DOCTOR’S
STORIES
賛否両論でもいい。独自の発想で新しい手術の発展に力を尽くす奥村浩隆先生のストーリー
幼い頃から、単純な計算問題をひたすら解くような宿題が大嫌いな子どもでした。その一方で、複雑で難解な数学や物理の問題を解くのが楽しかったことをよく覚えています。単純で簡単な作業をやるよりも、ひたすら考え続けて難しいものを解き明かしたいという性格が、難しい手術を手掛ける脳神経外科への道を決めたのかもしれません。
脳の手術はとにかく難しく、とにかく面白い領域です。どの方向からアプローチすれば脳神経を傷つけないか、どうやって骨を削れば手術がしやすいか、どのようなシチュエーションが想定されるか……非常に複雑な構造をしている脳だからこそ、考えなければならないことも多くあります。そこが難しいところですが、難しいからこそ楽しいのだと感じています。
私は今、昭和大学脳神経外科でカテーテル治療の専門医として診療に励んでいますが、大学を卒業したばかりの頃は、この分野の最も難しい手術の一つである頭蓋底腫瘍を専門にしたいと思っていたのです。珍しい病気で、その手術も高度な技術と深い知識が求められます。この難しい手術を専門にできれば、非常にやりがいを持てると思っていました。
しかし研修が始まり、いざ一般病院で臨床を始めてみると理想と現実は大きく異なっていました。一般病院には、そのような珍しい病気の患者さんはほとんどいらっしゃらないのです。このまま理想の脳神経外科医の姿を追い求めていては、自身の専門性が活かせるような機会は年に何回もないと思いました。
「どうすれば自分自身の医師としての価値を高められるだろう?」
じっくり考えた結果、当時はまだあまり注目されていなかった領域に活路を求めました。
当時はほとんどスペシャリストのいなかったカテーテル治療。そのなかでも和歌山県立医科大学にカテーテル治療で有名な先生がいることを知り、私は和歌山へ渡って、今でも師匠としてお世話になっている寺田友昭先生(現・昭和大学藤が丘病院脳神経外科教授)に弟子入りを果たします。寺田先生は、非常に手技が卓越しており、それは、誰もが認めるものでした。そこで8年間カテーテル治療の修業を重ね、2013年に水谷徹先生にスカウトされる形で、昭和大学脳神経外科に入局しました。
水谷先生は東京大学出身で、なおかつ脳神経外科では全国的にも名の知れた偉大な先生です。当然ながら顔は広く、優秀な後輩もたくさん知っているはずですし、今となっては関東にもカテーテル治療を行っている脳外科医は多数います。それにもかかわらず、敢えて私を迎え入れてくれたことは本当にありがたいことです。
昭和大学脳神経外科は、カバーしている専門分野も多く、若手の先生の教育に注力していますので、もし若手脳外科医として人生をやり直せるならば、ここに入りたいと思えるようなすばらしい教室です。
昭和大学に来てからは任せていただく仕事も増え、徐々に成果も現れてきました。最近ではセミナーや講演会にも声がかかるようになり、日々の成長を実感できます。
こう話してみると順調に医師としての出世の階段を上っているようにみえるかもしれませんが、私は決して順風満帆な日々を歩んできたわけではありません。
和歌山県立医科大学にいたころは寺田先生の弟子の先生方が私以外に何人もいましたから、当時の自分は、多数の医師のなかにうずもれているような感覚がどこかにありました。この感覚が、私にとっては非常にむずがゆかったのです。
私は幼い頃から、どことなく人と違う発想を持っていたように感じます。実際に、他の人とは違う意見を言ったり、独自の発想を活かして新しいものを作ったり新たな取り組みをよくしていました。そのような幼少の私に対する周囲の評価は賛否両論でした。たとえば、幼少の頃、独自の発想で作った工作が評価され市の展覧会に代表として掲示されたこともあります。しかしその一方で、自分の発想が大人から「おかしい」と批判されることもしばしば経験しました。
もちろん、医師になってからもこの性格は変わりません。趣味・仕事にかかわらず、自分自身のなかでは「もっとこうしたほうがいいのでは」という考えが次々と浮かび上がってきます。しかし、その発想を口にしたり実行に移したりすると、社会から賛同してもらえることもありますが、批判を受けることもあります。
少年から大人への成長の過程で攻撃されることの辛さを学んでしまった私は、大人になるにつれて無意識に自分の考えをセーブするようになっていました。和歌山での生活はとてもやりがいのあるものでしたが、自身の発想を社会に発信する機会はほとんどありませんでした。
ところが、ある衝撃的な出会いを経験して、私は再び考えを改めることになるのです。
