2012年8月、厚生労働省が「治療と職業生活の両立等の支援に関する検討会報告書」を発表しました。医療の進歩により就労を継続することができる方が増加したことや、人手不足に悩む企業がその問題を解決する一策として取り組み始めたことにより、治療と職業生活の両立をサポートする「両立支援」の重要性が注目されつつあります。
近年の医療技術の発達により、がんに対する効果的な治療法が数多く生み出され、がんを抱えながら生活することが可能になってきました。しかし、日本では、がんに対する不安や、治療のために仕事を休むことへの職場に対する遠慮の気持ちから、働く意欲や能力があるにもかかわらず、がんの治療開始前に仕事を辞めてしまう方が少なくありません。
岡山ろうさい病院では、仕事を抱えながらがんを患った患者さんに対して、治療と仕事の両立支援に力を注いでいます。同院治療就労両立支援部第二部長/消化器病センター長の石崎雅浩先生に、同院における両立支援への取り組みについてお話しいただきました。
かつては、両立支援という言葉は今ほど社会的に認知されておらず、両立支援を行っている施設はがんセンターや大学病院などの一部に限られていました。そのようななか、当院が属する労働者健康安全機構(旧 労働者健康福祉機構)では、2009年に「勤労者医療のあり方検討会」を立ち上げ、勤労者医療の定義や、仕事を辞めなくても受けられる医療のあり方について議論を重ねてきました。当院においても、労働者健康安全機構の地域医療支援病院のひとつとして、がん患者さんの症例を集めたり、患者さんにアンケートを依頼して実態調査をしたりして、両立支援のための準備を進めました。
そして、現在、労働者健康安全機構では、「がん」「糖尿病」「脳卒中」「メンタルヘルス」の4分野を中心に、両立支援を実施しています。そのなかで、当院は「がん」の分野において、患者さんの両立支援に積極的に取り組んでいます。
2014年に、厚生労働省研究班によるがん治療と仕事の両立に関する調査が実施されました。調査の結果、がんと診断されて退職した患者さんのおよそ4割の方が、治療を開始する前に退職していることが明らかになりました。退職理由としては、「職場に迷惑をかけると思った」、「がんであることを知られたら働けなくなると思った」、「体力的に厳しいと思った」などが多くみられ、がん治療に対する不安や職場に病気を知られることへの抵抗感が、患者さんにあることが分かりました。
近年、がんの治療を受けるには、手術だけではなく、外来で通院しながら受けることもできるようになり、職場の理解が得られれば、がん治療を受けながら仕事を続けることも可能になってきました。がん治療を受けながら仕事を続けるには、患者さんや職場に対して医療機関から適切な情報提供と相談支援をすることが重要です。当院では、働く意欲や能力があるにもかかわらず、病気の治療を受ける前に退職するがん患者さんを減らしたいという思いから、がん治療と仕事の両立支援に取り組んでいます。
両立支援は、治療計画書を作成することから始まります。治療計画書とは、がん治療における手術・投薬の状況や、化学療法のスケジュール、就業上の配慮事項、患者さんの留意事項、職場側の留意事項などの情報を、病院と職場との間で共有するためのツールです。
治療計画書は、原則的に医療機関側で作成し、患者さん本人に提示します。治療計画書を職場に提出することについて患者さんの了解を得られれば、患者さんに署名していただきます。その後、患者さんから職場に、治療計画書を提出していただきます。
治療計画書を職場に提出することで、職場には患者さんにどのような配慮をしていただきたいか、どのようなときにどの程度休暇を設ければよいのかなど、患者さんが治療をしながら無理なく仕事を続けるために大切なことを、伝えることができます。治療計画書は、患者さんの職場(仕事)と病院(がん治療)をつなぐために欠かすことができないものです。
当院では、医師と両立支援コーディネーターからなるチームが、両立支援に取り組んでいます。主治医は、対象となる患者さんに両立支援を提案し、患者さんの相談支援や職場・主治医との調整は、両立支援コーディネーターが実施します。月に1回チームミーティングの場を設け、それぞれの患者さんの状況や、両立支援スケジュールについて共有しています。
両立支援コーディネーターが担う役割は、主に3つです。
1つめは、職場と医療機関の間に立ち、両立支援の調整をすることです。
2つめは、両立支援を行うために必要な情報を、面談を通じて患者さんから聞き取ることです。患者さんの仕事内容、立場、役職、会社の規模など、復職の際に関係するあらゆる情報を、患者さんに寄り添いながら、ひとつずつ丁寧に聞き取ります。
3つめは、患者さんが仕事や治療、生活面で困っていることに対する解決策を探すことです。
患者さんが治療をしながら無理なく仕事を続けるために大切なこれらの役割を、当院では、がん看護専門看護師、保健師、医療ソーシャルワーカーが、両立支援コーディネーターとして担っています。
両立支援は、社会的に徐々に認知されつつありますが、まだまだその制度を知らない患者さんが多くいらっしゃいます。両立支援という制度があることを広く知っていただくために、ポスターを作成し、院内に掲示しています。「がんになっても仕事を辞めないでほしい」という私たちの思いが、ポスターをご覧になった患者さんに伝わることを、切に願っています。がんと診断された患者さんは、仕事を辞める前に、一度立ち止まり、私たちに相談してください。
2018年1月、労務管理担当者・衛生管理者・保健師などを対象に開催された両立支援セミナー(岡山労働局・岡山産業保健総合支援センター共催)において、当院の医師が「がん患者さんに対する両立支援」という演題で講演を行いました。講演では、医師の視点から、両立支援を行う手順、当院における両立支援の特徴、実際に両立支援を行った事例などについて説明しました。
一般的に、両立支援に関する講演は、社会保険労務士が行うことが多いです。医師は、病院に来る患者さんにご説明する機会はありますが、企業の労務管理担当者にご説明する機会はあまり多くありません。今後は、両立支援をより広めていくために、このような講演活動などを通じて、企業に対しても両立支援の必要性を伝えていきたいと考えています。
岡山ろうさい病院 腹部外科部長・消化器病センター長・治療就労両立支援部第二部長
岡山ろうさい病院 腹部外科部長・消化器病センター長・治療就労両立支援部第二部長
日本外科学会 外科専門医・指導医日本消化器外科学会 消化器外科専門医・消化器外科指導医日本胸部外科学会 認定医日本医師会 認定産業医日本がん治療認定医機構 がん治療認定医
消化器外科医として自分が受けて納得できるような治療を目指して日々の診療に取り組む医師の一人。四国がんセンターでの診療をきっかけに上部消化管手術、膵臓手術などを中心に治療を行っている。岡山ろうさい病院に着任後は、消化器外科医として治療を行うなかで、治療後の就労困難な方々の存在を知り、労働者健康安全機構の研究、モデル事業などを担当している。また、鼠径ヘルニアや腹壁瘢痕ヘルニアの治療にも力を入れている。
石崎 雅浩 先生の所属医療機関
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