インタビュー

妊娠中にサイトメガロウイルス感染を予防するために!先天性CMV感染症の症状とは

妊娠中にサイトメガロウイルス感染を予防するために!先天性CMV感染症の症状とは
藤井 知行 先生

山王病院 病院長/女性医療センター長

藤井 知行 先生

この記事の最終更新は2016年07月11日です。

サイトメガロウイルスという言葉をご存知ですか?決して認知度が高いとはいえないサイトメガロウイルスですが、日本では年間約3000人もの赤ちゃんがお母さんのお腹の中や産道でサイトメガロウイルスに感染しています。お子さんに難聴などの障害を来しかねない先天性サイトメガロウイルス感染症を防ぐためには、妊婦さんが予防法を知り、実践することが重要です。特に「上のお子さん」からお母さんに感染し、胎児へと感染することが多いといわれるサイトメガロウイルスについて、東京大学医学部附属病院女性診療科・産科主任教授の藤井知行先生にご解説いただきました。

ウイルスや細菌などの病原体が、様々な感染経路を辿って母から子へと感染することを「母子感染」といいます。母子感染を起こす病原体は多々ありますが、中にはお母さんの症状は軽症であるものの、妊娠中の感染により胎児に重篤な症状を引き起こしてしまうものもあります。このような感染症を総称してTORCH(トーチ)症候群と呼びます。

●トキソプラズマ原虫(Toxoplasma gondii)

風疹ウイルス(Rubella virus)

●サイトメガロウイルス(Cytomegalovirus)

●単純ヘルペスウイルス (Herpes simplex virus)

●その他(others)…梅毒トレポネーマなど

本記事で取り上げるサイトメガロウイルスは、TORCH症候群の中でも高い頻度で胎児感染を起こし、更には乳幼児に神経の障害を来す可能性があるウイルスです。

「サイトメガロウイルス」という名前は、ギリシャ語の“cyte-”(細胞)と“-megalo-”(メガロ)に由来しており、文字通り感染細胞が巨大化して周囲の細胞に広がっていくという特徴を持っています。

 

引用:サイトメガロウイルス妊娠管理マニュアル
引用:サイトメガロウイルス妊娠管理マニュアル

サイトメガロウイルスの感染細胞は、写真のように「フクロウの目」のように見えることがあることでも知られています。

サイトメガロウイルスは正式にはヒトヘルペスウイルス5(HHV-5)といい、ヒトのみに感染します。また、ヘルペスウイルス全般にいえることですが、サイトメガロウイルスは一度感染すると生涯にわたり潜伏感染し続けます。

※多くは一生涯症状が現れない「不顕性感染」の形で感染します。

妊婦さんがサイトメガロウイルス(以下、CMV)に初感染や再感染を受けた場合や、元々感染していたCMVが何らかの原因で再活性化した場合、ウイルスは胎盤を通して胎児に移行し、生まれてくる赤ちゃんが「先天性CMV感染症」を発症することがあります。

症状は軽いものから重いものまで多岐に渡り、中には無症状というケースもあります。

赤ちゃんに現れる症状には、低出生体重、肝機能異常、小頭症水頭症、脳内石灰化、紫斑、血小板減少、貧血、黄疸(皮膚が黄色くなること)、網膜症白内障肺炎、けいれんなどがあり、成長に従い、難聴や運動障害、精神遅延などの障害が現れることもあります。

小頭症というと、現在は妊娠中のジカウイルス感染(ジカ熱)によるものが注目されています。しかし、現時点(2016年6月)ではジカウイルスの先天感染は我が国では一例も出ていません。現在、日本では年間約100例の小頭症の赤ちゃんが生まれており、そのうち3分の1がCMVによるもの、3分の1がトキソプラズマ原虫によるもの、そして残りの3分の1が遺伝などその他の原因によるものとされています。ですから、日本における赤ちゃんの小頭症問題を防ぐためには、CMV感染予防についての啓発により注力すべきであると考えます。

先天性CMV感染症の赤ちゃんが生まれる頻度は出生300人中1人であり、これは非常に高い割合です。

数年前に日本で妊娠中の風疹ウイルス感染による赤ちゃんの先天性風疹症が年間200人以上報告され、大きな問題となりました。しかし、先天性CMV感染症の赤ちゃんは先天性風疹症よりはるかに多く、年間に約3000人も出生しており、あまり知られていないものの「怖い病気」であると考えます。

「怖い」のは感染者数だけではありません。先天性CMV感染症の多くは出生時には無症状であるため気づかれにくく、大半は出生から半年~数年以上経過したのち、耳が聞こえないなどの症状が出てはじめて診断されています。先天性の難聴のうち、4分の1はCMVによるものともいわれています。

