急性呼吸促迫症候群(きゅうせいこきゅうそくはくしょうこうぐん)は、acute respiratory distress syndromeの略でARDSと呼ばれます。肺炎や敗血症など先行する基礎疾患の上に発症し急性呼吸不全を起こすARDSは診断が難しく、他の疾患と見分けることも容易ではありません。最新の調査によればICU(集中治療室)に入る方の1割以上にARDSが発症し、4割の方が亡くなっているともいわれています。「ARDS診療ガイドライン2016」の作成にもかかわっておられる千葉大学医学部附属病院呼吸器内科講師・病棟医長の津島健司先生に、急性呼吸促迫症候群(ARDS)についてお話をうかがいました。
急性呼吸促迫症候群(ARDS)でもっとも重要なことは、何らかの先行する疾患があるということです。最初に肺炎や敗血症などの病気があり、その病気の一部症として肺での炎症が生じ、急速に呼吸状態が悪くなっていわゆる低酸素状態に陥り、胸部X線で両側に浸潤影(しんじゅんえい・肺胞内に細胞成分や液体成分が入り込んだことによる境界のはっきりしない陰影)が出ているという状況があったとき、その原因として心不全や腎障害などを否定できるということになると急性呼吸促迫症候群(ARDS)と診断されます。
したがって、我々はまずその原因となっているところを治療しなければなりません。このことが非常に重要です。何が原因かはわからないけれども、とにかく肺が真っ白に写っていて呼吸状態が悪いというだけではARDSとはいえません。病態は同じであっても、急性間質性肺炎など別の病名としてとらえられることになる可能性がありますが、その鑑別を初めての診察で判断することは容易ではありません。
ARDS は急速に呼吸状態が悪くなるので、画像上で疾患が見られるようになってからでは救命が間に合わないこともありえます。したがって我々としてはまずARDSに進展しうる可能性があるかどうかを早めに見極めなくてはならないと思います。疾患の定義としてはX線画像での所見について示されていますが、さらに、CT(Computed Tomography:コンピューター断層撮影)を撮ることをすすめます。先にHRCT(high-resolution CT:高分解能CT)を撮影し、X線では見えないような薄い影まで拾い上げて、ARDSの可能性があれば早急に呼吸管理を含めた原疾患の治療に入るようにしています。
繰り返しますが、ARDSは診断が非常に難しい疾患です。本当にその背景に心不全はないのか、あるいは肺梗塞(はいこうそく)はないのか、単なる肺炎ではないのかといったことを否定できるかどうかが特に難しいところです。複数の要因が重なり合い、オーバーラップするような疾患であるため、治療もより複雑で難しくなります。
同じような病態であっても、敗血症による間接的要因なのか、肺炎から進展している直接的な要因なのか、原疾患の治療は十分できているのかなどの判断を行い、もしも心不全を併発しているようであれば心不全の治療をしなければなりませんし、肺梗塞が原因であれば肺塞栓の治療が必要であるなど、それぞれに違ってきます。
しかし、ARDSであれば、基本的には原因が肺炎であろうが敗血症であろうが、その本態は透過性亢進型肺水腫(とうかせいこうしんがたはいすいしゅ)です。肺は「血液のプール」とたとえられますが、毛細血管の内皮が炎症によって破壊されると、血管と血管のつなぎ目が開いていくため、そこから血管内水分が漏れて炎症の主体となる好中球が一気に浸潤(しんじゅん)してきます。
したがって、治療の目的はそのようにして起こる透過性亢進型肺水腫を抑えるということが重要になります。しかしそれを抑えるためには、たとえば原因が肺炎であるならば肺炎の治療をしなければなりませんし、敗血症であれば少量のステロイドを使いながら抗菌薬を併用するなどの治療が必要になります。また、消化管穿孔である場合は、外科的な治療が必要になります。これらの治療が難渋しているためARDSへと病態は進展しているので、この後の治療の追加などの選択は、病態をいい方向へ変えるため必要であると思います。
