インタビュー

性分化疾患(DSD)と性自認の関係

性分化疾患(DSD)と性自認の関係
鹿島田 健一 先生

国立成育医療研究センター 内分泌・代謝科 診療部長

鹿島田 健一 先生

目次
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自分がどちらの性に属しているかという認識を性自認といいます。自分が「男性である」「女性である」という性自認は人としてのあり方に大きく影響し、「自分が何者であるか」というアイデンティティに深く関わっています。DSDにおいて性自認の問題は大変重要です。国立成育医療研究センター 内分泌・代謝科の鹿島田健一(かしまだ けんいち)先生にお話を伺います。

まず大切なことは、性の概念には身体的な性(Sex)のほかに、社会的な性あるいは個人の内在的な性(Gender)があることです。DSDの診療を行ううえで、この2つの言葉の違いは明確に意識する必要があります。Sexは生物学的に生殖を目的とした機能や臓器に関するものを指します。人間以外のあらゆる有性生殖をする動物や植物にも認められる概念であり、機能です。

一方Genderは、ヒトにのみ存在する概念であり、その責任臓器は脳です。ヒトの身体には生殖器や性腺だけでなく、脳においても性差があるということです。

DSDはSexに関する非典型的な状態の総称ですが、臨床を考えるうえではGenderに関する理解が必要です。次に述べる性別違和もGenderに関する状態を指します。

選択された性別と本人が感じる性別が違う状態を「性別違和」といいます。以前はこうした状態を「性同一性障害」ともいいましたが、これは定義に反対の性別への帰属感を含むため、現在では障害という言葉を含まずより広い内容を意味する「性別違和」という言葉が用いられます。性別違和は、DSDであるかどうかにかかわらず生じることがあります。一般的にご本人は心理的につらい状態であることが多いため、DSDを診療する専門家としてできる限り性別違和は生じないように社会的性を選択していきます。

ヒトの身体には生殖器や性腺だけでなく、脳においても性差があります。しかし、脳の性差を考えることは大変難しい問題です。脳の性差が生じる仕組みや機構が、科学的にもほとんど分かっていないからです。また、そのような性差を知るための指標(目安)として何が適切かという点もさまざまな議論があります。

一般的に、脳の性差は以下3つの構成要素に分類して考えることが多いです。

  1. 社会的性役割、らしさの認識 → 性役割 (gender role)
  2. 恋愛や性愛の対象となる性別の認識 → 性指向 (sexual orientation)
  3. 自身がどちらの性別に属するかの認識 → 性自認 (gender identity)

性役割は、「らしさ」として表現されるものです。服装や言葉遣い、振る舞いなどがどちらの性に近いかを意味します。性指向は、性愛の対象をどちらの性に求めるかです。性自認は、「自分がどちらの性に属しているか」という感覚です。これら3つの要素はある一定の相関があるとされるものの、それぞれ別々に切り離して考えます。1、2を理由として医療機関を受診することはありません。ここで最も重視するのは、性自認です。性自認は「自分が何者であるか」というアイデンティティを築くうえで最も基本的な部分を構成するため、もしその性自認と養育された性が不一致であった場合に本人が大変つらい状態になるからです。

ここで確認したいことは、いわゆる性的少数者(LGBTQs)とされる方々とDSDとは、概念が異なるということです。性的少数者の多くは、Genderに関して少数者という意味であり、身体的な性、すなわち性腺や生殖器などは典型的な形状や機能を持ち、主には上記の2、3が少数(マイノリティ)に該当する方たちを指します。無論、DSDの方たちの中にも、Genderに対してさまざまな葛藤を抱える方々がいることは事実であり、そうした面に我々医療者を初めとして、関わる方々が最大限の注意を払う必要はあります。ただし、根ざすところが異なることは理解しておいてよいと思います。

従来、DSDにおける社会的性の決定で最も重視されたのは「外性器の手術をするにあたりどちらのほうが向いているか」という基準でした。将来的な性生活や社会的生活などを考慮したときに外性器の形成度が生活水準に大きく関わるだろうと考えられていたからです。また、性自認は社会的性に強く依存するとも考えられていました。しかし、近年では、DSDにおける性自認は必ずしも社会的性と一致しないこと、そしてその多くは胎生期によって決まることが明らかになってきました。それに伴い、社会的性の決定では「将来的に性自認がどちらになる可能性が高いか」という点を最も重視するようになっています。外性器の形成外科手術の技術が格段に向上したことも加わり、脳がどちらの性別を自認するか明らかになっている特定の疾患においては、その性自認に体の状態を合わせていこうとするのが現在の一般的な社会的性決定の流れです。

