前の記事「強迫性障害とは-QOL(生活の質)に影響する重大疾病」で、強迫性障害の強迫症状には、反復的・持続的な思考や衝動(駆りたてられる感覚)、イメージにとらわれる強迫観念と、手洗い、確認などの繰り返しや儀式行為、呪文を唱える、数を数えるなど心の中の行為といった強迫行為の2つのタイプがあることをご説明しました。通常は、その両方を持ち、「強迫観念」や不安に駆り立てられ、止めたいと思いながらも止められずに繰り返し行為(強迫行為)を行ってしまいます。しかし中には、観念や不安などの強迫観念はもたず、「まさにぴったり感(just right feeling)」を求め繰り返し行為を行う場合もあります。今回は、強迫性障害の具体的な症状、ご家族にどう影響するかについて、兵庫医科大学病院 精神科神経科 主任教授の松永寿人先生にお話しいただきました。
強迫性障害では本人が感じている症状ばかりが注目されがちですが、実際は、本人だけではなく家族に対しても影響を与える場合があります。それぞれについて、例を挙げながら説明します。
「ドアの鍵を閉めたかな」と不安になったり、「トイレのあとは必ず手を洗いたい」などは、普通の感覚でしょう。しかしその不安やこだわりが過剰になりすぎると、鍵が閉まっているかの確認に何時間もかかり、何時間も手洗いを続けたり、肌荒れするほどアルコール消毒を繰り返したりなどが見られます。上に述べた症状以外にも強迫症状には様々な内容があり、通常「強迫観念‐強迫行為」の組み合わせとなっています。ここで再度強迫観念と強迫行為の定義をまとめましょう。
たとえば、「吊り革には危険なウイルスがいて、手が危険なウイルスで汚染された」という強迫観念をもち、強い不安にかきたてられます。それによって何時間も手を洗い続けるなどの強迫行為を行ってしまいます。これが一般的な強迫性障害といえます。
日本における強迫症状の内容と、強迫性障害患者さんにおける出現頻度は以下の通りです。この中の攻撃的とは、「誰かを誤って傷つけてしまうのではないか」という加害の不安を指しています(例;駅のホームで前に立っている人を突き落すのではないか。運転中、誰かを轢いたのではないか)。
汚染恐怖-洗浄強迫 | 40-45% |
攻撃的な観念-確認 | 30% |
正確性-確認 or 儀式 | 30% |
数字へのこだわり-数を数える | 15% |
対称性-儀式行為 | 10% |
無用なものへのこだわり-保存 | 5-10% |
その他 |
ただし、強迫観念による不安や恐怖・不快感を、軽くする・中和する目的で行う強迫行為のほかのタイプも存在します。つまり「厳密に適用しなければならない規則」にしたがって、それを行うよう駆り立てられていると感じている、すなわち「そうせずにはいられない」という「運動性(motoric) タイプ」の強迫行為であり、これも強迫性障害の症状のひとつです。(記事3「強迫性障害の診断」で詳しく説明します。)
強迫性障害の症状の中で最も深刻なものに、「家族の巻き込み」があります。少なくとも約半数の強迫性障害の方が、自分自身のこだわりやルールに家族を巻き込んでいます。この巻き込みには3つのタイプがあります。
たとえば手洗いや鍵の確認などがちゃんとできたかが不安になり、「大丈夫」という保証を家族に繰り返し求めること
手洗いや入浴などの一連の洗浄行為(自分のルール)などを家族にも従うよう強要すること(例、帰宅時、家に入るための一連の手順)
自分の代わりに、寝る前の鍵の確認などの儀式的行為を家族にさせること(本人の監視下で行われることが多い)
巻き込みは、家族に著しい支障や苦痛を来すものですが、これが長期化し習慣化すれば、症状としてなかなか表面化しにくいという問題があります。しかし、病院に来られる患者さんの約半数にこの巻き込みの症状があり、病院に来られていない患者さんも含めると、家族の巻き込みをしている方は相当数いるのではないかと考えています。
またWHO(世界保健機関)が強迫性障害を「QOLに影響する重大疾病」に挙げていますが、この理由のひとつに巻き込みがあるのではないかと考えています。すなわち、強迫性障害の有病率は1-2%ですが、その影響を受けている人はその数倍いることになります。このように強迫性障害は、うつ病や統合失調症などの他の精神障害と比べると、家族に影響を及ぼすことが多い疾患である、というのはぜひ強調したいことです。
家族の巻き込みは、強迫性障害の治療に非常に深く関わってきます(記事4「強迫性障害の治療」)。家族が巻き込まれるという構造は、家族が強迫性障害を知らず知らずのうちに支えてしまっている場合が多いのです。
特に引きこもるような患者さんは、強迫性障害が重症であるほど引きこもり、重症であるほど家族を巻き込み、ますます自分が外に出る必然性をなくしています。しかしこの方はなぜ、日々の生活を成り立たせることができているのでしょうか。それは家族の存在があるためです。すなわち、家族が患者さんの生活全体、つまり強迫性障害を含めて支えているという構造があるのです。そこで強迫性障害を治すために、ご家族には私の治療方針に従って、段階的に強迫性障害に協力をしないようにしていただきます(例;保証の要求に一回以上応えない)。
しかし、協力をしてくれない家族に対して患者さんが暴力をふるったり、騒いで近所に迷惑をかけたりするケースがあります。また病気にさせてしまったという罪悪感をご家族が持たれるケースもあります。このような場合は、結局家族がそれを受け入れ、従ってしまい、巻き込みを止めることができません。家族を巻き込み自分が王様のように家にいつづけるような構造は、病気を難治化、長期化させ、また治す理由をなくしてしまいます。
手洗いなどの強迫行為が止められない理由は、患者さんに「安心し納得して終わりたい」という思いがあるからです。しかし繰り返せば繰り返す程、手洗いや確認行為はどんどん厳密化し、完璧さを求めて止められなくなります。強迫行為の最中に犬の鳴き声や物音が聞こえるだけでも、完璧に安心して終えることを邪魔されたと感じて、一連の行為を最初からやり直すことがあります。行為を行えば行うほどこの傾向が強くなります。これは巻き込みも同様で、家族に対する要求やルールも、やればやるほど厳しくなり、家族はがんじがらめになっていくのです。
記事1「強迫性障害とは-QOL(生活の質)に影響する重大疾病」で、強迫性障害の原因をいくつか挙げました。ご自身が強迫性障害かどうかを疑うポイントは、ある行動(手洗いなど)に対して、自分で制御できない感覚や、なにかしらの不自由や支障が生じているかです。患者さん自身は頭では行動を無意味だとわかっていますが、行動を起こせば起こすほど不安を見つけ、繰り返しても安心することができません。ご自身で行動が止められず、それを苦しいと感じ、困っているのであれば、一度精神科を受診されることをお勧めします。
またご家族が気づかれる場合は、前項で述べた「巻き込み」がないかという点も重要なポイントです。強迫性障害は治療でよくなる病気ですので、早いタイミングで精神科にご相談されるのもよいでしょう。
兵庫医科大学 精神科神経科学講座 主任教授
松永 寿人 先生の所属医療機関
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