バッド・キアリ症候群は、肝臓の血管が狭くなったり詰まったりして、さまざまな症状が現れる病気です。血液をサラサラにする薬剤の使用やカテーテル治療など、患者さん一人ひとりに合わせた治療法が検討されます。どんな治療が適しているかは人によって異なるため、治療を受けるときは経験豊富な医師に相談することが大切です。
今回は、バッド・キアリ症候群の治療と経過について、東京医科大学病院 消化器内科 古市好宏先生にお伺いしました。
カテーテル治療は、カテーテルという医療用の管を血管に挿入して行う治療法です。バッド・キアリ症候群の治療では、血管の狭窄(狭くなる)もしくは閉塞(詰まる)している部分にカテーテルを挿入し、詰まった血管を開通したり、血管を拡張したりします。しかし、1度詰まった血管は開通させてもまた詰まってしまうため、治療の効果が得られない場合があります。
シャント手術は、別の血管同士をつなげる手術です。バッド・キアリ症候群の治療としては、狭窄もしくは閉塞した血管の代わりとなる別の血管を作り出して血液を流すために行われます。本来は一続きではない血管同士をつなぐ方法であることから、難しい手術とされています。
ステント留置術は、トンネル状になっている金属製の器具(ステント)を血管のなかに挿入し、固定する治療法です。ステントが入らないほど血管が細かったり、詰まっている部分の距離が長すぎたりする場合には実施することができません。
肝移植(肝臓の移植)は根本的な治療法のひとつです。バッド・キアリ症候群の治療では、肝臓だけでなく肝臓の血管も含めてすべて取り換える必要があります。ただし、下大静脈は1つしかないため、生きている健康な人(ドナー)が患者さんに提供することはできません。
また、病型によっては肝移植そのものが実施できない場合もあるため、移植するかどうかは複数の医師が検討したうえで決定されます。
バッド・キアリ症候群は、症状が進行すると門脈圧亢進症*に至ります。すると、血液が逆流して食道や胃に静脈瘤*が発生し、それが破ければ大出血する恐れがあります。静脈瘤の出血は命にかかわることがあるため、以下のような治療が必要です。
門脈圧亢進症…門脈の圧が持続的に上昇している状態。
静脈瘤…血管が膨らんでこぶのようになっている状態。
バルーンタンポナーデ法は、食道の静脈瘤が破裂して出血した場合の、一時的緊急止血に用いる治療法です。バルーンつきの医療用の管を鼻から入れてバルーンを膨らませ、血管を圧迫することで止血を行います。長時間にわたり同じ部分を圧迫し続けないよう、4~6時間おきに1回解除し、48時間以内に使用を終了します。患者さんにとっては苦しい応急処置となりますが、実施した翌日には体の状態がある程度落ち着くため、次の処置に進むことができます。また、この止血法は救命救急センターやER*で行われることがあります。
ER…救急初患者の診療を行う施設。
内視鏡的食道・胃静脈瘤結紮術*は、食道や胃に発生した静脈瘤を結紮する処置です。胃カメラを用いて、出血した血管を医療用の小さな輪ゴム(ゴムバンド)で縛ります。
結紮術…血管などを縛って結ぶ外科的な処置。
B-RTOは、胃の静脈瘤に対して行われるカテーテル治療のひとつです。胃にカテーテルを挿入して硬化剤で塞栓し、出血を予防します。静脈瘤が食道に発生した場合は胃カメラのみを使った治療が可能ですが、胃に発生した場合はより広い範囲に対応するB-RTOが適しています。
胃上部血行遮断術は、腹部を開いて食道や胃の血管を縛る手術です。主に、胃カメラやカテーテルでは治療が難しい場合に選択されます。ほとんどの場合は胃カメラやカテーテルによる治療が可能であるため、実際には胃上部血行遮断術はあまり行われていません。
バッド・キアリ症候群は、治療をしないままで自然に軽快することはありません。そこで、症状に合わせた適切な治療や、新しく出てくる症状の予防を行うことが大切です。対症療法(症状を和らげる治療)には以下のような方法があります。
お腹に水が溜まっているとき(腹水)は、利尿剤を用いて排出を促すことがあります。利尿剤には、自宅で使える薬剤だけでなく入院中のみ使える薬剤もあり、症状により使用が検討されます。
血管の詰まりに対しては、血液をサラサラにする薬剤を予防的に用いることがあります。
CART(カート)療法とは、薬物療法では効果の現れない難治性の腹水に対する治療法です。腹水には、体にとって必要な栄養が多く含まれているため、お腹から抜いては捨てることを繰り返していては栄養失調になる恐れがあります。そこで、腹水を抜いたあとに透析*を行い、余分な水分を取り除いてから血管に戻すCART療法が選択されます。CART療法は、保険内で2週間に1回の施術が可能です。
透析…体液を体外で人工的にろ過し、浄化して体内に戻す治療法。
