インタビュー

ストレスとぎっくり腰の関係:セルフマネジメントの重要性

ストレスとぎっくり腰の関係:セルフマネジメントの重要性
松平 浩 先生

東京大学医学部附属病院 22 世紀医療センター運動器疼痛メディカルリサーチ&マネ ジメント講...

松平 浩 先生

この記事の最終更新は2016年09月02日です。

「腰痛の原因」と聞くと、日ごろの姿勢や無理な動作など、物理的な腰へのストレスを思い浮かべる方も多いでしょう。しかし近年の研究により、職場・家庭の問題などの心理的ストレスや痛みへの過度な恐れ・不安が、脳を悲観的な状態へと変え、慢性腰痛の引き金となることがわかってきています。一方、東京大学医学部附属病院22世紀医療センター運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座特任教授の松平浩先生のチームは、被験者にストレスを感じるような課題を与え、動作時の腰への負担の増減を計測する実験を実施されています。本記事では様々な研究・実験により得られた科学的根拠を示しながら、ストレスと腰痛の関係と、腰痛によるパフォーマンスの低下などの労働損失についてお話しいただきました。

一生のうちに腰痛を1回以上発症する日本人の割合を示す「生涯有病率」は、私が主導した大規模研究により、欧米と同様80%以上にものぼることがわかりました。また、厚生労働省が実施している国民生活基礎調査によると、日本の外来通院理由のうち腰痛は女性では第2位、男性では第4位となっています。これらのデータから、日本において腰痛は「国民の問題」といっても過言ではない疾病と捉えることができます。

※「腰痛」とは、正しくは疾患名ではなく症状の総称です。

「腰の痛みにより仕事のパフォーマンスが落ちた」という経験をお持ちの方も少なくはないでしょう。

大和総研・宮内久美氏のレポート(2015年6月8日)によると、「腰痛・首の痛み」は「最も就労に影響している症状」として、世代を問わず1位~2位という高い順位を占めています。また、腰痛による1人あたりの1か月の労働損失に目を向けると、「プレゼンティーズム」(出社しているが、何らかの不調があり業務効率が落ちている状況)による損失が、病欠を示す「アブセンティーズム」による損失と比べて大きいことがわかっています。

この「プレゼンティーズム」という概念は、最近になり大企業の人事を担う方などの間では重視されるようになり始めましたが、職場のメンタルヘルスが増加している今、益々注視されていくべきものであると考えます。

腰痛は、生活に支障をきたす年数(Years lived with disability:YLDs)という指標が、今も昔もトップを占めています。

※2位はうつ病、3位が鉄欠乏性貧血、4位が首の痛みとなっています。

このランキングは数年間変わっていないため、腰痛の対策はうまくいっていないと捉えることができます。また、私も最近では企業の方や保健師の方とお話する機会が増えましたが、想像以上に勤労者にも腰痛持ちの方が多く、「だましだまし」仕事を続けているという声をよく耳にします。

専門家から具体的な解決策を提示されず、対症療法としてコルセットなどの装具療法を処方され、世界的に仕事のパフォーマンスが落ちている現状は危惧すべきものであると考えます。このような状況を受け、私たちの急務は、腰痛に対する具体的なソリューションを提案することであると考えています。

脳の「側坐核(そくざかく)」が良好に働いている状態をSunny Brain(楽観脳)、扁桃体が必要以上に興奮している状態をRainy Brain(悲観脳)と呼びます。これは、オックスフォード大学の心理学者であるエレーヌ フォックス教授が名付けたものです。楽観脳がうまく働いている「楽観脳」の状態とは、その名の通り困難な状況も前向きに捉えられる状態のことを指します。

健康で問題ごとなどを抱えていないときは、脳において「側坐核」へと正常なドパミンとオピオイド分泌が起こり、楽観脳の状態が維持されます。しかし、痛みやストレスを受けるとドパミンおよびオピオイドの分泌に不具合が生じ、物事をネガティブに捉える悲観脳となってしまいます。

すると、私たちの体は痛みに対して過敏になり、結果として慢性腰背部痛などの痛みを覚えるようになるのです。

また、一般に「幸福ホルモン」と呼ばれるセロトニンの働きも低下してしまいます。

つまり、記事1で述べた持ち上げ前かがみの姿勢など「メカニカルな腰へのストレス」以外に、職場や家庭などにおける「心理的なストレス」も脳の機能の不具合を来し、間接的に慢性腰痛を引き起こすリスク因子となるのです。

