
血友病の方は、出血を止めるために必要な“血液凝固因子”というタンパク質の不足により、一度出血すると血が止まるまでに時間がかかります。治療の基本は、不足している凝固因子を注射で補う補充療法であり、ここ数十年の間に大きく進歩してきました。
今回は伊藤 彰さん(仮名)に、これまで受けてきた治療、転院して感じた治療の違い、同じ境遇の仲間との出会いなどについてお話を伺いました。「若さゆえに病気と向き合いたくない時期もあった」と振り返る伊藤さんが、今若い血友病の方に伝えたいメッセージとは。
私は1970年生まれで、今年55歳になります。東京まで電車で2時間ほどの関東北部の街に生まれ育ちました。今もこの街で暮らしています。血友病と診断されたのは1~2歳頃と聞いています。よちよち歩きのときに転んでおでこをぶつけ、出血や腫れがひどかったので、地元の大きな病院を紹介されたのです。そこで検査を受けて血友病だと分かりました。
この病院は、この街に住んでいる人であれば「何か大きな病気のときはここに行けば安心だ」と思っているような、地域で一番規模が大きく信頼されている施設です。でも子どもの頃は出血することが多かったですね。診断されてからしばらくは、凝固因子製剤の定期補充療法*は行っていませんでした。当時は「(凝固因子製剤のような)高価な薬は痛くなる前に使うものではない」という考えだったのです。ひどく出血して関節が腫れて歩けないほど痛くなったら病院に行き、凝固因子製剤を注射してもらって自宅で安静にしていました。今思えば、その注射の量も足らなかったのだと思います。一度注射してもらってもなかなかよくならなくて、再度病院に行かなければいけないこともしばしばありました。
*定期補充療法:血友病で不足している凝固因子を注射で補う治療。出⾎の有無にかかわらず定期的に注射をするのが「定期補充療法」。そのほかに、出⾎が起こったときに注射をする「出⾎時補充療法」、出⾎が起こる可能性が⾼いイベントの前に予防的に注射をする「予備的補充療法」がある。
そのような日々に変化が訪れたのは15歳のときです。この頃もまだ地元では定期補充療法は一般的ではなかったと思います。でも、たまたま入院した際に担当してくれた医師がいろいろと調べてくれて、「自分でやってみる?」と自己注射による定期補充療法*をすすめてくれたのです。「他の人に注射をされるよりも自分でやったほうが痛くないのでは」と興味がわき、先生に「やってみたい!」と返事をしたのをきっかけに自己注射を始めました。入院中に何度か練習して必要な手順を覚え、退院してからは2週間に1回くらいの頻度で通院して、凝固因子製剤を処方してもらったのです。通院するたびに1回分は病院の外来で、残りは自宅に持ち帰って自己注射をしました。外来で注射をしていたのは、注射の手技が正しくできているか、先生や看護師さんが確認するという意味合いもあったのかもしれません。定期補充療法を始めてからは、出血することは徐々に少なくなったと思います。
*自己注射による定期補充療法:日本では1983年に血友病の人に対する在宅自己注射療法が保険適用となった。
この地元の病院には30歳代前半まで通っていました。長年診察を担当してくれていたのは院長先生です。私は肝臓の状態も悪かったので、消化器内科が専門の先生に肝臓を診てもらいつつ、凝固因子製剤も処方してもらっていました。現在は転院して、東京にある血友病の診療経験が豊富な病院に通院しています。
転院を決めたきっかけは、血友病性関節症*によって膝の状態がとても悪くなってしまったことでした。幼い頃から出血を繰り返したことで、だんだんと膝や足首、肘などさまざまな関節が動かしにくくなり痛みを感じるようになってきました。特に膝の不具合については地元の病院でも相談していたのですが、「おそらく関節の中に血液などがたまっているのでしょう。それを手術で取り除けばよくなりますよ」という先生の言葉を信じてきました。若かったこともありますが、あまり病気には向き合いたくないという気持ちが強かったですね。注射をして痛みなく過ごせればいいやとやり過ごしていました。もっと本当に悪くなったら手術をすればいいと思っていたのです。
