インタビュー

腰痛の2大要因「ぎっくり腰」と「椎間板ヘルニア」:予防と体操のすすめ

腰痛の2大要因「ぎっくり腰」と「椎間板ヘルニア」:予防と体操のすすめ
松平 浩 先生

東京大学医学部附属病院 22 世紀医療センター運動器疼痛メディカルリサーチ&マネ ジメント講...

松平 浩 先生

この記事の最終更新は2016年09月01日です。

日本人の8割以上が一生に一度は経験するといわれている「腰痛」。その背景には、労働環境が変化し、デスクワークなど長時間同じ姿勢をとり続けながら仕事をする人や、介護に従事する方が増加したことなどが挙げられます。今回は、ご自宅や職場でもできる腰痛予防体操と、椎間板ヘルニアやぎっくり腰のリスクを高めてしまう危険な動作について、東京大学医学部附属病院22世紀医療センター運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座特任教授の松平浩先生にお話しいただきました。

腰の骨(椎体)と骨の間には、クッションの役割を担う椎間板があります。この椎間板の中には、水分に富んだゼリー状の「髄核(ずいかく)」という物質があり、髄核は「線維輪(せんいりん)」という硬い組織に囲まれています。通常、髄核は椎間板の中央に位置しており、私はこの状態を“「腰痛借金」のない状態”と呼んでいます。

しかしながら、髄核には移動してしまいやすいという特徴があります。たとえば、前かがみの姿勢で長時間仕事を続けていると、髄核は椎間板の中央から背中側へとずれてしまうことがあります。これが“「腰痛借金」のある状態”です。

長時間のパソコン作業やスマートフォンの使用により腰痛借金が積み重なると、髄核が後方へとずれた状態は治らなくなり、(1)ぎっくり腰や(2)椎間板ヘルニアといった「腰での2大事故」が起こるリスクは上昇してしまいます。

髄核がずれ、囲んでいる線維輪が傷ついた状態:「ぎっくり腰」

※正式名称は「急性腰痛症

線維輪に亀裂ができて髄核が外に飛び出した状態:「椎間板ヘルニア」

長期間にわたり腰痛借金が積み重なるだけでなく、前かがみ方向の急で大きな負荷がかかることで、突然これらの腰の事故が起こることもあります。

最も代表的な腰痛の原因疾患である椎間板ヘルニアは、腰椎部に過度な力が加わることで椎間板が圧縮され、神経を圧迫することで起こるといわれています。

このときにかかる力を「椎間板圧縮力」(単位はkg重)と呼び、大きければ大きいほど前述した「腰での2大事故」が起こるリスクも上昇します。まずは様々な動作によって生じる椎間板圧縮力を比較しながら、危険な動作と痛みを軽減する姿勢についてご紹介します。

【危険水域以下の安全な姿勢と椎間板圧縮力】

●リラックスして立つ=90kg重

●無防備に前へ少しかがむ=200kg重

このほか、「くしゃみ」や「咳」も、瞬間的に椎間板に負担がかかり、ぎっくり腰や椎間板ヘルニアを誘発することがあります。くしゃみによる椎間板圧縮力は、なんと最大237kg重にも達します。

衝撃を和らげるために、くしゃみをするときは上体をやや後ろに反らせて直立性を維持するか、机や太ももに片手をついてくしゃみによる腰への負担を軽減しましょう。

椎間板ヘルニアによる腰痛のリスクが高まる「危険水域」の椎間圧縮力は、340kg重以上です。

ところが、腰をかがめるようにして20kgの荷物を持つと、椎間圧縮力は最大で420kg重にまで上昇し、危険水域を大きく上回ってしまいます。

しかしながら、運搬作業を頻繁に行う仕事に従事されている方や介護職員の方など、20kgのものや人を持ち上げる動作を業務上避けられない方も多々おられます。そこで私がおすすめしているのは、「ハリ胸&プリけつ」姿勢で持ち上げ動作を行うことです。

「ハリ胸&プリけつ」の姿勢で20kgの荷物を持ち上げると、420kg重であった椎間板圧縮力は310kg重にまで削減でき、危険水域から逃れることができます。

読んで字のごとく「胸を張り」、「お尻を突き出す」ような姿勢です。

胸を張ったまま骨盤を前傾させるように上体を前へ倒すことで、物を持ち上げるときの腰の負担を減らすことができます。重量挙げの選手が重いバーベルを持ち上げる際の姿勢をイメージしながら実践してみましょう。

【ハリ胸&プリけつポーズを練習してみましょう。】

  1. 足を腰幅に開いて立ちましょう。脇を開き、中指を肩峰(肩の骨、出っ張っている部分)に軽くのせ、胸をしっかり張りましょう。このとき、腰を反らせないように注意します。
  2. 1で作った上体を維持したまま、お尻を後方につき出すようなイメージで上半身を前傾させます。背中や腰が丸まらないよう、骨盤ごと前傾させるよう意識しましょう。
  3. 2の姿勢を維持したまま、腕を下方へ下げ、膝を曲げて物を持ち上げます。

