一般外科から小児外科の肝臓移植を経験して大人の外科に戻り、現在は肝胆膵領域の手術治療を専門にする私の医師としての経歴は、ストレートに同じ診療科でキャリアを積んだ外科医に比べるといくぶんアウトローな部分があるかもしれません。
しかし、このような経歴を持っているからこそ、他の医師とは少し異なる目線で、幅広く大人の外科をみることができているように感じます。何事も、物事は広い目でみなければなりません。
学生時代から机にかじりつくような勉強が好きではなかった私は、自らの手を動かして患者さんを治療できる外科になろうと決めており、大学卒業後はほとんど迷うことなく京都大学外科に入局しました(その当時は初期研修制度がなく、医学生は卒業後すぐに医局に入局していたのです)。
入局後半年ほどして関連病院の赴任となり、その後4年間は関連病院で一般外科の臨床に力を注ぎました。そして4年後、京都大学大学院に戻るとき、私はそのまま一般外科を続けるのではなく小児外科を選択します。小児外科ならば、自分よりも長く生きることになる子どもの人生や、輝かしい未来を支えることができると考えたからです。私にとってはよりやりがいを感じられる場所だと思い、小児外科(旧第2外科)の道に進みました。
当時の小児外科には、どうしても治すことのできない疾患が3つありました。
ひとつめは、肝臓移植をしなければならない胆道閉鎖症。2つ目が、横隔膜が上がった状態で生まれるために肺が発育せず、呼吸困難に陥る横隔膜ヘルニア。そして小児腫瘍の疾患です。
医学の進歩に伴い、腫瘍と横隔膜ヘルニアの患者さんを助けられる割合は少しずつ改善したのですが、胆道閉鎖症だけは根治治療法が肝臓移植のみだったため、救命できる患者さんがなかなか増えないことが課題とされていました。葛西手術という肝門部腸吻合術の登場以降、救命率が改善したものの、この手術を行っても長期的には6~7割の命が失われていたのです。
こうした背景から、少しずつ「胆道閉鎖症の子どものために肝臓移植を」という流れが日本に巻き起こり、日本の子どもたちに肝臓移植を行うための取り組みが開始されてきました。
私自身も大学院生のときに胆道閉鎖症の患者さんをサンフランシスコまでお連れしたり、ドイツで肝臓移植を受けた子どもの経過を学んだりしたことがあります。しかしながら、海外の治療成績は決して良いとはいえず、やはり日本で肝臓移植をやるべきだと強く感じたものです。京都大学で肝臓移植が始まったのは、私が大学院を卒業した翌年のことでした。
今まで助けられなかった子どものぶんまで多くの子どもを助けたいと、私は小児外科グループの一員として小児の肝臓移植に携わりました。
このように、肝臓移植は最初のうちは子どもに対する治療として導入されたのですが、その後大人にも肝臓移植の適応範囲が広がります。
2001年、縁あって私が44歳のときに三重大学第一外科の教授に赴任してからは、大人の肝臓・膵臓外科や一般の肝胆膵外科をもう一度、いちから学び直しました。こうして私は京都大学に戻るまでに、一般外科・小児外科・移植外科・肝胆膵外科と、複数の立場から外科医療を行ってきたのです。
専門分化が進む大病院においては、外科という大きな枠組みの中にある移植外科、肝胆膵外科、小児外科それぞれの専門家が、各科でテリトリーを作ってしまうことがあります。こうしたテリトリーを形成してしまうと、どうしても物事を狭く考えてしまいがちです。
外科医の王道を進み続けたがゆえに、他の意見や考えを受け入れられない医師になってしまうようではいけません。かつて医師が「王様(キング)」として扱われた時代もありましたが、今はそのような時代ではありません。
さまざまな現場や立場で経験を積み、アンテナを広げている医師であれば、他の専門家の意見を容易に受け入れることができます。これは外科医師の世界の話だけではなく、医師は各分野の専門家、つまり看護師や薬剤師などのコメディカルスタッフからどのようにみられているか、彼らがどのような思いを抱いているかを汲み取って受け止めなければなりません。
医療従事者が肝に銘じるべきことは、医師は決してキングではなく、医療の世界のなかに生きる専門家の1人にすぎないということです。もちろん、専門家のなかで最も責任が重く、常にオピニオンリーダーであるべき存在ですが、絶対王者ではありません。ですから医師に最も求められるのは、他の専門家の意見を受け入れたうえで、メンバーを率いる存在であることだと思っています。これは私が若手医師を育成するにあたり最も大切にしていることです。
繰り返しになりますが、医師は頂点に君臨する存在でなく、責任を持ってメンバーを統括する指揮官なのです。これから外科医を志すみなさんには、このことをぜひ知っておいていただきたいと考えますし、私自身もこのモットーをこれから常に持ち続け、肝胆膵外科の医療に力を注いでいきたいと思います。
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