*血友病性関節症:血友病では関節内などに出血を起こしやすい。関節内で出血を繰り返すと血液の鉄成分が蓄積して、滑膜の骨を壊す成分の分泌を促すため関節の破壊が進行する。これにより関節の可動域が狭くなり、痛みが出るなどした状態。
あまりにも調子が悪いので思い切って東京の病院を受診し、血友病が専門の先生に診察してもらいました。手術をすればよくなるものだと期待していたのですが、実際はまったく逆で、医師には「もう膝の状態はよくなりません」と言われてしまいました。そのときに、自分では病気のことを理解しているつもりだったけれど、実は全然そうではなかったのだと気付いたのです。それ以来、血友病について十分な知識のない医師に診てもらうのが怖くなってしまいました。信頼できるのは血友病専門の先生だけだと思うようになったのです。
最終的に膝関節は37歳のとき、東京の病院から紹介してもらった別の病院で、左右共に人工関節に置き換える手術を受けました。年齢を重ねるにつれて、特に手術を受けてからは、自分の病気と向き合うようになってきたように思います。
東京の病院に転院してからは、治療もだいぶ変わりました。地元の病院で長年処方してもらっていた凝固因子製剤は血漿由来*のものでした。特に希望していたわけではなく、「うちの病院で治療するならこれ」と指定されていて、患者側に選択権はありませんでした。東京の病院に通うようになって初めて、治療薬にもさまざまな種類があることを知ったのです。血漿由来製剤のほかに遺伝子組み換え製剤*があること、遺伝子組み換え製剤にも複数の種類がありそれぞれ特徴が異なること……詳しく説明を聞いたうえで、自分で1つの遺伝子組み換え製剤を選びました。患者側に選択権があり、そのことをきちんと説明してもらえるのはとてもよいと感じます。
*凝固因子製剤(血漿由来、遺伝子組み換え):血友病の治療に用いられる凝固因子製剤には、ヒトの血漿から製造された製剤と、ヒトの血漿は用いず遺伝子組換え法によって製造された製剤がある。
50歳になった頃には、凝固因子製剤からエミシズマブという抗体製剤に変更しました。凝固因子製剤の自己注射は静注ですが、週2回ほどの投与を長年続けてきて、投与時に血管の痛みを感じるようになりました。少しずつ老眼も出てきて近くのものが見づらくなり、静注の際に血管を探すのが大変になってきたことなどをカウンセラーの先生に相談したところ、抗体製剤があることを教えてくれました。エミシズマブは皮下注で、投与間隔も最長4週に1回で大丈夫だと聞いたので、「それならいいな」と思いました。カウンセラーの先生に「(抗体製剤に)変えてみて、もしダメだったら(凝固因子製剤に)戻せばいいよ」と言われたことも後押しになったと思います。
先生は血友病のことをよく知っているので安心して受診できますし、カウンセラーの先生もとても頼りにしています。医師には話しにくいことも気軽に相談でき、「先生にこんなふうに聞いてみたら?」とアドバイスしてもらえるのでとても心強い存在です。
私が東京の病院に通うようになったのは30歳を過ぎてからですが、病院の存在自体は以前から知っていました。血友病と診断されたときに、両親が地元の病院の医師から「専門的な血友病治療を受けられる病院がある」と紹介され、一度受診したことがあったからです。そのときに、この病院に通う血友病患者さんと家族が集う患者会にも加入していました。会費は継続して払っていたので、自宅へ定期的に会報誌が届いていましたが、それほど目を通してはいませんでした。患者会ではクリスマス会やサマーキャンプなどいろいろなイベントが開催されているのですが、特に参加することもなかったですね。距離的にも心理的にもハードルがあったのと、知らない人たちに会っても仕方がないように感じていたのです。