  • 症候性感染児の35%に感音性難聴あり。
  • 出生時難聴の21%がCMV感染による。
  • 4歳児難聴の25%がCMV感染による。

尚、出生時に無症候であり成長して難聴が現れるのは無症候のうち約15%です。次の項目では、CMVの母体感染により、どの程度の割合で赤ちゃんに症状が現れるのかを詳しく解説します。

サイトメガロウイルスの母子感染と出生児障害リスク

(引用元:サイトメガロウイルス妊娠管理マニュアル)

1990年頃には、日本の妊婦のCMV抗体保有率は90%台と非常に高いものでした。「抗体」とはウイルスなどに対する対抗物質であり、抗体を保有しているということは過去にCMVに感染しているということです。

現在ではCMV抗体保有率は全妊婦の70%近くに減少しており、妊娠中にCMVに初めて感染し得る妊婦の割合は増加しています。

抗体のある妊婦の場合、0.2~2%がCMVの再活性化による胎児感染を起こすとされ、生まれてきた赤ちゃんの0.5~1%に何らかの症状が現れます。

一方、30%の抗体を持たない妊婦では、1~2%がCMVに初感染し、そのうち40%が胎児感染を起こします。ただし、40%の先天性CMV感染症の赤ちゃんのうち80%は出生時には無症候であり、何らかの症状がみられるのは20%の赤ちゃんに限られます。

とはいえ、先述した通り出生時に無症候であった赤ちゃんのうち10~15%には半年から数年後に障害(難聴や精神遅延)が出てきてしまいます。この割合は、母体初感染の3%を占めます。

出生時に症状があった20%の赤ちゃんのうち10%は正常に発育しますが、90%には精神遅延や運動障害、難聴などの障害が生じており、この割合は母体初感染の7%にのぼります。

先天性CMV感染症により障害を抱えてしまう子どもを減らすためには、お母さんが妊娠中にCMVに感染しないよう医師が予防法を指導し、きちんと実践していただくことが肝要です。

CMVの感染経路には、ここまでに述べた胎内感染のほか、性行為感染や産道分泌物・母乳を介する感染、尿や唾液を介する感染などがあります。このうち、妊娠中の母体初感染の大半を占めるのは、「上のお子さん」の唾液や尿を介した感染です。妊娠中であっても既にお子さんがいる場合、風邪をひけば鼻水を拭くなどの看病もしますし、おむつ交換の際に尿に触れることもあるでしょう。同じスプーンを共有するなどしてよだれに接触する機会も多々ありますし、お子さんの口元にキスをするお母さんも沢山おられます。そのため、初産婦よりも経産婦のほうがCMV感染リスクは高まります。また、保母さんなど小さなお子さんとの接触機会が多いご職業の方も気をつけていただく必要があります。

ただし、二人目、三人目のお子さんを妊娠すると、上のお子さんは不安定になる傾向があるため、お母さんが実際に上記のことを避けるのは非常に難しいものと考えます。また、心情としても、お子さんが感染源になると考えるのは辛いことと思いますが、感染経路を知っていただくことが、我が子を守るための第一歩になるのだとお伝えしたいです。

しかし現時点では、妊娠中の初感染により胎児に感染が及ぶことや、感染経路、予防策について知っておられる妊婦さんは多くはありません。医師からの説明や啓発が十分とはいえないことも関係しているでしょう。

アメリカやイギリスでは、妊婦に対する教育と啓発を推奨している機関も多数存在します。教育・啓発の内容は以下のようなものです。

サイトメガロウイルスを含んでいる可能性のある小児の唾液や尿との接触を妊娠中はなるべく避けるように説明する。

●以下の行為のあとには、頻回に石けんと水で15~20秒間は手洗いをしましょう。

  • おむつ交換
  • 子どもへの給餌
  • 子どものハナやヨダレを拭く
  • 子どものおもちゃを触る

●子どもと食べ物、飲み物、食器を共有しない

●おしゃぶりを口にしない

●歯ブラシを共有しない

●子どもとキスをするときは、唾液接触を避ける(おでこにキスするなど)

●玩具、カウンターや唾液・尿と触れそうな場所を清潔に保つ

(サイトメガロウイルス妊娠管理マニュアルより一部改変して引用)

妊娠12週以降の母体初感染(抗体陰性者の陽性化)率は1~2%とされますが、「妊婦CMV抗体スクリーニング」と抗体陰性者に対する上記のような「妊婦カウンセリング」により、母体初感染率は0.19%に低下したと報告されています。この報告からも、啓発や予防法の指導は母体感染と赤ちゃんの先天性CMV感染症の予防に有用であるといえます。

記事2「サイトメガロウイルス感染時期の検査と先天性CMV感染症の赤ちゃんの診断・治療」では、妊娠中のCMV感染を抗体検査により調べる「妊婦CMV抗体スクリーニング」と、赤ちゃんの先天性CMV感染症の診断法、治療について詳しくお話します。

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