インタビュー

サイトメガロウイルス感染時期の検査と「先天性CMV感染症」の赤ちゃんの診断・治療

サイトメガロウイルス感染時期の検査と「先天性CMV感染症」の赤ちゃんの診断・治療
藤井 知行 先生

山王病院 病院長/女性医療センター長

藤井 知行 先生

この記事の最終更新は2016年07月12日です。

サイトメガロウイルスはどこにでも存在するありふれたウイルスであり、日常生活中に感染する機会は多々あります。しかし、妊娠中に初めてサイトメガロウイルスに感染してしまうと、生まれてきたお子さんに聴覚や運動障害などが現れてしまうことがあります。サイトメガロウイルスにご自身が感染しているのか、感染したのは妊娠前か妊娠中かを調べるためにはどのような検査方法があるのでしょうか。また、先天性CMV感染症の赤ちゃんに有効な治療法はあるのでしょうか。東京大学医学部附属病院女性診療科・産科主任教授の藤井知行先生にお話しいただきました。

記事1「妊娠中のサイトメガロウイルス感染の予防法」では、妊婦さんへのサイトメガロウイルス(以下、CMV)初感染を防ぐための教育・啓発と「妊婦CMV抗体スクリーニング」により、母体初感染率が低下したとの報告がなされていると述べました。

妊婦CMV抗体スクリーニングとは、妊娠中の女性がCMVに対する抗体を保有しているか否か、また保有している場合はいつ頃CMVに感染したのかなどを検査して、啓発やフォローアップが必要な方を抽出するものです。

※ただし、全妊婦に対するCMV抗体スクリーニングは、技術的・倫理的な問題(後述)も多いため、現時点では世界的にみても推奨されておらず、全国アンケート調査でも実施した産科施設は4.5%にとどまっています。

  1. CMV抗体陰性の妊婦に感染予防の教育・啓発を行う。
  2. 初感染の可能性が高い妊婦を抽出し、新生児精査・診断・フォローアップと治療を行う。

CMVに感染しているかどうかは、採血によりCMVに特異的な2つの抗体であるIgGとIgMを調べることでわかります。

まず妊娠初期~16週にIgGを調べ、陽性となった場合はIgMを測定します。ここで注意すべきことは、「IgG陰性」という言葉に安心してはならないということです。

『産婦人科診療ガイドライン2014:産科編』でも、IgG陰性であった場合は「妊娠中の初感染ハイリスク群」と認識するよう記されています。なぜなら、妊娠初期の抗体検査でIgG陰性であった方が妊娠中にIgG陽性に転じたケースこそ、最も問題となる「妊娠中の初感染」だからです。

妊娠初期段階でIgG陽性となった場合は、妊娠する以前にCMVに感染していたと考えられます。妊娠以前の感染でもCMVの母子感染は起こり得るものの、その頻度や胎児への影響は初感染に比べて低くなっています。

ところが、多くの人は「陰性」という言葉をよい意味で捉えてしまう傾向があります。

実際に、妊娠16週にトキソプラズマの抗体を調べ陰性となった妊婦さんが、医師に「陰性と出たので安心してよい」といわれ、その後異常感染してお子さんが重症感染してしまったという事例があります。

本来であれば、医師はこのとき「今感染していないからこそ、妊娠中に初感染のリスクがある」と伝え、予防法を伝えるべきでした。トキソプラズマ症の予防法は、生肉(ユッケや生ハムなど)を避けるといった極めて簡単なものですので、それさえ知っていればこの母子は感染を回避できたのです。

CMVについても同様のことがいえます。妊娠初期にIgG陰性となったハイリスク群の方には、医師が感染予防法をしっかりと説明せねばなりません。

※予防法については記事1「妊娠中のサイトメガロウイルス感染の予防法」をご覧ください。

IgG陽性となった場合は、CMVの感染時期を特定するためにIgMを測定します。CMVではないごく普通のウイルスに感染した場合は、下図の赤で示した箇所のように感染時期にのみIgMが陽性となります。そのため、IgMが陰性となれば「妊娠中に感染したものではない」と判断することができます。

(引用元:妊娠管理マニュアル)

ところが、CMVの場合は水色のラインで示されているように、感染後もIgM抗体が長く残る特徴があるため、長期にわたり陽性反応が出てしまい感染時期を特定することが困難になります。この現象を“Persistent IgM”といいます。(Persistent=頑固なという意味)

より噛み砕いて言うと、妊娠前にCMVに感染したとしても、妊娠中にIgM陽性となる可能性が大いにあるということです。

そこで、IgM陽性の妊婦のCMVの感染時期を推定するために、「IgGアビディティー」を調べることとなります。

IgGアビディティー(Avidity)とは、体内に保有しているIgG抗体と免疫反応を起こさせる物質である抗原の結合力、つまり「くっつきやすさ」を示す言葉です。

CMVに感染した直後(感染初期)、体内では抗原と親和性が低いIgG抗体が産生されます。親和性が低いということは、感染初期の抗体は抗原と離れてしまいやすいということです。感染から時間が経過すると、より親和性の高い抗体が産生されるようになります。そのため、抗体と抗原の結合力であるアビディティーが高い場合は、妊娠以前の「昔の感染」と捉えることができます。

IgGアビディティー検査では、採取したIgG抗体全てに抗原をいったん結合させ、その後結合力を弱めるための薬を用いて「抗原と抗体がどの程度の割合で剥がれるか」をみます。これにより全体のうち70%の抗体と抗原が離れてしまい、高い結合力を保った抗体(高アビディティー抗体)が30%しか残らなかった場合は、「最近CMVに感染した」(妊娠中に感染した)と判断します。

