出産時の仮死などによって、赤ちゃんに大きなダメージが加わると重度の障害が残ることも少なくありません。お産のときのダメージによる赤ちゃんへの負担を最小限に抑え、さまざまな障害を回避する目的で行われているのが新生児低体温療法です。治療をスムーズに進めるためには、関連機関との連携が重要になります。低体温療法を取り巻く現状について飯塚病院小児科の海野光昭先生にお話しを伺いました。
低体温療法が適応となる疾患としては、重症の新生児仮死に伴う低酸素性虚血脳症(赤ちゃんの脳に酸素を含んでいる血が行き届かず、様々な脳神経障害を起こす障害の総称)があげられます。つまり、神経学的な障害を残すようなストレスが赤ちゃんの脳に加わった場合に、治療の対象となるのです。
治療を行うかどうか判断するにあたっては、産科医のモニタリングの情報や分娩時周辺の臍帯血(胎盤とへその緒内に含まれる血液)の血液ガス検査の判断、生まれてからの赤ちゃんの身体的な所見や神経学的な症状の有無などを総合して評価します。しかし、低体温療法を行うかどうかについては、最終的には現場の医師の判断となります。
このときに、脳神経系の機能を客観的なデータとしてとらえることができるのが脳波検査です。リアルタイムに脳機能を評価することが可能であり、飯塚病院では積極的に活用しています。(詳細は『低体温療法に伴う脳波検査の活用』)
低体温療法は、赤ちゃんが生まれてから6時間以内に治療を開始しなければならないという時間的な制限があります。そのため、現場での素早い判断と対応がどうしても必要になってくるのです。
海外では、「プレホスピタルクーリング」といって、病院に搬送されるまでの間、救急車のなかで救急隊によって体温を下げるという取り組みが行われています。日本ではハード面やソフト面で実現するにはかなり難しいハードルがあるのが現状ですが、現時点で我々ができることとしては、とにかく能動的に体温を上げないような管理を行うということです。
侵襲を受けた生体にとっての高体温は赤ちゃんにとってダメージとなることが、これまでに報告されています。そのため、可能な限り体温を高くしない状態を保つことが重要になってきます。救急車で搬送するときには、体温を無理に下げるのではなく、「現状よりも体温が高くならないように搬送してください」と お願いしています。例えば、救急車のなかであれば、保育器のヒーターを切ってもらうなどです。このように、できる限り保育器のなかの温度を高くしないといった温度管理を行ってもらっています。
総合病院など新生児科が院内にある場合は、産科と新生児科との連携が取りやすいのですが、クリニックや産院など、横の繋がりがない場合は産科の先生方が迷う場面も多々あるでしょう。低体温療法を行うにあたってはNICUのみならず、地域の産科の先生たちとの連携がとても重要になります。
私は2015年4月に飯塚病院に着任したばかりなのですが、6月に開かれた地域の周産期研究会で、新生児の低体温療法に関するお話をさせて頂きました。前述のとおり、低体温療法には6時間以内というゴールデンタイムがありますので、「疑わしいときには早めに設備が整った施設へ送ってください」と産科の先生方にはお伝えています。今後も啓発を行っていかなければと考えています。
低体温療法は、まだ新しい治療法です。日本においては「黎明期」といっても過言ではないでしょう。一時期、低体温療法を行えば、どのような状況でも治るといったような風潮がありました。しかし、決して万能な治療法ではないことを認識しておく必要があります。
確かに、10年前・20年前に同じようなストレスを受けた場合、重度な精神運動発達遅延を起こしていたであろう赤ちゃんが、低体温療法を行うことで回避できるようになったという手応えは個人的には感じています。
とはいっても、治療のあと1年後、3年後、5年後に本当に問題はないのかということは、長期的に診ていく必要があります。また、退院後の適切なフォローアップ体制の構築も大切です。
また、どんな治療にもメリットとデメリットがあります。たとえば低体温療法の合併症としては、体温を下げることによって免疫機能が低下するといわれています。そのため、頻度は多いわけではありませんが感染のリスクがありますので、これに注意する必要があります。