患者会の活動に参加するようになったのは、東京の病院に転院してからです。定期的に通院するようになって、以前よりも東京に出かけることに抵抗がなくなったのだと思います。最近は、全国の患者会が連携して開催している「全国ヘモフィリアフォーラム」というイベントが楽しみです。定期的に全国各地で開催されるので、旅行を兼ねて参加しています。こうした場に参加すると同じくらいの年代の仲間に会えますし、みんな同じ病気で同じような悩みを抱えているからか、少し話すとすぐに打ち解けて仲良くなれます。昼間はフォーラムで病気のことを勉強して、夜は飲み会で語り合う時間はとても楽しく充実していると感じます。
血友病と共に生きていくうえでは、信頼できる先生に出会うことが一番大切だと思っています。私がこうして元気に過ごせているのも、医師やカウンセラーなどの医療スタッフや日頃お世話になっている方々のおかげだと心から感謝しています。私は今、東京の病院には電車で片道2時間半ほどかけて通っていますが、それほど負担には感じません。地元の病院ではしばしば診察まで2~3時間待つことがあったので、受診のためにかかる全体の時間で考えればそれほど差がないからです。また、一度の受診で十分な量の薬剤を処方してもらえるため、現在は2か月に1回の通院で済んでいます。住んでいる地域によっては、血友病専門の医師が近くにいない方もいるでしょう。しかし将来のことを考えると、私は多少遠方であっても専門の先生に診てもらうほうがいいのではないかと思います。
また、自分の病気についてよく知ることも重要です。正しい知識を得ていれば、まずは出血させないことが大切なのだと分かりますし、出血したときの対応も異なるでしょう。自分の若い頃を振り返ると、そうした日々の積み重ねがあれば、膝や肘、足首などの関節の悪化ももう少し先延ばしにできたのかもしれないと思います。患者会のイベントに参加すると、血友病のお子さんに代わって熱心に勉強されている親御さんを多く見かけます。でも、私は「自分の病気のことなのだからお子さん本人が来たほうがいいのにな」と思ってしまいます。
血友病の治療は時代とともに大きく進歩しています。失敗や反省も含め、私の経験が少しでも若い血友病の皆さんやご家族の参考になればうれしいです。これからも健常な方々と同様に、明るく前向きに人生を楽しんでいきたいと思っています。
様々な学会と連携し、日々の診療・研究に役立つ医師向けウェビナーを定期配信しています。
情報アップデートの場としてぜひご視聴ください。
関連の医療相談が12件あります
血友病について
血友病は男性の方が多いと聞くのですが、19歳の女性がなる可能性はありますか?? もし、血友病になってしまった場合治る病気ですか?また、治療方法も知りたいです。
手の関節内出血
先週の土曜日の朝起きたら右手の関節のところだけ青なじみができていました。 またその日から、左肘の関節が痛くなりました。 先月にも膝の関節がすごい痛みを感じました。 調べたら血友病かもしれないと思うけど、症状があまり出てないので病院行こうか迷ってます。
こどもの爪が剥がれる
よく爪が剥がれ(先端が裂ける)てしまい、ギザギザになっています。(爪を噛んでいるわけではない) 栄養分で不足しているものでもあるのでしょうか?このまま放置していてもよいでしょうか?
身体全体が痒いです。
去年から、頭から足先まで痒くてたまりません。色々、塗り薬や液体薬など試したんですが一向に良くなりません。皮膚科でも色々薬を出されたんですが効果が無いのです。 最近はシャワーを浴びるだけでも身体が染みてしまって悩んでます。 乾燥肌でもないんですが原因がわからず困っています。
※医療相談は、月額432円(消費税込)で提供しております。有料会員登録で月に何度でも相談可能です。
「血友病」を登録すると、新着の情報をお知らせします