インタビュー

脳性麻痺とはなにか―脳性麻痺をめぐるさまざまな課題

脳性麻痺とはなにか―脳性麻痺をめぐるさまざまな課題
(故)渡部 晋一 先生

倉敷中央病院 前総合周産期母子医療センター長

(故)渡部 晋一 先生

この記事の最終更新は2015年10月25日です。

脳性麻痺とは、お産(出産・出生)の前後などになんらかの出来事があって、その結果脳障害が起こるもののうち、運動機能が麻痺することなどにより身体が不自由になることを指します。本人がさまざまなハンディキャップを背負ってしまうことになるのはもちろんですが、それを支える家族や社会にもさまざまな課題があります。そして、その原因として重要なのは「新生児仮死」といわれるものです。

新生児仮死からの脳性麻痺を防ぐために尽力されており、日本初の「臍帯血移植」による治療を2015年4月に行った倉敷中央病院総合周産期母子医療センター長の渡部晋一先生にお話をうかがいました。

脳性麻痺とは、お産(出産・出生)の前後などに胎児・新生児に脳障害が起こるもののうち、運動機能が麻痺することなどにより身体が不自由になることを指します。「脳性麻痺」は病気というよりは結果的になった「状態」のことを指します。つまり、妊娠中・出生時のなんらかの原因で出産前後に脳の一部が損傷したために起こる症状と考えます。

具体的な原因として多いのは、未熟児であることに加え、出産前後に循環不全や呼吸不全に陥る「新生児仮死(HIE)」(正確には新生児仮死状態、現在では胎児機能不全ともいいます)です。先天的な感染症(生まれる前に感染をしていた)も原因になります。

循環不全や呼吸不全になると、酸素の豊富な血液が身体をめぐることができなくなります。そうなると、特に障害を受けてしまうのは脳です。「虚血性脳症」といい、脳が血液不足に陥り損傷を受けます。

脳が損傷を受けた箇所によって、起こる症状にはさまざまなものがあります。具体的な種類としては以下のようなケースがあります。

  • 手足がこわばって硬くなる子ども(痙直型)
  • 手足が過剰に動きすぎる子ども(アテトーゼ型)
  • バランスがとりにくい子ども(失調型)

歩くことは困難なものの話をすることには問題がない子どもや、手は問題なく動くものの話すのが困難な子どももいます。

また、脳性麻痺はいわゆる運動麻痺のことをいいます。精神発達遅滞(成長期に、知的機能が平均より低く年齢相応の行動がとれないこと)はいわゆる脳性麻痺には含まれませんが、精神発達遅滞を伴うこともあります。そうなると運動の障害のほか、精神発達にも遅れを来すことになります。

このように、脳性麻痺の子どもには運動麻痺が起きてしまい、少なからず精神遅滞を合併することもあります。ここからは、脳性麻痺をめぐるさまざまな課題について説明していきます。

脳性麻痺をめぐる課題は大きく分けて3つの軸から考えられます。

  1. 障害を持った本人の課題
  2. 支える家族の課題
  3. 支える社会の課題

脳性麻痺で生まれてきた本人は、大きなハンディキャップを背負わざるをえません。脳性麻痺がなければ通常できるであろうことができなくなってしまい、支えが必要です。つまり、移動・排泄・入浴・清拭・食事などを一人で行うことが困難となることも多く、日常生活にさまざまな問題が生じてきます。

子どもは成長すれば学校に行きます。どこの学校にもエレベーターがついているわけではありません。移動するのも大変です。

また、学習についても通常以上に負担がかかります。もし精神発達遅滞を合併しておらず、知的なハンディキャップがなかったとしても、たとえば手に不自由がある場合には黒板を書き写すことにも時間がかかります。

このように、本人にとっては学校生活全体において非常に不自由な状態が生じてしまい、学校生活を終えて社会に出るとさらにさまざまなハンディキャップに直面することになります。

脳性麻痺においては本人だけでなく、家族にも負担がかかってきます。小さいうちは病院に定期的に通わねばなりません。送り迎えもありますし、状態次第(たとえば寝たきりに近い状態)では自家用車を改造するなどの対応が必要な場合もあります。通院が当たり前のように日常生活の一部となり、時間を使わなければならなくなります。家族旅行へのハードルも上がってしまいます。

寝たきりで人工呼吸器になってしまった場合には痰を引く(除去する)必要も出てきます。親御さんは夜寝る暇もなくなってしまうときもあります。また、他にきょうだいがいたときにはきょうだいにも負担がかかってしまいます。脳性麻痺の子のために尽くさざるをえず、他のきょうだいがほかのお子さんと同じような時間を過ごせていないということもあります。

このように、時間、お金、マンパワーなどさまざまな面でご家族にとって負担になってしまうのです。

日本をはじめ諸外国ではさまざまな社会制度(特別支援学校など)をもとに脳性麻痺の本人や家族を支えています。国ごとに社会福祉制度はまったく異なりますが、さまざまな支え方がなされています。しかし、日本においても社会制度にはいまだ多くの課題があります。

たとえば、脳性麻痺のお子さんの身内に冠婚葬祭があったとします。遠くまでお子さんを連れて行くことは困難です。あるいは、日々お子さんをみているお母さんの体調が悪くなったとします。もしくは次のお子さんを妊娠して、しかも早産になりかけたため安静を保たなければならなくなったとします。

このような場合、福祉の制度を利用して短期入所すること、すなわち施設にお子さんを預ってもらうことができます。しかしながら、ここに大きな問題があります。我が国では、障害の強いお子さんを預って下さる施設の絶対数が足りません。そのため、御家族のご希望通りにお子さんを預ることは困難です。

お年寄りであれば、ケアー・マネージャーに相談して、複数の施設を利用できるようにやり繰りの計画を立てて頂くこともできます。しかし、小児にはケアー・マネージャーがいませんから、御家族が自分でその手配をしなければなりません。

また、医療的なケアの依存度が高いお子さんの場合には、医療型の入所施設での短期入所となります。この場合、重症心身障害の判断が必要となります。重症心身障害児とは、知的には重度の障害(IQ<35)でかつ運動機能は座位保持までしかできない状態のお子さんのことを言います。しかし、医療的ケアの依存度が高いお子さんがイコール重症心身障害児とは限りません。気管切開と胃瘻のケアが必要で頻回に吸痰を行なわなければならないのに、つかまり立ちが出来た時点で、重症心身障害とは判断されないのです。そのようなお子さんが短期入所するための施設がありません。

このように我が国における福祉制度はお年寄りに偏重したものであり、少数の小児を十分カバーできていないのです。

1~3で見てきたように、脳性麻痺には本人、家族、社会ともにさまざまな課題があります。

そのため、そもそもの原因である新生児仮死(HIE)からいかにして脳性麻痺に移行させないかということが非常に重要であり、新生児科医師はそのために全力を尽くしてきました。次の記事では、今の新生児科医師が目指している目標についてお話しします。

  • 倉敷中央病院 前総合周産期母子医療センター長

    日本小児科学会 小児科専門医

    (故)渡部 晋一 先生

    山口大学医学部を卒業後、広島大学小児科医局に入局。さまざまな施設でNICU、新生児医療の研鑽を積み、現在は倉敷中央病院総合周産期母子医療センター主任部長を務める。NICUに入った子どもを後遺症なく生存させる「インタクトサバイバル」を目指しており、その中でも特に脳性麻痺への治療の発展に尽力。2015年4月、日本初の低酸素性虚血性脳症の子どもへの臍帯血移植を実施。

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