公立森町病院は、1959年に設立されました。1997年に現在の森町草ヶ谷に新築移転してから現在まで、地域と共にある病院として歩んできました。“地域包括ケア”という概念が出てくる以前から地域での医療完結を目指し、病気だけを診るのではなく、患者さんの生活やご家族との関係などを含めた暮らしの全てを診る“家庭医”としての役割と、その育成に尽力してきました。2011年には森町家庭医療クリニックを隣接地に設立し、地域の生活を支える医療を共に担っています。
病院や行政、地域住民のそれぞれが自分たちにできることを模索しながら、地域全体で医療と介護のニーズに取り組み続けた歩みについて、院長の中村 昌樹先生に伺いました。
当院では、これまで救急の患者さんを可能な限り断らずに引き受けていくことで、地域の信頼を得てきました。また近隣病院と連携し、当院で対応が難しい場合には治療をお願いしています。そうしたバックアップ体制が整っていることから、地域の皆さんは緊急の際にも、多くの場合は住み慣れた地域で治療を受けることができます。
2018年10月からは、医師の働き方改革のため、深夜帯の救急受け入れを制限しています。こういった診療体制の整備も、近隣病院との連携や地域住民の皆さんのご協力、地域全体が予防医療を重視してきたことによる救急患者の減少などがあって、実現可能となったものです。
また深夜帯に限らず、できるだけ不要な緊急受診を防ぐため、当院では病気を早期発見・早期治療できるよう日頃から“家庭医”としての機能を重視しています。つまり、日々の健康管理をしっかり行うことで重症化する前に対処できるようにするという役割です。たとえば、介護施設などでも何かあってから病院へ来てもらうのではなく、定期的に往診することで、重症化する前に医療介入できるようにしています。重症化する前に介入することで、患者さんにとっても医療者にとっても負担は軽くなります。
当院は急性期病棟のほかに、地域包括ケア病棟と回復期リハビリテーション病棟を有しています。また、急性期医療を終えた患者さんへの生活支援として、1992年から在宅医療の提供を行っています。特別養護老人ホームへの往診も行い、ご希望があれば看取りにも対応できるようしています。当院では、患者さんの人生を最期まで支える医療に意味があると考え、治療後も生活に寄り添う医療を提供しています。
この地域でも例外なく高齢化が進んでおり、住民にはご高齢の方が多くいらっしゃいます。在宅医療を含め高齢者医療を考えるうえで大切なのが、ACP(アドバンスケアプランニング)です。ACPとは、将来的に医療やケアをどのように行っていくか(あるいは医療介入を希望しないのか)などを、患者さんを中心に、ご家族を含む身近な方、医療者、ケア担当者などが何度も話し合い、患者さんの意思決定を支援するプロセスを指します。
医療介入が必要となったときにどのようにしてほしいか、最期はどこで過ごしたいかなどを前もって話し合っておくことで、過剰な医療介入や不要な緊急搬送を防ぐことにもつながります。望まぬ形で最期を迎えることは、ご本人にとっても周囲の方にとっても悲しいことです。当院では、“死は決して悲惨なものではない”と思えるように寄り添い、ACPを見据えて選択肢を提示することを大切にしています。
患者さんの立場からみる病気とは、それまでの自分の生活が継続できなくなる可能性に直面する経験です。体に病理学的な変化をもたらす“疾患”という医師のとらえ方とのあいだには、ズレがあります。
医療には、患者さんの体験という物語に基づく医療(NBM[Narrative Based Medicine])と、科学的根拠に基づく医療(EBM[Evidence Based Medicine])があり、どちらも大事と考えられます。
特にNBMに重きを置いて医療提供をする存在として、地域のかかりつけ医の機能を担う家庭医がいます。入院管理から救急医療、在宅医療、緩和医療、周産期医療など、患者さんをトータルで診る家庭医がいることで、各分野の医師も自分の専門領域の治療に専念することができます。
2010年には、静岡県地域医療再生計画に基づき、磐田市、菊川市、森町の2市1町が共同で静岡家庭医養成協議会を立ち上げました。また、このプログラムがきっかけで浜松医科大学に地域家庭医療学講座が設置されました。さらに御前崎市、袋井市、掛川市も協議会に加わり、現在は浜松医科大学をプログラムの基幹施設とし、5市1町からなる協議会と大学が連携して運営しています。
当院では、このプログラムの研修施設の1つとして専攻医やフェローを受け入れることで、地域における家庭医療の充実と家庭医の育成に尽力しています。
当院では、地域包括ケアの概念が出てくる以前から近隣の病院やクリニックとの連携、機能分化を重視してきましたが、新型コロナウイルスの流行下ではますます連携と機能分化の重要性を感じました。コロナ禍では、呼吸器を専門とする医師がいなかったため当院では初期には病床をつくらず、発熱外来という形で受け入れを行いました。流行初期にはできるだけ患者を集約し、流行のステージが上がった場合には全ての病院が受け入れる形が望ましいと考え、第3波以後は当院でもコロナ病床を開き、入院患者の受け入れを行いました。
コロナによる死亡者数が日本で少なかったのは、住民一人ひとりの協力も大きかったと思いますが、それぞれの病院が適切に役割分担を行い、連携を図って診療にあたったことが大きかったのではないかと思います。こうしたコロナ禍での経験を経て、2021年10月に当院を含む近隣の5病院(中東遠総合医療センター、磐田市立総合病院、菊川市立総合病院、市立御前崎総合病院、公立森町病院)で、連携と協力体制をさらに深めるための“医療連携及び協力に関する協定”を締結することができました。
