インタビュー

造血幹細胞移植で“命のバトン”をつなぐ ~北海道大学病院の取り組み~

造血幹細胞移植で“命のバトン”をつなぐ ~北海道大学病院の取り組み~
豊嶋 崇徳 先生

北海道大学大学院 医学研究院 内科系部門 内科学分野 血液内科学教室 教授

豊嶋 崇徳 先生

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造血幹細胞移植は、血液やリンパのがん、免疫不全症などを完治させるために行う治療法です。造血幹細胞には骨髄(こつずい)の中で血球を作り出すという役割があります。移植された造血幹細胞が骨髄に根づいてきちんとはたらくようにするために、移植前に化学療法や放射線治療などを行います。このときに副作用や合併症を生じることがあるので、安全に移植を行うために、実施できる医療機関を認定する仕組みがあります。また、移植後に患者さんが住み慣れた地域へ円滑に戻っていくためには、多職種が連携して“命のバトン”をつなぐことが重要です。そのための取り組みについて、北海道大学大学院 医学研究院 内科系部門 内科学分野 血液内科学教室 教授/造血幹細胞移植医療体制整備事業 実施責任者の豊嶋 崇徳(てしま たかのり)先生にお話を伺いました。

造血幹細胞移植では、移植を受ける患者さんや造血幹細胞を提供するドナーの方の安全を第一に考える必要があります。また、病気の状態、ご本人の体力、ご家族のサポート体制等、一人ひとり詳細に確認し、移植を行うべきかを含めて検討することが求められます。

そこで、日本造血・免疫細胞療法学会は、安心して移植を受けていただくことができるよう、医療機関・診療科を認定する制度(移植施設認定)を設けています。安全管理体制がしっかり整っているか、患者さんが急変したときに対応できるか、適切な資格や十分な経験を持つ医師が移植チームに在籍しているか、定期的に研修を受けている看護師をはじめとした多職種の医療スタッフが適正に配置されているかなどの認定基準をクリアできた施設だけが、最終的に移植施設としての認定を受けられます。

北海道大学病院では、血液内科と小児科が移植の認定診療科に定められています。北海道は当院を含め、7施設(11診療科)が認定されています。

全国で合計すると認定診療科は約200あります*。

*2021年7月29日時点、全ての認定カテゴリ―の合計

また、この学会の認定とは別に、全国に“造血幹細胞移植推進拠点病院”が12施設選定されています。北海道ブロックでは北海道大学病院が選定されています。

これは国の事業である“造血幹細胞移植医療体制整備事業”の枠組みによるもので、(1)適切な時期に、適切な種類の移植を提供できる、(2)どこでも、誰でも、より安全に移植を受けられる、(3)移植後も生活の質を保ち、長期にわたり支援を受けられる、(4)地域で安心して暮らしていけるような環境を整備する体制づくりを目指しています。

つまり、造血幹細胞移植そのものは学会の認定を受けた各施設が実施するのですが、造血幹細胞移植推進拠点病院はもう少し大きな視点で、移植医療体制そのものを全体的に捉えて見直しを行い、関係者に啓蒙するという役割を担っているのです。

造血幹細胞移植推進拠点病院としての北海道大学病院の大きな役割の1つは、日本の“将来の移植医療”の雛形を示すことです。なぜなら、北海道は日本の将来の縮図を先行して経験している地域だからです。

高齢化が進み、地方が疲弊して、全てが大都市に集中するようになり、鉄道はなくなっていく。そうすると地方で移植はできなくなり、大都市でカバーしなければなりません。けれども、都市にある病院の資源(人材、病床数等)はすぐに増やせませんので非常に厳しい状況に置かれます。このようなことが、いずれ東京を含めた日本中で起こりますから、現在の北海道の取り組みが全国の大きな参考になると考えています。

そこで、北海道大学病院は造血幹細胞移植推進拠点病院として、北海道が“命のバトン”をつなぐためのモデルケースとなることを目指してさまざまな活動に取り組んでいます。

“命のバトン”をつなぐとは、地方にお住まいの患者さんでも遅れることなく受け入れ、適切な移植医療を受けていただいて、治療が終わったら元の地域に帰れるようにするということです。地域からバトンを受け取って、また地域にバトンを渡すようなイメージですね。限られた資源で、広い北海道をどうやってカバーするのか、いかに地方を守っていくのか――それが可能になる方法を考えています。