続いて、長時間のデスクワークなどで溜めてしまった腰痛借金の返済方法をお教えします。

「腰痛借金を返済する」とは、後ろにずれた髄核を正しい位置(椎間板の中央)に戻すというイメージでリセットすることです。

髄核を正位置に戻すために必要な動きとは、正しく「腰を反らせる」ことです。

“これだけで悩んでいた腰痛を解消できるの?”と思ってしまうほど簡単な「これだけ体操®」のやり方を以下に記します。緊張して凝り固まっていた背中の筋肉の血流も改善できますので、腰痛予防のみならず慢性腰痛の治療にも役立ちますよ。

  1. 足を肩幅より少し広めに平行に開いて立ち、手のひらをお尻にあてましょう。このとき、両手はなるべく揃えて指先が床方向を向くように。
  2. 息を吐きながら、手で骨盤を前へと押し出すように腰を反らせていきましょう。「痛気持ちいい」と感じるところまでしっかり押し込み、3秒間維持します。
  3. このとき、骨盤のすぐ上と太ももの付け根(そけい部)が同時にストレッチされていると感じられれば、正しく行えています。

腰痛予防目的で行う場合は、この動作を1~2回繰り返しましょう。慢性腰痛の治療を目的とする場合は、少しずつ手で骨盤を前へと押す力を強めながら10回繰り返します。

【これだけ体操®の注意点】

●親指を腰にかけて、腰のみを反らせることは禁物です。特に反り腰の方は、腰痛を悪化させてしまうリスクもあるので気をつけましょう。これは女性の方に多くみられるNGフォームです。

●あごは軽く引いた状態を維持しましょう。あごを上げると首が反ってしまうため、首の負担となってしまします。男女共通してみられるNGフォームです。

●膝は可能な限り伸ばしましょう。膝が曲がった状態では、腰部をうまく反らせることができません。こちらは中高年男性に多いNGフォームです。

右のURLから、「これだけ体操®」のやり方動画を閲覧することができます。

 

【これだけ体操®をしてはいけないとき】

腰を反らせようとすると、お尻から太ももより下の部位に痛みが響くという場合は、体操を中止しましょう。響くような痛みは神経が刺激されているサインであり、重要な神経が通っている脊柱管の狭窄(狭くなること)が悪化してしまう危険があります。脊柱管狭窄症は70代の10人に1人が持っているともいわれていますので、特に高齢者の方は注意が必要です。

「これだけ体操®」を実践し続けた介護施設では、実施しなかった施設に比べて明らかに腰痛持ちが減少したという結果が、鳥取県の社会福祉法人こうほうえんで実施された「こうほうえんプロジェクト」と、長野県の3つの社会福祉法人で実施した「信濃上小プロジェクト」の二つの研究により得られています。

職場におけるぎっくり腰には、発生しやすい時間帯があることがわかっています。

ひとつは身体反応が低下している午前中、もうひとつは昼休憩の後である14~15時です。職場での腰の事故を防ぐために、「これだけ体操®」を以下のタイミングで行うことをおすすめします。その都度、1回だけ正しいフォームで行えばOKです。

  • 朝の始業時に毎日スタッフ全員で実施(朝の貯金)
  • スタッフ各自、昼休憩の時に実施(昼の貯金)
  • 腰に負荷がかかる作業後やデスクワークを続けた後など、腰痛借金を作ってしまう作業を行ったときは、その都度実施して腰痛借金をすぐに返済する。

海外の論文(Steffens D, et al.: Prevention of Low Back Pain)では、エクササイズを単独で行うことも腰痛予防に役立つものの、「エクササイズと教育の組み合わせ」が最も腰痛発症リスクの減少に有益である可能性が高い、と示されています。一方、教育だけを行うことや、腰ベルトを使用することの効果は乏しいとも述べられています。

たとえばこれだけ体操®を例に出してご説明すると、単に実践していただくよりも、「教育」によって体操の意義を理論的に理解していただいた上で実施したほうが、その効果は高まるというわけです。

私はこの教育を非常に重要視しており、「いかにわかりやすく伝えるか」、「どのような言葉を使えば一般の方はより受け入れやすいか」ということを常に探っています。本記事でご紹介した「腰痛借金」や「ハリ胸&プリけつ」といったキャッチーな言葉を作った理由もここにあります。

また、おじぎをする動作による椎間板圧縮力の大きさを解説する際には、単に200kg重と数値を述べるだけでなく、「お相撲さん一人分」とイメージしやすくなるような言葉を添えています。よい姿勢や体操の「意義」を理解していただくために創意工夫を凝らすことも、自身の大切な仕事のひとつであると考えています。

 

  • 東京大学医学部附属病院 22 世紀医療センター運動器疼痛メディカルリサーチ&マネ ジメント講座特任教授

    日本整形外科学会 会員

    松平 浩 先生

    日本においても世界的にみても有訴率が高い腰痛の研究と診療に注力し、近年明らかになったステレオタイプの考えとは異なる事実、「心理社会的ストレスが強く影響する」「安静よりも運動が有益」といった情報を、一般生活者にわかりやすく伝える創意工夫を行っている。メディアでの情報発信にも尽力しており、NHK スペシャル『腰痛・治療革命』をはじめ数多くのNHK番組に出演、近著には、『3秒これだけ体操』(世界文化社)、『腰痛は「動かして」治しなさい』(講談社+α新書)、『腰痛は脳で治す!』(宝島社)があり、腰痛の正しい知識や対策に関する啓蒙啓発活動を精力的に行っている。

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