外科医になれるのかどうかを確かめるため、医学部6年生のときに、手術の実習を受けさせてもらいました。そこで先輩たちの手さばきを目の当たりにした私は、「両目がそろっていて立体視できる人には、到底かなわない」と痛感しました。

私は絶対に、手術での失敗を片目である所為にしたくはありませんでした。もし、自分の失敗を片目の所為にしたら、その失敗を乗り越えられず、立ち上がることができなくなると考えていたからです。

そうして、プログラミングと同様にフィルムやディスプレイを対象にする、つまり立体世界ではなく平面世界で医療に従事する放射線科に進むことを心に決めました。

私は失明というコンプレックスを抱えたことが原動力となり、視界にうつる2次元の世界を、頭の中で3次元の世界に再構築する力を鍛えてきました。この力を、放射線科であれば活かすことができると思ったことも、放射線科を選択する後押しになりました。

悩み苦しんだことが原動力に―「がん患者さんのために」

がんと診断され、奈落の底に突き落とされる

無事に医師免許を取得し、医師人生の第一歩を踏み出そうとしたときに、肺がんと診断されました。私は自分ががんであることを受け入れられませんでした。恐怖にも陥りました。呼吸器外科の教授の診察時には「来週切ろうか」と言われ、放射線科の助教授に相談すると「もう少し様子を見たほうがいい」と言われました。どっちを選べばいいのか、医師である私にも全く分からず、余計に混乱しました。

悩んだ挙句の末、様子を見ることを選択。それから2年の間経過しても、相変わらず病気を受け入れることはできず、大変悩み苦しみました。その間にパニック障害というストレス性障害を発症し、そのことにもずいぶん悩まされました。そしてある日、ふと、「なぜ自分がこんなに苦しんでいるのだろう」、「この苦しんだ経験を活かすことができなければ、生涯、この苦しみを乗り越えられない」と思ったのです。

悩み苦しんだ経験を活かし、苦しみを乗り越える

それから私は思い切って、がん患者さんと真正面から向き合うことにしたのです。私の選んだ放射線科には多くのがん患者さんがいらっしゃいます。

もしかしたらがん患者さんには私にしか理解できない感情があるかもしれない、私にしかかけられない言葉があるかもしれない。もしそうであれば、私が苦しんだ経験が、がん患者さんの役に立つかもしれません。そして、私が苦しんだ経験を仕事に活かすことができれば、自分自身も苦しみを乗り越えることができるのではないかと考えました。

今の幸せがあるのは、これまで苦しんできた結果

片目の視力を失ったことは、最大のコンプレックスになりました。しかし、このコンプレックスが努力の原動力となりました。さらに、片目の視力を失っていなければ、放射線科医にもなっていなかったでしょう。そして、がんと診断された経験がなければ、ここまで患者さんの気持ちに共感し、寄り添おうと努力することはできなかったと思います。

今でも当時のパニック障害がPTSDとして発症し、恐怖で眠れなくなることがあります。それだけの苦しみ、恐怖を味わいました。今も肺に影がある状態ですが、大きさは変わっておらず、定期的に受診をして病態を調べています。

しかし、私は今、幸せだと感じています。それは、心の底から「私なら患者さんの気持ちを救えるかもしれない。もっと患者さんの役に立ちたい」と思いながら、診療にあたることができているからです。これまで苦しんできた経験があったからこそ、迷いなく医師という仕事を続けられているのです。

がん患者さんへのメッセージ

気持ちは自分次第。「笑う1日にしましょう」

がんと診断されたときにその事実が受け入れられず、パニックになって気持ちが落ち込む方は、私を含め、たくさんいらっしゃいます。苦しいときは遠慮せずに医師や看護師とたくさん会話をして、自分は1人ではないということに気付いていただきたいです。たくさんの人に相談したり、自分の苦しみを言葉にすると、気持ちに整理がついて、楽になり落ち着きます。ぜひ、医師や看護師とたくさん話してください。

私は、がん患者さんに「笑っても1日、苦しんでも1日。それなら、笑う1日にしましょう。明日は来ます」と伝えています。私は2年間、ただただ苦しんだだけでした。しかし、気の持ちようは自分次第です。せっかくなら、少しでも気持ちが楽な1日がよいでしょう。できれば笑える1日にしてほしいと、自身の経験から心より思っています。

精神症状が現れたら、医師に相談しましょう

がんと診断されると、不安や抗うつなどの精神症状が現れる患者さんもたくさんいらっしゃいます。そうしたときには、ぜひ医師に相談してください。

たとえば、気持ちを落ち着けるための抗うつ薬や向精神薬に対して、「飲んだら自分が自分でなくなりそう」と思われる方もいらっしゃいます。しかし、私は苦しみぬいた2年間で、抗うつ薬と向精神薬に助けられました。薬を飲んでも自分は自分であることに変わりはありません。

精神症状に悩まれている方は、ぜひ医師に相談してください。このメッセージを読んで、抗うつ薬や向精神薬に対するよくないイメージを少しでも払拭することができたなら、幸いです。

後進の医師たちへのメッセージ

世界でたった1人の存在に

自分の強みや、自分にしかできないことを2つ探しましょう。この2つを組み合わせることで、世界でたった1人の存在になることができると考えています。それがどんな狭い分野でも、その領域でたった1人の存在になれば、必ず人の役に立ちます。そして、さらにモチベーションを上げることができ、努力の原動力になります。私は現在、IVRと粒子線治療の組み合わせによる治療を患者さんに提供しています(2019年9月時点)。ニッチな領域ですが、とてもやりがいをもって治療にあたっています。ぜひ、みなさんも自分の強みや自分にしかできないことを、2つ探してください。

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