その他では、腹腔内の穿孔(せんこう・穴が空くこと)などがあるとサイトカインという物質が血流に乗って一気に押し寄せ、血流の多い肺の中で血管内皮を破壊します。そのような高サイトカイン血症となっている原因そのもの、たとえばそれが腸管の穿孔であれば、外科手術によって治すなどの根本治療をしなければARDSはよくなりません。
ですから、ARDSという疾患においては、「何が原因か」ということを突き詰めていき、そこを治療できるかということがすべてであるといえます。特殊な治療としてエンドトキシン吸着という血液浄化療法なども行う施設があります。
ARDSの原因となる疾患は直接損傷と間接損傷の2つに大きく分けることができます。直接損傷でもっとも多くみられるのは肺炎であり、間接損傷で多くみられるのは敗血症です。敗血症(sepsis)とは、感染症に対してコントロールできない激しい生体反応が起こり、それによって生命に関わる重い臓器障害をもたらすことをいいます。
ARDSの炎症病態を支配しているのは好中球です。記事1「間質性肺炎とは-間質性肺炎の治療戦略は分類や重症度で異なる」でもご説明した気管支肺胞洗浄を行うと、回収した液には血液が多く混じっており、好中球が多数存在することがわかります。
また、ARDSの診断はすでに述べたように胸部X線およびCT(HRCT)の画像検査によって行います。
重症度の判定の際、PEEP(positive end expiratory pressure:呼気終末陽圧)といって、人工呼吸器をつけて圧をかけた状態で確認をします。肺胞を開いた状態で、それでも酸素化が維持できないのかどうかということをみることが重要です。これは2012年の通称「Berlin定義」で新たに定められた部分であり、古い定義にはなかったものです。その結果に基づいて重症度を軽症・中等症・重症に分類します。
ARDSの症状は多岐にわたるため、「こういう症状があればイコールこの病気」というように、症状と関連させて物事を考えることはしないほうがよいでしょう。患者さんにこの症状が出ればARDSだというようなことはいえませんし、たまたまその所見があるだけと考えた方がいいでしょう。また、呼吸不全が急速に生じていることから医師はそれを早急に判断し、適切な対応ができる施設への紹介をしていくことが肝要です。
その中において、肺に水疱音という、ら音と呼ばれるような複雑音が混じり、呼吸音が悪いということはひとつの特徴といえるでしょう。また、ARDSの経過として、原因となる外傷や病気が発生してから非常に早いうちに発症するということは注意すべき点です。
我々はHRCTの画像からその患者さんの病期、すなわち疾患の進行過程のどの段階に存在しているのかということが判断できます。ARDSの病期は初期(early phase)と後期(late phase)に大きく分けることができます。
たとえば初期では、滲出期といって肺の中が水浸しになってむくんでいきます。つまり水が漏れて好中球が入り込んでくるという状態です。その後、細胞自身が修復しようとする増殖期という段階があり、また線維化期といって間質性肺炎同様の病態である線維化のために硬くなっている時期もあります。
これらのどの時期にあるのかということを鑑別していくことが重要であり、その時期によってはステロイドを使用することで予後を悪化させる場合があるといわれているので、病期をしっかりと選んで治療していく必要があります。
ARDSの治療においては、これまでにも述べたように症状ではなく画像所見で患者さんの病期を見極めて治療を選択すべきです。また、軽症なのか中等症なのか、それとも重症なのかによっても予後が大きく変わりますので、この2点をしっかりと鑑別し、よく考えて治療を選択していくことが大切です。重症度により、選択する治療法が今後の臨床研究の積み重ねにより変わってくる可能性もあると思います。
ARDSは重症疾患であるため、実は呼吸器科医の中でもARDSを診る医師は少なく、救急部で診ることが多くなっています。施設によっては呼吸器内科医が関与せずに、救急部で最後まで受け持つこともあります。そのような集学的治療を行っても救えない可能性がある疾患です。しかし、それでも昔に比べれば現在は予後がよくなっています。
