広告医学(AD-MED)とは、デザインやコピーライティングなど、わかりやすく人々に影響を与えられる広告的視点を医療に取り入れることで、医療の様々な問題の解決をめざすというものです。本記事では、2017年3月31日に横浜市立大学金沢八景キャンパスで行われたイベント、第6回広告医学研究会~高齢者医療を広告医学で解決する~の様子をお伝えします。
まず初めに、弊社(株式会社メディカルノート)代表取締役・井上祥が、広告医学のもつ可能性について講演を行いました。
井上:メディカルノートでは、800名を超える医師の方々にご協力いただき、インターネットを通じて正しい医療情報を発信しています。
2015年のデータでは、Googleは1日に約30億もの検索を処理しています。そして、その検索ワードの約20分の1は、医療に関係するワードです。
Googleで検索ができるということは、自然想起ができる医療ワードということになります。しかし、なかには、自然想起ができず、検索という行為まで結びつかない疾患なども存在します。
我々メディカルノートは、その自然想起できるワードだけにしかアプローチできていない現状があります。一方、デザインやコピーライティングを活かした広告医学は自然想起しない医療関連ワードに対して力を発揮できる領域です。広告医学の可能性について、我々は確信しています。
次に、横浜市立大学准教授の武部貴則先生と、株式会社電通の清水真哉さんから、最近の活動事例についてお話がありました。
また、急遽決まったスペシャルゲストとして、NOSIGNER(神奈川県にあるデザイン事務所)の太刀川瑛弼さんの講演もお聴きすることができました。
武部先生:私は、タレントの前田健さんが2016年に亡くなられたことから、患者さんの「LIFE」を命と考え、治療にあたることに限界を感じました。前田さんは生前、健康は大事なものだと思いながらも不摂生な生活を止められないと、自身のTwitterでつぶやいていました。LIFEは命を表しているのではなく、生活という大きな観点でとらえる必要があることに気がついたのです。医師は患者さんの命だけを診ていては、前田さんのような患者さんの命を救うことはできません。
このように「LIFE=生活」という大きな観点から、患者さんの生活や人生そのもののプランニングに関わっていくことが非常に重要です。そして、患者さんのLIFEに関わっていくために、広告医学という活動を進めていきたいと考えています。
続いて、広告医学(AD-MED)の最近の活動事例について紹介がされました。
最初に武部先生から紹介された事例は、金沢八景駅の階段のトリックアートです。
武部先生:シーサイドライン・金沢八景駅の階段は非常に長く、利用者が少ないという問題がありました。そこで、どうすれば利用者の方々が楽しみながら階段を登ってくれるかということを考えた末に、階段にトリックアートを描きました。階段を登るごとにトリックアートを見ることができると話題になり、階段を使用する方の数が増えました。
しかしデータを分析していくと、階段を使用している方の数が増えた時間帯は、土日の早朝と夕方でした。つまり、トリックアートの階段を登っている層は、八景島シーパラダイスに来た若い方や家族連れの方々であり、平日に働いているサラリーマンの使用率はあまり変化していなかったのです。
トリックアートをみて喜ぶのは大人ではなく、子どもだという想定が足りていませんでした。勉強になった事例といえます。
トリックアートの他、広告医学を使った様々な活動について、電通の清水真哉さんからお話がありました。
清水さん:横浜市立大学病院小児科病棟の壁には、入院中の子どもたちがつらさ闘病生活などで心を塞いでしまわないように、現代美術アーティストの方のアニメーション作品が投影されています。
また、臓器移植とは何かを子どもたちにわかりやすく伝えていくための活動、Second Life Toys(セカンド・ライフ・トイズ)の普及啓発も行っています。
セカンド・ライフ・トイズとは、おもちゃの移植です。壊れてしまったおもちゃに、ドナーとなるおもちゃの一部を移植することで、もう一度おもちゃに命を吹き込みます。
この活動を通して、臓器移植への関心や理解を深められるのではないかと期待されています。
広告医学は子たちのためだけでなく、高齢者の方々に向けた活動も行っています。
多くの高齢者の方は呼吸筋(呼吸を行うときに使う筋肉の総称)が衰えてしまっています。しかし、ただ単に呼吸筋を鍛える方法を教えても長続きしません。
そこで、発声の力で力士の人形を動かすトントン相撲を、高齢者住宅に設置しました。その結果、高齢者の方々が楽しみながら呼吸筋を鍛えることができるようになりました。また、1人ではなく、チームみんなで行うというところも、長く続くポイントになっているそうです。