性自認は、脳の性差によって生じると考えられています。その意味で脳も性分化を起こす臓器です。とはいえ、生殖器に比べ、脳にどのように性差が生じるか、また脳の性差をどのように客観的に評価するかという点は明確でない部分が多く、予測することも大変難しい問題です。さらに、性自認は主観的で、血液検査のようにある特定のものを定量することで評価できるものではありません。そのため、大規模な疫学的研究などによる予後(予想される医学的な見通し)の検討などが行われにくく、このような情報が必ずしも十分ではないことはDSDの診療を難しくしている要因のひとつといえます。

しかし一部の病態に伴うDSDでは、推奨される社会的性が存在するものもあります。つまり、「将来的な性自認がどちらになる可能性が高いか明らかになっているDSDがある」ということです。これは、記事4:性分化疾患(DSD)の診断の進め方で述べた「社会的性は症例ごとに検討して決める」という方針と矛盾するように見えますが、病態を知ることでDSDと脳の性差の関係が少しでも理解していただけるかもしれません。DSDのうちの一部ではあるものの、下記の4つのDSDを比較しながらご説明したいと思います。

DSDごとの性自認の傾向(表:鹿島田先生提供)

21-水酸化酵素欠損症は副腎でグルココルチコイドという生命を維持するうえで必須なホルモンを産生する酵素が欠損して生じる疾患です。この疾患のある方では、グルココルチコイドの産生が障害されるほかに、副腎から男性ホルモンが過剰分泌されます。したがって46,XXの核型を持つ場合、性腺は卵巣なのですが、副腎から分泌される過剰な男性ホルモンにより、外性器が男性化をおこし、生まれたときの性別がわかりにくくなります。

完全型アンドロゲン受容体不応症は、46,XYの核型を持つにもかかわらず生まれつき男性ホルモンの作用が伝わらないため、外性器の男性化が障害されます。性腺は精巣になりますが、男性ホルモンの作用が障害されることで外性器が完全に女性型になります。なお内性器(子宮)は、精巣から産生される抗ミュラー管ホルモンという別のホルモンによって退縮するため、外性器は女性型ですが、子宮はありません。

上記2つのDSDは、ほとんどが成人期以降も性自認が女性になることがわかっており、原則女性を社会的性として選択します。

総排泄腔外反症は胎生期の発生学的な問題により本来身体の内部に閉ざされた形で存在する腸や膀胱が外側反転し露出した形で生まれてくる状態です。外性器も低形成となり二分しています。この場合、46,XYの核型を持っていても陰茎がほとんど形成されていないことが多いのですが、精巣は正常に機能しているため男性ホルモン分泌能を有し、その作用も保たれています。この疾患では、成人期に性自認が男性になるケースが多いといわれています。そのため、外性器の形にかかわらず、現在では46,XYの核型を持つ場合は男性を社会的性に選択するようになっています。

5αレダクターゼは外性器に存在し、男性ホルモンの作用を増強する酵素で、胎生期に男性ホルモンによって外性器が男性化する際に必要となるものです。逆に言えば、男性ホルモンはこの酵素の助けがあって初めて外性器を男性化させる(陰茎や陰嚢を形成する)ことができるのです。これが先天的に欠損していると、46,XY核型を持ち精巣が十分に機能しても、外性器の男性化が不十分となり非典型的になります。一部の方は、まったく陰茎がなく完全女性型の状態になることもあります。このようなケースでは、従来では女性として養育していました。しかし、性自認が高率に男性になることがわかってきたため、現在では外性器の状態にかかわらず46,XYの核型を持つ場合、男性として養育することが推奨されています。

以上を踏まえ、現在では脳の性分化は生物学的に以下のように理解されています。1つ目は脳の男性化は染色体の核型や性腺の種類によらず、精巣から分泌されるアンドロゲン(男性ホルモン)の作用によって行われること、そして2つ目は、その時期は出生後ではなく胎生期であること、です。これで全ての脳の性分化が説明できるわけではないことは言うまでもありませんが、上記を前提としたうえで、DSDの診療が行われていることは理解していただいてよいと思います。

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  • 国立成育医療研究センター 内分泌・代謝科 診療部長

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