一方、薬を用いても全体の80%の抗体が抗原と結合したままであれば、「昔の感染(妊娠以前の感染)と捉えることができます。この30%や80%といった高アビディティー抗体の割合をAI(activity index)といいます。

これが、妊娠中のCMV初感染を見極めるために有用な「IgGアビディティー」の測定法です。

しかしながら、現時点ではAIが何%であれば妊娠中の感染と捉えるかの境界(カットオフ値)について、診断キットごとに見解のズレが生じており、標準化がなされていません。AI=40%をカットオフ値とする考え方もありますが、まずは統一された基準値を決定し、検査体制を整える必要があります。

以上の検査で、妊娠中にIgGが陽転化した場合と、(1)妊娠初期~16週のIgGが陽性かつ(2)IgMが陽性かつ(3)IgGアビディティーが低値となった場合、「妊娠中あるいは妊娠直前のCMV初感染(疑いを含む)」と判断します。しかし、お母さんが妊娠中にCMVに初感染をした場合でも、殆どの子どもは正常に育ちます。

お母さんから胎児に感染するのは妊娠中のCMV初感染のうち40%であり、そのうち80%の無症候で生まれてきた赤ちゃんの85~90%は正常発達しています。20%の症状を持って生まれてきた赤ちゃんでも10%は正常発達しています。妊娠初期に母体のCMV初感染がわかると中絶を考える方もいるのでは、という意見がありますが、重篤な症状が現れるお子さんがごくわずかですので、中絶は「やりすぎ」であるといえます。CMVの妊婦スクリーニングにはこのような倫理的な問題もあるため、全国での実施は現時点ではなされていません。

「妊娠中のCMV初感染」と判断された方に対しては、分娩まで超音波検査で胎児をしっかり観察していくだけでなく、不安解消のためのカウンセリングも必要です。

赤ちゃんの先天性CMV感染症は、生後3週間以内の尿をとることで診断できます。尿からCMVが分離されれば、先天性CMV感染症として確定診断をつけます。なぜ3週間以内かというと、CMVはどこにでもいるありふれたウイルスであり、人から人への感染(水平感染)がごく普通に起こるからです。つまり、生まれてから日が経ってしまうと、先天感染なのか後天感染なのかわからなくなってしまうというわけです。

ウイルスの分離には、DNA診断のひとつである「等温核酸増幅法」(新生児尿DNA診断薬)を用います。私どもの研究の結果、2018年1月に等温核酸増幅法が保健収載され、新生児の尿からCMVを検出する検査は保険適用で行えるようになりました。

先天性CMV感染症による難聴などの症状は、早期診断と早期治療により救えるケースが多いため、保健収載は極めて大きな進歩といえます。

CMVは妊娠中に胎盤を経由して母子感染するものの、お腹の中にいる胎児の先天性CMV感染症を診断することは現時点ではできません。

胎児の尿は羊水内に排出させるため、羊水を採ってPCR法を行うという案も考えましたが、CMVに感染したばかり(感染初期)の尿にはCMVは含まれないため、羊水からウイルスが分離されなかった場合でも、CMVに感染している可能性はあるのです。

ですから、やはり出生前段階では超音波検査で赤ちゃんを観察することが最も重要になります。超音波所見で脳室の拡大などの目に見える異常がない場合は、ほとんどの赤ちゃんが無事に育っています。

先天性CMV感染症の治療には、ガンシクロビル(点滴静脈注射)と、バルガンシクロビル(経口薬)が有効です。

かつては症候性の先天性CMV感染は生まれたときに既に症状が固定されており、出生後の治療効果はないと考えられていました。しかし、症候性の先天性CMV感染症の赤ちゃんだけを対象とし、ガンシクロビルを6週間静脈注射した研究によって、「難聴の改善」効果があることが報告されています。

バルガンシクロビルも飲み薬であるため使いやすく、また、中枢神経系障害を伴う先天性CMV感染症の新生児に用いると6か月後とおそらく1年後以上の聴力障害を予防するという研究報告がなされています。

ただし、これらの薬剤には将来男性不妊になる可能性がある(精子形成の低下)といった副作用の問題があり、実際の医療現場で新生児に対して用いることは、現時点では困難であるといえます。

先に妊婦スクリーニングなどの検査体制を整える必要性について述べましたが、治療についても今後研究を重ねて確立していかなければなりません。

先天性CMV感染の解明のためには、診断のサポートと感染症の赤ちゃんの登録制度の確立が不可欠です。私の所属する厚生労働省研究班では、先天性CMV感染症の実態を把握するために、検査を無償で行うなどのサービスを実施しています。

(東京大学医学部附属病院 小児科 http://square.umin.ac.jp/ped/cmvtoxo.html )

また、妊婦さんから相談を受けた全国の医師のための相談指針を作成し、2014年には国内すべての産婦人科医師(16000名)に、相談窓口の連絡先を記載したパンフレットを配布しました。

一般の妊婦さんへのCMV予防啓発としては、ポスターや啓発ホームページの作成、一般向けのパンフレット作成などを行っています。これから妊娠を考えられている方、現在妊娠中の方はぜひダウンロードしてみてください。

●サイトメガロウイルス、トキソプラズマ等の母子感染に関する啓発ホームページ:http://cmvtoxo.umin.jp/

●一般向けパンフレット『妊娠中のサイトメガロウイルス母子感染に注意しましょう』(ダウンロード可能):http://cmvtoxo.umin.jp/doc/pamphlet_01.pdf

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