日本に多い慢性型のバッド・キアリ症候群は、発症したときは無症状であり、時間をかけてゆっくりと進行していきます。診断がついたあとに急激に状態が悪くなることはほとんどありません。重い症状が出てくるまでの期間は、普段通りの生活をすることができます。
また、ほとんどの患者さんは、通院しながら仕事を続けることができます。仕事に支障が出るような症状が現れてきたら対処する必要があるため、定期的な通院を心がけましょう。
発症してから長い期間を経過すると、腹水による息苦しさや静脈瘤の出血などのつらい症状が徐々に出てきます。繰り返しお腹に水が溜まったり、静脈瘤が何回も出血したりすれば、仕事を続けるなどの普段通りの生活は難しくなるでしょう。また、慢性型のバッド・キアリ症候群は、門脈圧亢進症*の状態が進行して肝硬変*に至り、その後は肝臓がんを発症する可能性もあります。
今のところは心配な症状が出ていない方でも、いつかは手術などの治療を選択する時期がくるという心構えをしておくことが大切です。
門脈圧亢進症…肝臓の血管のひとつである「門脈」の圧が持続的に上昇している状態。
肝硬変…肝臓全体が硬くなり、進行すると出血や腹水などが現れる病気。
バッド・キアリ症候群が進行すると、お腹の血管が詰まったり腫れたりします。事故などによりお腹の怪我をしないように注意が必要です。また、ある程度筋肉をつけるためにはスポーツをしたほうがよいですが、お腹を打ったりしないように気をつけましょう。
車の運転は、初期のバッド・キアリ症候群の方は問題ありません。しかし、進行したバッド・キアリ症候群の方で、医師から「毒素(アンモニア)の数値が高い」といわれたら、車の運転は辞めてください。その状態では運転が困難になり、事故を起こす恐れがあるためです。
病気が進行して肝硬変の状態になると、肝性脳症が起こる場合があります。肝性脳症とは、肝臓の解毒作用がうまくはたらかず頭に毒素(アンモニア)が回り、ふらふらした状態が引き起こされる意識障害のことです。肝性脳症は自分では気づきにくい症状であるため、車の運転については医師の指示に従うようにしてください。
栄養を作り出す臓器である肝臓のはたらきが弱っている状態では、バランスのよい食事をとることが大切です。たとえば、肉類や魚介類ばかりに食事が偏ると、タンパク質を消費するために肝臓は疲れてしまいます。その他、飲酒は辞めるようにしましょう。腹水が溜まっている方は、塩分少なめの食事を心がけましょう。
通院や治療をするときは、専門分野が門脈圧亢進症の医師にかかるとよいでしょう。たとえば、門脈圧亢進症の技術認定を持っている医師であれば、バッド・キアリ症候群の治療についてもさまざまな選択肢があることをわかっていると思います。また、そういった医師は専門分野について研究を重ねているため、治療法や現在の状況などを相談することで、改善できるポイントがみつかる可能性も高くなるのではないでしょうか。
日本に多い慢性型のバッド・キアリ症候群は、定期的に通院して治療を続けていれば、急に命を落とすようなことはありません。諦めずに通院していただくことが大切です。そして、困ったことがあれば、かかりつけの医師に伝えるようにしてください。医師は患者さんに「今の状態ではこの治療が必要です」「この手術ができるのは〇〇先生です」といった情報を提供することができるため、よく相談しましょう。
日本で肝臓・胆道の病気を研究している「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班は、患者さん向けの講演会や研究会での解説を行っています。そこで、患者さんや団体から依頼を受ければ、市民公開講座などを不定期に開催することがあります。希望される場合は、そういった情報をチェックして参加してみるとよいでしょう。
東京女子医科大学附属足立医療センター 検査科光学診療部(内視鏡内科) 准教授
日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医・消化器内視鏡指導医日本消化器病学会 消化器病専門医・消化器病指導医日本肝臓学会 肝臓専門医・肝臓指導医日本消化管学会 胃腸科専門医・胃腸科指導医日本内科学会 認定内科医・内科指導医・総合内科専門医日本門脈圧亢進症学会 技術認定取得者
最新の知見を取り入れ、門脈圧亢進症・食道・胃静脈瘤の診断と内視鏡治療、カテーテル治療を可能な限り低侵襲に行っている。厚生労働省難治性政策研究事業門脈血行異常症分科会をとりまとめ、特発性門脈圧亢進症、肝外門脈閉塞症、バッドキアリ症候群の研究や全国疫学調査、ガイドライン作成を行っている。その知見を活かし、上記3疾患について、多くの患者さんに、積極的治療を施している。
古市 好宏 先生の所属医療機関
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