どのような心理的ストレスが腰痛の誘因となるのか、よくみられるものを以下の表に記します。

 

腰痛の新規発生

慢性化

人間工学的要因(メカニカルな腰へのストレス)

 

●持ち上げ/前かがみ動作が頻繁

●25kg以上の持ち上げ動作

●20g以上の重量物取扱い

●介護作業に従事

(持ち上げ、前かがみ、ひねり動作が頻繁)

心理社会的要因(心理的なストレス)

●職場の人間関係のストレスが強い

●週労働時間が60時間以上

●仕事の満足度が低い

●働き甲斐が低い

●上司のサポート不足

●人間関係におけるストレスが強い

●家族が腰痛で支障を来した既往(病歴)がある

●不安や抑うつ、身体化(いわゆる自律神経失調症のような状態)

ストレスが腰痛のリスク因子となると聞き、驚きや懐疑の念を抱かれた方も多いでしょう。私がこのような研究を始めた理由も、なぜストレスなどの心理的要因がぎっくり腰の原因になるのかと疑問を感じ、そのメカニズムを解明したいと考えたからです。

そのため、「持ち上げ動作」の前に、あえて被験者がストレスを感じるような課題を与えて、腰部の椎間板圧縮力を比較する実験を行ったこともあります。実験を主導したのは、私の講座の研究員でもあり、新潟医療福祉大学の准教授である勝平純司氏です。

●対象者:健常な日本人男性13人

●方法:被験者に心理的ストレスのかかる課題を出し、それを解いてもらいつつ持ち上げ動作をしてもらう。

心理的ストレスのかかる課題とは、2桁の暗算を解いてもらい、回答が奇数のときだけスクワット法(股関節・膝関節を屈曲して行う持ち上げ動作)を行ってもらうというものである。

●結果:椎間板圧縮力は、単独でスクワットを実施した場合63N/kgであったが、ストレス課題後のスクワットはこれを有意に上回った。

このような結果が出た原因には、姿勢バランスの乱れがあると考察しています。

また、ストレス過多の状態では自律神経のうち交感神経が優位になるため、筋肉の緊張が高まり、腰への血流も悪化します。これもまた腰痛の原因となるといえます。

これらのことから、否定的な思考のくせを改めるなどストレスを溜めこまない対処法を知り、脳内のやる気物質であるドパミンと幸せホルモンのセロトニンを自ら抑えてしまわないよう心掛けることが、メンタルヘルス対策のみならず、腰痛や肩こりの予防に繋がると考えられます。

とりわけ介護作業や運搬作業を伴う仕事をされている方は、ストレスを抱えながら持ち上げ動作を行わないよう、そして日ごろからストレスを溜めこまないよう意識づけていくことが大切です。

近年の腰痛に関する研究では、安静にし過ぎるよりも、可能な限り日常生活動作を行うほうが予後はよいといわれています。また、欧米では痛みに対する「恐怖回避思考(行動)」が、腰痛のスムーズな回復や就労状況に悪影響を及ぼし、慢性化にも繋がりやすいと指摘されています。恐怖回避思考とは、ご自身の腰に対するネガティブなイメージや、痛みへの不安・恐怖のために、過剰に腰を守ろうとして日常生活に自ら過度の制限をかけてしまうことです。

具体的には、「私の腰痛は身体の動作が原因で生じた」、「身体の動作は私の腰の痛みを悪化させる」といった思考が強い場合、恐怖回避思考が強い傾向にあると判断します。

既に欧米では、腰痛の患者さんを把握する際に、質問票を用いてこれらの思考の有無を確認することが重要視されています。

恐怖心や行動制限、強すぎる警戒心は心理的なストレスにもなり、これが腰痛のリスク因子となるというわけです。

恐怖回避思考を生み出しているのは、患者さんやご家族だけでなく、医療者であることもあります。

医療者の不適切な説明、たとえば「骨がずれている」「あなたの椎間板は傷んですり減っている」といった言葉が患者さんの恐怖心を掻き立て、行動を制限してしまっていることも往々にしてあるのです。