2010年に、地域住民の有志の方々によって“森町病院友の会”が発足しました。医療崩壊の危機意識のなか、住民の皆さんが自分たちの病院を守ろうとして立ちあがり、設立したものです。
森町病院友の会のような地域との交流のなか、当院は地域の皆さんと積極的に言葉を交わしてきました。その流れのなかで、家庭医療についても、ボランティア活動やコミュニティボード、地域医療懇談会、地区懇談会を通じて発信してきました。
森町では朝・夕に同報無線が流れます。そこで月一回、病院から医療情報をお知らせしています。コロナ禍においても無線を活用し、情報発信をしていました。また、当院では、より効率的に診療を行うため来院前の事前AI問診を導入したのですが、無線を活用して広報したところ、発熱外来の8割近い方が事前入力をして来院されました。住民の皆さんが無線をよく聞いてくれていることを実感した出来事でした。
こうした取り組みにより、行政も含め森町の地域住民みずからが、日ごろから健康管理を意識して地域と病院が協力し合う土壌が育っています。また、地域の皆さんが病院を身近に感じるきっかけにもなっていると思います。
2012年、森町病院は厚生労働省の主導する在宅医療拠点事業を実施する病院に選ばれました。それを機に、在宅医療に関する情報を集約する在宅医療支援室“さざんか”を開設しました。
在宅医療に力を入れるなか、当院では特に在宅医療コーディネーターの育成に尽力しています。在宅医療コーディネーターとは、当院独自の職種であり、在宅部門の診療補助者を指します。コーディネーターを入れることで、医師がチームの一員として在宅医療に関わることや、多職種間の連携を円滑にしています。
また在宅医療コーディネーターが訪問診療に同行し、ITを使った情報共有システムに自分の言葉で診療記録を記載することで、ケアマネージャーや地域包括支援センターの職員も医師の診療内容を理解しやすくなるといったメリットもあります。
当院では、地域医療連携室が主体となり、退院支援を行う体制を整えています。地域医療連携室と在宅医療支援室が密に連携することで、“時々入院、ほぼ在宅”といったような、生活者としての患者さんを支える医療を提供しています。
また、外来診療においてもカルテ記載などの診療補助を担うスタッフの存在により、医師は患者さんと向き合い、手元のカルテではなく患者さんの顔を見てお話しできるようになりました。このように当院では、それぞれの職員が自分にできることで協力し合う体制を整えています。
2000年から院内にコミュニケーションボードという掲示板を設けて、患者さんとのコミュニケーションに活用しています。患者さんからいただいた投書(「愛の一言」)には必ず返信し、職員も含めみんなで共有しています。患者さんが抱えている思いに気づけたり、よりよい医療提供を目指すうえでも大切な取り組みです。
また、2023年には“森のよろず相談室”を開設しました。ここでは、患者さんやそのご家族から医療に関するさまざまな相談や、病院へのご意見を伺っています。
医師に、特別な才能は必要ないと考えています。私自身、「医者は特別な才能がなくても、真面目に取り組みつづければ、必ず人の役に立てる仕事だ」という言葉で、医師を志しました。継続して取り組み続ければ、確実に力は身につきます。
“医師になりたい”と思って医師になるのであれば、そこには“人の役にたちたい”という思いがあるのではないかと思います。“人の役に立ちたい”という大きなビジョンや思いは忘れずにいてほしいと思いますが、未来は不確かなものであり、だからこそおもしろいのだから、プランどおりにいかなくてもそのビジョンだけ見失わずに、チャレンジしながら進んでほしいと思います。結果は後からついてくるものです。
自分の可能性を自分で閉ざす必要はありません。できることは必ずあります。駄目だと思わずに、覚悟を決めて努力し続ければ、想像したこととは違ったとしても、必ず何か結果が出てきます。問題点を見つけたら、やりがいをもって取り組めることが見つかったと思ってください。
地域医療には“必要に応える”という医療の原点と、やりがいがあります。私は森町にきて、住民の皆さんや関係者と触れ合うことで、「ここでなら、地域とともに作り上げる医療が実現できるのではないか」と思いました。
何かを達成できたら成功、できなければ失敗、ではありません。どんな理想に対しても、わずかにでも歩み続けられることこそが、やりがいとなるのではないでしょうか。
いつまでも医療は必要です。既存の物差しだけでなく新しい視点で共に働く、森町の地域医療の後継者をお待ちしています。
私は森町という地域が好きで、地域住民の皆さんと共に歩み続ける覚悟を決めています。そうした覚悟を決めると、人の役に立ちたいという医者としての原点に立ち返えることができました。
病気にかかっても、生活の全てが駄目になるわけではありません。その人の人生の意味、価値観を重視した医療を提供したいと考えています。
また、病気を早期に見つけることができれば、コントロールできる可能性があります。“健康”とは、少しずつでも自分から改善に取り組める、健康に向かおうとする姿勢そのものだと思います。地域も病院も、住民も職員もわけ隔てなく、健康のためにみんなで一緒に歩み続けましょう。
公立森町病院 院長
「受診について相談する」とは?
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。