ARDSの治療においては、世界的に推奨されている薬物治療はありません。日本においてはシベレスタットナトリウム水和物という好中球エラスターゼ阻害薬を使うことができます。シベレスタットナトリウム水和物は好中球から出て血管内皮を壊すエラスターゼを阻害することで炎症を抑制する働きをします。しかし、国際的には効果が認められておらず、現在のところ日本でしか使うことができません。
それ以外で推奨されている治療法は人工呼吸器管理です。この管理の仕方も、肺に大きくストレッチをかけるのではなく、低容量の換気にとどめることが求められます。体重あたり6mlという少ない1回換気量で患者さんをフォローすることが推奨されています。もし高容量の換気で行った場合、肺のストレッチが原因になってまた炎症を起こしますし、気道などの裂傷の原因にもなるためです。ある程度の高炭酸血症は容認して管理します。
日本においては、コミュニケーションが困難になる、治療が長期になれば気管切開を施行していかねばならない、気管切開患者さんをどこでフォローするか、などの背景があるため、気管内挿管をして患者さんに人工呼吸器をつけるかどうかという判断もけっして簡単ではありません。救急で患者さんが運ばれてきた場合、救急医は救命のためにできるだけ手を尽くそうとして気管内挿管を行うことがありますが、呼吸器科医からみれば、そこまではしないで最高の治療を施そうという判断をする場合もあります。
たとえば非侵襲的な人工呼吸器管理として、マスク型のアダプターを使用し、患者さんが覚醒したままでPEEPをかけて高濃度酸素投与を行うことができますし、実際に我々はそういった治療を行う場合もあります。ただしこの方法は推奨されてはいません。
推奨される治療としては気管内挿管による人工呼吸器管理を行うべきなのですが、予後やその後の管理を考えると人工呼吸器管理から離脱できるのか、抜管(ばっかん)できるのかという判断を、気管内挿管をする前にするのは難しいところです。
ARDSの診療にあたる医療従事者は、各々が早く判断をすることが求められます。短期間で進行してしまうため、重症群に入ってしまった場合には治療をしても救えない場合がありますが、逆に軽症群であれば助かる可能性が高まります。したがって、軽症から中等症のところにある段階でなんとか発見しなければなりません。
そのためには基礎疾患として肺炎や敗血症、外傷などがある場合には、対応可能な施設に早めに患者さんを送るということが重要です。
しかし、高齢化にともない誤嚥性肺炎などを背景としてARDSを発症した方に対して、どこまで集学的治療を行っていくのかという問題もあります。そこで大事なのはご家族がどう考えるかということです。挿管管理やICU管理を望まない方たちも少なからずいらっしゃいますので、すべての方に同じような対応をするのではなく、その点は開業医や一般病院の医師がしっかり判断した上で、高次機能病院へ紹介することが必要であろうと考えます。
高齢者の誤嚥性肺炎の背景には、物を飲み込む嚥下(えんげ)の力が落ちていることがあります。嚥下が悪ければ発語や認知機能が落ちているなど、患者さん自身のQOL(生活の質)がすでにかなり悪くなっている場合がありますので、人工呼吸器をつないでしまえば、その方たちすべてが気管内挿管チューブを外して元気に帰れるというわけではありません。最終的には気管切開をして人工呼吸器を外すことができなくなることもあります。
患者さんやご家族の方も、もしそうなったら自分はどうするか、その治療を希望するのかということを考えておくことは大切です。先に述べたように日本では非侵襲的なマスク型の人工呼吸管理も可能です。治療はそこまでにとどめておくというのもひとつの選択ですし、軽症群の方であればそれだけでもよくなると私は考えています。
私自身は軽症に近い中等症の患者さんまではこの呼吸管理法で救えるのではないかと考えていますが、実際にどの群の方に対してどのような治療を推奨するかという根拠は示されていません。今後はそういったスタディ(研究結果)が出てくることもあるのではないかと期待しています。
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