いま、日本では急速な高齢化が進んでいます。2025年には国民の約4人に1人が75歳以上になる「超高齢社会」が到来すると予想されており、社会保障を受け取る人口が大幅に増加すると考えられています。そのように高齢者人口が増加していくと国の財政負担は大きくなり、日本の財政運営は非常に厳しくなっていくことが危惧されています。
こうした現状をふまえ、いま日本では、急速な高齢化に耐えられる医療提供体制を地域ごとに構築していく試みが進められています。そして近年では「Patient Flow Management (PFM)」とよばれる入退院管理システムを用いることによって、地域の医療・介護体制をより円滑に構築していく取り組みが注目されてきました。
PFMとはいったいどのような取り組みなのでしょうか。実際にPFMを病院に取り入れ運用している医療法人社団 明徳会 十全記念病院副理事長/PFM・地域医療連携室 室長の臼井岳先生にお話を伺いました。
いま、日本では世界でも類を見ない速さで高齢化が進んでいます。こちらは内閣府より発表されている平成28年版高齢社会白書のデータからみた、高齢化の国際的動向です。
データをみてみると、日本の高齢化率が21%に到達したのは2007年となっており、先進諸国と比べると日本の高齢化率は非常に早い段階で高い水準に達したことがわかります。さらに高齢化率が7%から14%、14%から21%に到達するまでに必要な年数をみてみると、それぞれ24年、13年とされており、この数字からも日本は先進諸国と比べ非常に急速に高齢化が進んでいる国であることがわかります。
こうした急速な高齢者人口の増加は、様々な問題を生じさせます。たとえば高齢者の割合が大きくなれば、社会保障制度(医療・介護福祉・年金など)の対象となる世代が大幅に増加し、国の財源が圧迫されていきます。
実際にデータを示しながらご説明しましょう。2015年時点で、日本の総人口約1億2,700万人のうち65歳以上の人口は3,395万人であり、国民の約4人に1人は高齢者といわれています。そして高齢化がさらに進む2025年では、団塊の世代と呼ばれる世代約800万人が75歳以上となり、国民の約4人に1人が75歳以上という「超高齢社会」が到来すると予想されています。こうした問題は2025年問題と呼ばれており、このように高齢人口が増え、国の財源が圧迫されていくことで、将来的には1人の若者が1人の高齢者を支える社会が訪れるともいわれているのです。
この2025年問題の対策をすべく、平成 26 年(2014 年)に成立したのが「医療介護総合確保推進法」です。医療介護総合確保推進法とは、2025年に到来する超高齢社会に耐えうる医療提供体制を構築するために、地域における医療と介護の総合的な確保と整備を推進することを目的とした法律です。
この法律に基づいて、地域ごとの医療需要を推計して地域の実状にあった医療提供体制を構築するというビジョンが提示されており、いま都道府県ごとに将来地域に必要とされる病床数を推計し、現状の病床数からそれぞれの地域で必要となる病床数になるよう近づけていく取り組みが進められているのです。
こうした地域の医療・介護体制を構築していくためのモデルとして「地域包括ケアシステム」という体制が提唱されています。
地域包括ケアシステムとは、要介護状態となった高齢者であっても、自宅や住み慣れた地域で生活を継続できるようにするための支援体制です。この地域包括ケアシステムが構築されていくことで地域における医療及び介護の総合的な確保を進めていくことが計画されており、いま日本全国でこのシステム構築の推進が図られています。
このシステムの中心を担うのは、通常、地域包括支援センター、ケアマネージャー、医療ソーシャルワーカーなどです。こうした職種の方々が地域で医療と介護を包括的にケアしていけるよう、地域の医療機関、介護施設などの仲介役として機能することで、地域包括ケアシステムをコーディネートしていきます。
しかし、地域によっては通常とは少し異なる体制によって地域包括ケアシステム構築が進められている事例もあります。たとえば当院では院内の医師や看護師を含めて組織された「PFMチーム」が地域包括ケアシステム構築の一翼を担っています。このPFMという組織が機能することで、地域包括ケアシステム構築がより推進されていっています。
PFM(Patient Flow Management)とは、入院前に患者さんの基本情報を集めておくことで、退院への問題解決に向けて早期に着手できると同時に、病床の管理を合理的に行うことが可能となる、入退院管理システムのことです。