このようなことを検討しているのは、おそらく日本の造血幹細胞移植推進拠点病院の中で北海道大学病院だけだと思います。私たちは移植をする病院としての成績を上げることにとどまらず、患者さんが移植施設に辿り着いて帰っていくという過程を大事にしたいと考えています。むしろ今後はそこを誰かが一生懸命に考えて、取り組んでいかないといけません。

“命のバトン”をつなぐには、医療者同士の密接なコミュニケーションが重要です。人材の育成や交流がカギとなるので、今はそれを中心に取り組んでいます。人材といっても、移植をする人材ではなく、「移植医療を理解してくれる人材」という意味です。そこには医療関係者はもちろん、介護関係者なども含まれます。

たとえば、根室に白血病の患者さんがいて、北海道大学病院で移植を受け、無事に終わったとします。しかし、その後も合併症などが起こる可能性があるため、なかなか根室に帰れないのが実情でした。なぜかというと、根室で診てくれる人を探すのが困難だからです。移植医療を受けた患者さんのケアには専門の知識が必要で、それまで診たこともないし、どうケアしたらよいのか分からないからといって、医療スタッフが受け入れを怖がっていたのです。

けれど、医療に携わっている人々は皆、基本的に「困っている人をどうにかしてあげたい、力になりたい」という気持ちを持っています。ですから、我々が年に4回ほど開いている勉強会(セミナー)には、コロナ禍以前は全道から150人もの医療スタッフが参加してくれました。もともと移植医療には詳しくなくても、勉強すれば「移植後の患者さんを受け入れることは怖くない」と分かってくれますし、その後に実際に受け入れてくれるようになりました。

そうすると、北海道大学病院で移植を受けた後にすぐ、元々いた地域にお帰しできます。そして大学病院のベッドは空くので、次の移植待ちの患者さんを受け入れられるというよい循環ができてきます。実際に、北海道大学病院における移植患者の病院滞在日数は着実に減ってきています。これは地域と連携して移植医療をうまく回せるようになってきたことの証だと思います。

もう1つ重要な視点は、造血幹細胞の提供者(ドナー)への配慮です。今、若いドナーがどんどん減っており、現在のドナー登録者数のうち半数以上を40歳代と50歳代が占めています。移植施設がいくら頑張ってもドナーがいなければ移植はできません。

しかし、日本の骨髄(こつずい)バンクのシステムはガラパゴス化していて、ドナー登録の手続きのために献血ルームなどにわざわざ出向いていただく必要があります。たとえば、根室にお住まいのドナー登録希望者は、札幌に何度か来ないといけませんから、そのたびに仕事を休むことになってしまいます。特に非正規雇用などで休むと給料が減る人にとっては非常にハードルが高いことでしょう。さらに、実際に骨髄を提供することになったら仕事を長期的に休む必要があります。これは今まであまり気付かれなかった盲点でした。

そのため、今検討しているのはWebでドナーを募集して、自宅に検査キットを送り、口腔粘膜を自分でぬぐって送るとHLA型が分かり、どこにも行かずにドナー登録ができる仕組みづくりです。日本の制度を変えることは非常に労力がかかりますが、患者さんやドナーの方のことを考えて、何とか突破しようと頑張っているところです。

今後、北海道での“命のバトン”をよりスムーズにつなぐとともに、ドナーの方からのバトンタッチについてもシステムを簡素化することで促進したいと考えています。一歩先に将来の日本の姿を実感している北海道だからこそ発信することに意味がありますし、すべきことはまだまだ数多く残されています。

北海道に限らず日本全国で、医療の環境は高齢化やコロナ禍で一段と厳しさを増しています。けれどもそれに打ち勝って、必要な人にきちんと正しい医療をお届けしたいのです。移植についても、安心して受けられ、移植後はまた住み慣れた地域に戻って暮らしていただけるような体制を構築すべく努力しています。移植医療へのご理解とご支援をいただけましたら幸いです。

医療に携わる人とは、今後もいろいろ考えて一緒にやっていきたいと思います。高齢化やコロナなどの問題に直面するなかにあっても、移植医療をきちんと届けるためには私たち移植施設や地域の医療機関も変わらなければなりませんし、システム自体を変えていく必要もあります。ぜひ地域・多職種で連携する移植医療の北海道モデルの構築にお力をお貸しください。

※北海道大学病院の造血幹細胞移植に関する取り組みの詳細はこちらをご覧ください(北海道大学病院造血幹細胞移植拠点病院事業のページに飛びます)。

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