スムーズな回復・軽快のためにも、医療者が適切な知識提供を行い、患者さんが不安や恐怖のない状態で楽観的に痛みと向き合える環境を整えるよう心掛けることが大切です。

患者さんには腰痛のセルフマネジメントのために、次の2点を意識的に実践することをおすすめします。

◆強化されてしまっている「疼痛行動」を弱化もしくは消去しましょう。

疼痛行動とは、痛みを周囲に知らせる行動を指します。具体的には、顔をしかめ足を引きずって歩くこと、薬を(人前で)飲むこと、過度にスポーツや作業を制限すること、必要以上のドクターショッピングなどが挙げられます。また、大きな疼痛行動としては、訴訟を起こすなども挙げられます。

◆弱くなっている(または消去されている)「健康行動」を強化しましょう。

健康行動とは、ウォーキングや運動をすること、休まず仕事へ行くこと、睡眠を十分にとることなどが挙げられます。

日本では昔から「寝る時間も惜しんで努力した」ことを美徳と捉える考え方もありますが、これは誤った認識です。睡眠不足や質の低下は免疫力の低下や成長ホルモン分泌の減少を引き起こし、更には痛みに過敏な状態を作り上げるなど、「百害あって一利なし」といえる行動です。今後は快眠指導などにも力を注いでいく必要があると感じています。

また、私が現在力を入れて推奨している健康行動に、「よい姿勢で早歩きすること」があります。これは腰痛の有無に関わらず、健康寿命を延ばすためにぜひ行っていただきたい健康行動です。

「早歩き」とは、時速5㎞/h程度、イメージとしては会話がぎりぎりできる速度でテンポよく歩くことをいい、65歳以上の方の長生きのために有益であるとする研究論文も出されています。また、「奇跡の研究」として知られる「中之条スタディ」(群馬県中之条町で行われた研究)では、“年間を通し1日平均8000歩、中強度の有酸素運動20分間”行うことが、成人におけるあらゆる病気の予防にとって重要であるとされています。

では、「よい姿勢」とはどのような姿勢を指すのでしょうか。私は、脊椎を含む運動器の異常や無駄な筋緊張を伴わない絶妙な姿勢を“美ポジ®(Beautiful Body Balance Position)”と呼んでいます。

●足の裏に体重を預けるようなイメージを持ちましょう。

●頭のてっぺんを天井から糸でつられているようなイメージで立ちましょう。

●腰を反りすぎず、丹田(へそから5cm下)を意識し、骨盤を軽く引き締めるような感覚で立ちましょう。 ※特にハイヒールを履いて立つ場合はこのポイントを強く意識しましょう。

●息を吐きつつ、肩の力を抜きます。このとき、肩を後方に引きすぎないことが大切です。

この「美ポジ®で早歩き」を、病気や腰痛の有無に関係なく高齢者層に行っていただけるようアプローチしていくことが、これからの私たちの課題です。多少腰部の痛みがあったとしても、治療を行うよりもまず行動すること、つまり美ポジで早歩きをしていただくことが先決と考えます。早歩きは、休まず20分間続けなければいけないというわけではありません。姿勢よく、一歩の歩幅を大きくすることを意識して歩くことができていれば、1日に5分間×4回と分割してもよいのです。

美ポジの習得は決して簡単ではありませんが、体で覚え習慣化することで心身にとって様々なメリットがありますので、本日から是非実践してみてください。

  • 東京大学医学部附属病院 22 世紀医療センター運動器疼痛メディカルリサーチ&マネ ジメント講座特任教授

    日本整形外科学会 会員

    松平 浩 先生

    日本においても世界的にみても有訴率が高い腰痛の研究と診療に注力し、近年明らかになったステレオタイプの考えとは異なる事実、「心理社会的ストレスが強く影響する」「安静よりも運動が有益」といった情報を、一般生活者にわかりやすく伝える創意工夫を行っている。メディアでの情報発信にも尽力しており、NHK スペシャル『腰痛・治療革命』をはじめ数多くのNHK番組に出演、近著には、『3秒これだけ体操』(世界文化社)、『腰痛は「動かして」治しなさい』(講談社+α新書)、『腰痛は脳で治す!』(宝島社)があり、腰痛の正しい知識や対策に関する啓蒙啓発活動を精力的に行っている。

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