他の病院から患者さんが移られてくるときには、転院先の病院へこれまでの患者さんの診療に関する情報が引き継がれますが、受け渡される情報は一部分であり、これまでの診療に関するすべての情報が引き継がれているわけではありません。そこで、この入院前の情報をさらに詳細に収集していくことで、よりよい入院体制を整えていこうという概念のもとつくられたのがPFMです。PFMが導入されることで病院には様々なメリットが生まれ、さらには地域包括ケアシステムの構築にもよい効果をもたらします。
PFMの最大の特徴は「入院前に患者さんの情報を集めること」です。患者さんの基本情報の収集ができれば、さまざまなリスクを回避することが可能になります。
たとえばPFMを導入し、紹介元の病院から患者さんのこれまでの治療方針、服薬歴、治療反応性、注意すべき所見などを収集することができた場合、入院後に注意すべき患者さんの身体的リスクを事前に把握し、対策を行うことが可能になります。
また、PFMの一環として入院前にPFMチームと患者さんとそのご家族との「面談」を設けることで、退院までの見通し、入院に関する費用などについて話をすることが可能になっていきます。こうして入院前に事前情報を収集・確認しておくことで、入院後に起こりうる金銭的リスク、時間的リスクを事前に回避し、家族や患者さんにしっかりとご理解いただいたうえで入院・治療を進めることができるのです。
そのほかにも入院前のより詳細な情報収集は、社会的リスク(入院不可患者さんの入院によるトラブル)、精神的リスク(病院や治療に対する不安)などの問題を回避することにも役立ちます。このようにPFMを導入することで、さまざまなリスクを回避していくことにつながるのです。
PFMによって生み出されたさまざまな成果は、実施する病院、そして地域にとって大きなメリットとなります。
①患者さんやご家族がより安心して治療・入院を受けることができる
PFMでは、入院後の見通しを立て、これから進めていく治療がしっかりと検討されるため、患者さんやそのご家族は非常に安心されます。さらに、入院中の治療方針や費用についてのトラブルの発生も予防できます。そうしたことで病院や治療に対する満足度は大きく向上します。
②病院内の医療従事者の負担が軽減される
PFMの導入は、治療をよりスムーズに進めることにつながります。さらに入退院の流れがスムーズになるため、病院の病床の効率的な運用にも有用です。こうしたメリットによって院内で働く医師や、看護師といった医療従事者の負担は大きく抑えられ、そのぶん必要な診療に力を入れることができるようになります。
③病院経営の改善に役立つ
PFMによって病院の病床を効率的に運用できることで、病院経営の改善に役立ちます。またスムーズかつ適切な診療の実施によって患者さんからの信頼を得ていくことで、より多くの患者さんが病院を利用してくれるようになります。
④地域包括ケアシステムの構築に貢献する
PFMの導入は病床を効率的に運用し、地域における患者さんの流れを向上させることから地域包括ケアの構築にもよい影響を及ぼします。当院のPFMチームが関連病院との連携としっかりと取り、患者さんの受け入れをスムーズにしていくことで、地域包括ケアシステムをより推進させる働きを担っているのです。
PFMという概念は1999年、東海大学の田中豊氏(現PwC*医療分野顧問)によって提唱されました。田中豊氏は東海大学医学部付属病院に勤務されていたころ、入院前の情報をよく収集することで、入院後の社会的・身体的・精神的リスクを把握できることに気付きました。そして入院前の患者情報を収集し、入院後のリスクを回避していく入退院管理方法をPFMとして提唱しました。
そして2006年、新病院を開院させるタイミングにあわせ、東海大学医学部付属病院に入院前の情報をもとにリスク対策を講じる組織(PFMチーム)を設けました。その結果、東海大学医学部付属病院には、患者さんに支持され、医療従事者が働きやすく、かつ大幅な黒字を達成する病院へと変革していきました。
こうしてPFMは著しい経営改善を果たしたことから注目を集めるようになり、現在ではPFMを設置する病院が徐々に増えてきています。
* PwC(PricewaterhouseCoopers:プライスウォーターハウスクーパース株式会社)……世界最大級のプロフェッショナルサービスファーム。田中豊氏をファシリテーター役として病院の経営改善に向けた実践的支援を行っている。
引き続き記事2『十全記念病院のPFM 「安心できる入院」「その日に結果が出る外来」を実現する取り組み』では実際にPFMを取り入れた診療を行っている十全記念病院の取り組みについて臼井岳先生にご紹介いただきます。
医療法人社団 明徳会 十全記念病院 副理事長/PFM・地域医療連携室 室長
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まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。