インタビュー

トゥレット症候群の重度難治性チックに対する救助活動としての医療

トゥレット症候群の重度難治性チックに対する救助活動としての医療
開道 貴信 先生

奈良医療センター 機能的脳神経外科

開道 貴信 先生

この記事の最終更新は2016年03月15日です。

トゥレット症候群チック症状が重度の場合には、自傷他害の懸念があるため治療そのものが困難を極めます。独立行政法人国立精神・神経医療研究センター病院脳神経外科診療部医長の開道貴信先生は、脳深部刺激療法(DBS)の適応基準である18歳にまだ達していない重症の若い患者さんに出会い、治療に苦慮されていました。そして当時、相次いで起こった自然災害とその救助のあり方にヒントを得てひとつの決断をされました。治療に踏み切るまでの葛藤と開道先生の医療者としての信念についてお話をうかがいました

我々が最近担当した、非常に難しかった患者さんの例をお話しします。その方は9歳頃から発症し、13歳で国立精神・神経医療研究センター病院を受診されました。当時我々は年齢も含め、脳深部刺激療法(DBS)の適応基準を明確にしており、適応年齢を18歳以上としていました。DBSが重度難治性のチックに効果があることはすでに明らかになっていましたが、無制限に治療をしてもよいと考えていたわけではなく、これまでの国内外の症例・文献を元に中庸な適応基準を設けていました。

チックは10歳前後で発症し、思春期を過ぎる頃には自然に治ってしまうことも多いため、あまり年齢が低いと治療の効果なのかそれとも自然寛解のケースなのか区別ができません。当時はまだ研究的側面もあったため、本当に手術でよくなったのかどうかを知るためにも、適応年齢を18歳以上としていたのです。

しかしこの患者さんは症状が悪くなる一方であったため、音声チックによる叫び声で社宅からの転居を余儀なくされ、運動チックによる自傷・家族への他害もありました。ご本人の流血も日常茶飯事で、被害を最小限に留めるため4人家族が2人ずつに別れて生活せざるを得ませんでした。

ときには治療者に飛びかかるような動きもみられましたが、それは不随意運動によるものであり、本人の意志とは関係なく起こるものです。我々はチックの症例を数多く診てきているのでそのことがわかりますが、これを不随意運動であると言える医師のほうがむしろ少ないと思われます。

この患者さんの症状をみれば、一般的には精神症状による暴力だと考えるでしょう。しかし、我々の医療の目的は暴力行為を抑えることではありませんし、その手段としてDBSを用いることは考えていません。誤解のないよう、そのことは明らかにしておかなければなりません。

チックは、イェール全般的チック重症度尺度(YGTSS: Yale Global Tic Severity Scale)と呼ばれる臨床評価尺度によって定量的に評価することもできます。チックの種類と回数(頻度)などによって、運動チックと音声チック各々25点の計50点満点で評価します。このスコアが35点以上であると日常生活も困難となり、DBSの適応であると考えられます。

この患者さんはYGTSSの基準も満たしており、15歳という年齢だけがネックとなっていました。チックであれば必ず改善できるのですから、専門家としてDBSを行なえばいいと言われるかもしれません。しかし、我々も患者さんに飛びかかられてけがをする危険があります。また、どうやって手術まで持っていくかという具体的な方法論もまだありません。自分だけならまだしも、この患者さんを受け入れたことでスタッフや同じ病棟の他の患者さんに危害が及ぶようなことになったらどうするかといった問題もあります。

この方のケースでは普通は診療を断るものですし、さまざまなリスクを考えれば断らざるを得ないと考えます。実際、国内有数の医療機関で治療できず断られて続けてきた患者さんなのです。国立精神・神経医療研究センター病院は国の機関ではありますが、どのような患者さんでもすべて受けられるのかというと、やはり限度があります。我々もこの件に関してはかなりの熟考を要しました。

その頃、世の中では御嶽山の噴火や広島の豪雨による土石流などの自然災害がたて続けに起こっていました。災害現場には救助隊が人道的救助活動として人命救助に赴くわけですが、再噴火や天候の悪化などにより、その最中にも救助隊に危険が及ぶ可能性があります。その際にはやはり救助活動を中断することもやむを得ません。

私が当時、その様子を見ていて考えたのは、今回の患者さんのケースも治療というより救助活動に近いのではないかということでした。自分たちの危険を顧みずにただやみくもに実行するのではなく、安全にも配慮しながら綿密に計画を立てたうえで行うべきであると考えました。

人としてできる限りのことはしたいという思いはありましたが、できないことまで安請け合いすべきではありませんし、できる範囲のことを精一杯やればいいのではないかと考えたのです。

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