次に、スペシャルゲストとして、東京都の防災について書かれた本『東京防災』などのデザインを務めた、NOSIGNER(神奈川県にあるデザイン事務所)の太刀川瑛弼先生が講演をしてくださりました。
太刀川先生によると、アイディアを作るという作業の1つは、体験をスイッチさせることなのだそうです。たとえば、広告医学の場合、医療行為をエンターテインメントに変換して考えることで、新しいアイディアが生まれるのです。
普段はお聴きできない貴重なお話をしていただき、会場は拍手に包まれました。
講演がひと段落したタイミングで、参加者全員で実際に、日々課題と感じている「Q」を考えてみるライトワークショップが行われました。
健康や病気、介護に関わることで、実際に困っていることをあげていきます。
介護に関わっている方からは、「患者さんを中心とした医療と介護の情報共有がしたい」、「患者さんが失禁したことを素直に認めてくれず、着替えまでに時間がかかってしまう」、などのQがありました。
また、医療現場より、高齢の患者さんのなかには、禁酒をお願いしても「楽しみを奪われたくない」との理由から禁酒を拒まれてしまう事例が挙がりました。そして、こういった患者さんには、飲酒の危険性だけではなく、禁酒で得られる楽しみを伝えていきたいという意見も出ました。
今回は時間の都合上、企画化し、アンサーであるAを出す過程まで進めることはできませんでした。しかし、参加者の方々から挙がったQは主催者が回収し、今後の活動の参考にしていくと伝えられました。
続いて、こちらも急遽お話していただくことが決まったという、有川雅俊先生の講演がありました。有川先生は汐入メンタルクリニックでソーシャルワーカーをされています。
有川先生:精神科のデイケアに対してネガティブなイメージを持っている患者さんは多くいらっしゃいます。そこで、デザインの観点から患者さんが病院に行きたくなるような、デイケアの魅力が伝わる冊子『Pathbook』を作成しました。
冊子は2冊に分かれています。『Pathbook』では主にデイケアの内容説明が書かれており、一方で『Pathbook2』では、患者さんがなりたい自分になるための行動計画をたてるワークブックとなっています。
『Pathbook』は2冊とも汐入メンタルクリニックのインフォメーションサイトからダウンロードすることができす。
柔らかいイラストが所々に散りばめてあり、堅苦しさがなく読みやすい冊子です。
最後に、湘南いなほクリニック院長の内門大丈先生から、アルツハイマー認知症の最近の話題についてお話がありました。
内門先生:2025年には、認知症高齢者の数は700万人を超える見通しです。しかし、その人数に対して認知症の専門医は不足しており、問題となっています。
そのため、地域のかかりつけの医師が認知症の専門医として患者さんを診察できる仕組み作りが進んでいます。(平成29年2月、認知症予防学会神奈川県支部設立:支部長:北村伸(日本医科大学武蔵小杉病院認知症センター 特任教授) 事務局長:内門大丈(医療法人社団みのり会 湘南いなほクリニック 院長))
一般住民の方も参加できる地域包括ケアシステムの中の啓発・活動の1つとして、認知症サポートキャラバンがあります。認知症サポートキャラバンとは、認知症の人とそのご家族をサポートできる方々を全国で育成し、認知症の方が安心して暮らせるまちを目指していくというものです。
結びの言葉として横浜市立大学 大学COC事業コーディネーターの杉山昇太先生のご挨拶の後、イベントは終了となりました。
広告医学は、2020年を目標に、世の中に送り出せるような仕事を企画しているそうです。今後、広告医学がより多くの方々の生活にかかわってくることが期待されます。
医療法人社団彰耀会 メモリーケアクリニック湘南 理事長・院長、横浜市立大学医学部 臨床教授
医療法人社団彰耀会 メモリーケアクリニック湘南 理事長・院長、横浜市立大学医学部 臨床教授
日本精神神経学会 精神科専門医・精神科指導医
1996年横浜市立大学医学部卒業。2004年横浜市立大学大学院博士課程(精神医学専攻)修了。大学院在学中に東京都精神医学総合研究所(現東京都医学総合研究所)で神経病理学の研究を行い、2004年より2年間、米国ジャクソンビルのメイヨークリニックに研究留学。2006年医療法人積愛会 横浜舞岡病院を経て、2008年横浜南共済病院神経科部長に就任。2011年湘南いなほクリニック院長を経て、2022年4月より現職。湘南いなほクリニック在籍中は認知症の人の在宅医療を推進。日本認知症予防学会 神奈川県支部支部長、湘南健康大学代表、N-Pネットワーク研究会代表世話人、SHIGETAハウスプロジェクト副代表、一般社団法人日本音楽医療福祉協会副理事長、レビー小体型認知症研究会事務局長などを通じて、認知症に関する啓発活動・地域コミュニティの活性化に取り組んでいる。
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