昔の外科においては、手術でできる傷が大きいことは当たり前のことでした。しかし外科手術の進歩がどんどん進歩するにつれて、腹腔鏡手術という小さな数カ所の傷だけでお腹の中を手術できる方法がうまれ、さらには単孔式腹腔鏡手術というへそからの一箇所だけの傷で手術ができる方法が生まれました。
消化器外科医として手術を行うだけでなく、単孔式腹腔鏡手術を発展させるための手術器具開発にも携わる大阪医科大学消化器外科の朝隈光弘先生に、引き続きお話をお聞きしました。
「手術の跡をより小さくする―低侵襲手術の重要性」で説明した腹腔鏡手術は、お腹の何箇所かに傷をあける必要があるものでした。お腹の中を見るためのカメラや手術操作するための器具を入れる必要があるからです。
さらに傷を小さくできないか、できれば傷をへそにできる一つのみにしたいということが考えられました。そのためには、一か所の傷からカメラや手術器具など全てを入れていく必要があります。そんな中で生まれた発想が「マルチポート」です。マルチポートでは、下の写真のようにさまざまな手術器具を一度に体内に入れていくことができます。
この写真で用いているマルチポートは手術用手袋で自作した手袋ポートと呼んでいるポートですが、単孔式腹腔鏡手術が発展するためにはこのマルチポートが製品化され、さらに発展し、普及していく必要があります。そのためにはより安価で、使いやすいものを作り上げる必要があるのです。大阪医科大学では経済産業省の課題解決型医療機器等開発事業の助成金援助を受け、このマルチポートの開発を進めています。医療機器開発、特に手術関連機器において、日本は大いに遅れをとってきました。そのため、ぜひ日本発のマルチポートを作り上げていきたいと考えています。
しかし、このマルチポートは単孔式腹腔鏡手術のためだけのものではないと考えています。つまり、へそからマルチポートを入れるのと同時に、他にも傷口を作ることもあるのです。これにより従来の腹腔鏡手術と同様に様々な手術器具を同時に用いることができます。
これは「単孔式腹腔鏡手術」ではありません。しかし、単孔式腹腔鏡手術を行うことにより蓄積されたさまざまな知見を応用するものです。大いに発展したマルチポートの技術を組み合わせていくことにより腹腔鏡手術全体がもっともっと安全で簡単なものになっていき、より複雑な疾患も取り扱えるようにさらに進歩していくのではないかと考えています。
現在、マルチポートの開発に取り組むと同時に、大阪医科大学では肝胆膵領域で600症例以上で単孔式腹腔鏡手術を実施してきました。他の難しい手術に関してはまだ過渡期にありますが、現在普通に単孔式ではなく腹腔鏡手術が行われている疾患に関しては対象になっていく可能性があります。まだまだ単孔式腹腔鏡手術は発展していく過程にあるといえるでしょう。
また、メリットやデメリットもさらに検証していかなくてはなりません。今のところ、傷が少なくなる(へそだけなのでほぼ傷がなしで手術ができる)ことによって患者さんの満足度が高くなる可能性には議論の余地はほぼ無いと考えます。手術後の痛みに関しては大阪医科大学の検討では、差があるという結果を報告していますが、従来の腹腔鏡手術とそこまで差がないという報告もみられています。また、手術時間も単孔式腹腔鏡手術の方が従来より長くなる可能性も指摘されています。
大阪医科大学付属病院 一般・消化器外科 講師
日本外科学会 外科認定医・外科専門医・指導医日本消化器外科学会 消化器外科専門医日本内視鏡外科学会 技術認定取得者(消化器・一般外科領域)日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医日本がん治療認定医機構 がん治療認定医日本肝胆膵外科学会 肝胆膵外科高度技能専門医
大阪医科大学大学院卒業、外科学博士として一般・消化器外科分野に活躍する。仏・ストラスブール大学を経て低侵襲手術の重要性に着目し、日本の低侵襲手術の発展のために尽力する。特に、患者さんの負担をより小さくするため、単孔式腹腔鏡手術のための「マルチポート」デバイスのさらなる進歩に力を注いでいる。
朝隈 光弘 先生の所属医療機関