概要
ウェルドニッヒホフマン病とは、筋肉の動きを司る脊髄の神経細胞が障害を受けることで生じる病気です。
脊髄性筋萎縮症は、発症年齢と臨床経過よりおおきく3つの型に分類され、ウェルドニッヒホフマン病は生後6か月までに発症する病型を指します。
ウェルドニッヒホフマン病を発症すると乳児期から筋力低下を認め、哺乳障害や呼吸障害を認めます。知的発達は正常ですが、運動発達のみが遅れ、お座りすることもなく、生後早期に呼吸筋力低下のための呼吸不全を発症します。
ウェルドニッヒホフマン病は、治療をしなければ呼吸障害から乳幼児期早期に亡くなることが多い病気です。気管切開などを行い、人工呼吸管理にて呼吸をサポートすることになります。2017年7月からは、ウェルドニッヒホフマン病に対して新薬(ヌシネルセンナトリウム)も臨床導入されており、治療経過の改善に期待がもたれています。
原因
大脳から出された司令を受け取る筋肉は、運動ニューロンという神経細胞に支配されています。この運動ニューロンは、大脳から脊髄内の前角細胞までの「上位運動ニューロン」と、脊髄前角細胞から筋線維へと連なる「下位運動ニューロン」の2つに分けられます。
ウェルドニッヒホフマン病は、全身の筋肉を動かすためになくてはならない脊髄前角細胞が障害を受けてしまうことを原因として発症する病気です。
脊髄前角細胞が正常に活動するためには、運動神経細胞生存(survival motor neuron:SMN)遺伝子と呼ばれる遺伝子のはたらきが重要です。ウェルドニッヒホフマン病はSMN遺伝子に異常が生じることで発症します。
ウェルドニッヒホフマン病は遺伝性疾患であり、両親から遺伝する可能性があります。遺伝に際しては、「常染色体劣性遺伝」という遺伝形式をとります。
この遺伝形式では、両親が病気の保因者(病気を発症せずに異常遺伝子を有している状態)であり、両者から異常遺伝子が伝わった際にお子さんが病気を発症することになります。
理論的な確率としては、保因者同士のお子さんがこの病気を発症する確率は4分の1、お子さんが病気の保因者となる確率は2分の1、何の遺伝子異常もない正常な遺伝子のみを受け継ぐ確率が残り4分の1となります。
このように、ウェルドニッヒホフマン病は遺伝する可能性を伴う病気であるため、遺伝カウンセリングを行うことも重要です。
症状
ウェルドニッヒホフマン病では、乳児期の早い段階から筋力低下による症状がみられます。手足をしっかり動かすことができず、健診などで病気の存在が疑われることになります。
動かし方以外に、手足の位置も診断に際しては重要な情報となります。ウェルドニッヒホフマン病の赤ちゃんは手をおろしたまま動かさないという特徴があります。
また、膝を曲げた状態で両足を開くように伸ばしていることが多く、これをカエルのポーズになぞらえて「フロッグレッグ肢位(frog-leg posture)」と呼んでいます。
ウェルドニッヒホフマン病では、6か月までに運動発達が停止し、2-3か月から哺乳障害、嚥下障害、呼吸障害が徐々に出現します。ミルクの飲みがままならず、また上手に飲み込むこともできません。誤嚥を来すことも少なくなく、誤嚥性肺炎を起こすことがあります。
本症では、奇異呼吸(paradoxical breathing)という独特の呼吸運動を観察できます。この現象は、肋間筋に対して横隔膜の筋力が維持されているため、吸気時に腹部が膨らみ胸部が陥凹する呼吸を示し、呼気時には逆となるシーソー呼吸を示し、本症の呼吸の特徴と言われています。
適切な治療をしなければ、2歳までに死の転帰をとる重篤な疾患です。首の座り、おすわり、つかまり立ち、独立歩行といった正常なお子さんでみられるような運動発達を達成できないことも特徴です。
検査・診断
ウェルドニッヒホフマン病では、症状を確認しつつ、脊髄前角細胞が障害を受けている状況を身体診察で確認することが重要です。また、筋電図や運動神経伝導速度の測定を行うことで、神経に原因があることを確認します。
筋肉をさわると、筋肉はまるでマシュマロのように柔らかです。顔の筋肉はしっかりしていますから、表情は正常です。舌に細かいふるえ(線維束性収縮:fasciculation)があります。腱反射は消失します。
筋病理では萎縮線維が大きな群をなして存在する(大群萎縮:large groups of atrophic fibers )のが特徴的です。非萎縮ないし肥大線維はタイプ1線維です。また筋内の末梢神経も早くから髄鞘を失います。
ウェルドニッヒホフマン病はSMN遺伝子の異常*で発症することも知られているため、遺伝子検査により診断を行うことになります。
*SMN遺伝子:ヒトのSMN遺伝子は、相同の配列を2セット(SMN1、SMN2)持っていることがわかっています。遺伝学的検査によりSMN1遺伝子の欠失又は変異を有し、SMN2遺伝子のコピー数が1以上であることが確認された患者へは、アンチセンスオリゴ核酸(ASO)薬の髄腔内投与の適応が認められています。ウェルドニッヒホフマン病の95%以上でこの遺伝子異常がみつかります。
治療
ウェルドニッヒホフマン病は、呼吸や嚥下にかかわる筋肉を含めた全身の筋肉の筋力低下をみる病気です。そのため、治療では筋力低下をサポートする支持療法が重要です。
呼吸のサポートとして、挿管のうえの人工呼吸管理や気管切開、鼻マスク人工換気法などが行われます。乳児期早期から嚥下機能に問題が起こることもあるため、栄養チューブの使用や胃瘻増設も検討されます。
2017年7月からは、ウェルドニッヒホフマン病の治療薬としてヌシネルセンナトリウムと呼ばれる薬が使用可能になりました。ヌシネルセンナトリウムとは、患者さんの髄腔内に直接注射することで、脊髄内にある前角細胞の消失を防ぐ薬です。
脊髄性筋萎縮症は、脊髄前角細胞が壊れてしまうことで筋力低下が引き起こされる病気であるため、これは根本的な治療ということができます。
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