これまでの人生で最も影響を受けた先生は、シャポー先生というドイツの先生です。ヨーロッパでも有数の先生で、難解なテクニックを用い治療困難な症例を次々とこなしておられます。その高度なテクニックは、一流の血管内治療医でも理解し再現することが困難です。
さらにシャポー先生のセミナーは非常に「変わって」いて、セミナーの最中に風刺画を挿入して会場にみせたり、セミナー後に参加者に特殊なお土産(新たにデザインしたドイツのお菓子やレゴの人形など)を渡したり……とにかく「社会の常識」を考えずに独自の形で次々と会を進めていっておられました。
難解で独特な、いわば“常識的でない”手術を行うので、セミナー会場はまさに賛否両論の嵐。批判の声も決して少なくありませんが、シャポー先生は何をいわれてもまったく気にしない様子でした。このような状況でしたが、テクニックだけでなく治療結果がすばらしいので、多数の先生がこのセミナーに参加しておられます。シャポー先生の手術をみて、私は「こんな手術が存在するのか!」と衝撃を受けました。この先生にもっと学びたい。そう強く感じ、先生のもとへ伺い研修を受けたいと伝えました。そしてしばらくの間、先生のもとで勉強をすることになったのです。
2013年、前任地の病院から昭和大学に移るまで時間をいただいて、ドイツのシャポー先生のもとに血管内治療手術の見学にいきました。
ある日、シャポー先生のいる病院で研修を行っていたときのことです。たまたまその日はカテーテル室にシャポー先生と私2人きりで、他のスタッフは全員他部署で仕事を行っているか休みでした。その時も独自の技術で治療を行っていたシャポー先生が、不意に私に「私がこのように治療を行うのはなぜか、奥村君はわかるかい」と尋ねました。
実はこの質問はかつてのセミナーでシャポー先生が参加者から受けた質問と同じで、先生はこの問いに対して何か返事をしていたのですが、その理由が私のなかでは腑に落ちなかったのを思い出しました。私は自分の思うまま、自分の発想のまま、率直に答えを述べました。
するとシャポー先生ははっとした表情を浮かべ、「そうだ、よくわかったね。この手術をぜひ君もやってみるといいよ」と笑顔を浮かべていってくれたのです。そして、この手術をなぜやるのかについて理解されなくても説明する必要はないと。
このとき、ようやくわかりました。シャポー先生は最初から自分の発想を他者に理解してもらおうとは考えていなかったのです。特殊な治療のあり方に対して、少数でも共感してくれる人がいてくれさえすれば、彼はそれでよかったのです。
シャポー先生と話を終えて、私は「そうか。自分の考えを無理やり納得してもらう必要はないし、批判されても気にしなくていいんだ!」と思うことができました。
シャポー先生が開発した「ステントアシストなしでのコイル塞栓術」は、ステントを用いないため、患者さんの脳梗塞リスクが低い術式ですが、手術の難易度も既存の術式に比べて高く、技術そのものの理解が非常に困難なことが特徴です。ですから、この術式はそもそも万人受けするものではないといえるでしょう。日本人でこのような手技で治療を行っている先生を存じ上げませんでしたので、この手技をドイツで学んできました。そこでこの技術を習得し、当時は名前がなかったこの技術に「the Roman Bridge Technique」と命名させてもらえました。
従来の治療法では患者さんを助けられなかったり、リスクが高いとわかっていながらマニュアル通りの治療を進めたりするのは、私にとってはとても辛いことです。たとえ賛否両論であろうと、よい治療成績が得られるのであれば、この「The Roman Bridge Technique」を用いて治療を行っていきたいと考えています。
他の医師に理解していただけるかどうかにかかわらず、よい治療成績が得られ、この術式で元気になってくれる患者さんがいればそれで構いません。以前の私であれば批判されるたびに落ち込んでいましたが、不思議とそれもなくなりました。
手術に限らず、どの分野においても、新しいものが最初に出された瞬間は、賛成意見・反対意見共に必ず出てきます。ガリレオの地動説も当初は受け入れられず「それでも地球は動く」といったとされることは有名です。今では誰もが使うスマートフォンも、主流になるには時間がかかりました。優れているものでもマジョリティーになれるわけでもなく、マイノリティのままでいることもあります。
最近、この手術手技に関して私が講演会に招いていただく機会も増えてきましたし、幸いな事に、私の考えに賛同してくださる先生も相当増えてきました。一方、難解で難易度が高いことなどを理由に、反対意見をいただくこともありますが、今では気になりません。従来の方法にこだわらず、患者さんにとってよい結果が得られる治療を常に考え、選択していこうと考えています。
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