皆さんは、お住まいの地域に信頼できる「かかりつけ医」を持っていますか?日本医師会の調査によると、かかりつけ医を持っている人は、そうでない人に比べ、受けた医療に対する満足度やがん検診受診率が高いとされています。日本医師会会長の横倉義武先生は、地域の医師と住民が繋がりを持つことが、健康な高齢社会を作ることができるとおっしゃいます。これからのかかりつけ医とはどのような役割を担う存在か、横倉先生にご解説いただきました。
現在、日本医師会では、国民の皆さんに「かかりつけ医」を持ってもらうための取り組みに力を入れています。ご存知の通り、日本では少子高齢化が急速に進んでおり、これに伴い医療分野における課題も増加しています。
たとえば、郊外に住んでいる方の場合、若いときには都心部に密集する急性期病院に車や電車などで通うことも可能でしょう。実際に、埼玉県や神奈川県、千葉県などから東京都心部の大病院へと通っている方は沢山いらっしゃいます。
しかし、高齢になり身体機能が低下していくと、自分が暮らしている地域から他地域へと通院することは容易ではなくなります。そのため、国民一人ひとりが、ご自身の暮らす地域で質の高い医療を受けられるよう、全国的な仕組みを作ることが急務となっているのです。
これからのかかりつけ医には、病気の治療を行うだけでなく、その地域住民の健康を維持していくという段階から、積極的に介入していく姿勢が求められます。少子高齢化社会においては、年齢だけに焦点を当てた「長生き」にとどまらず、「健康寿命」を可能な限り伸ばしていくことが肝要です。そのためには、高齢になる前の方に対して、生活習慣病を防ぐための生活指導を行うことや、運動機能の低下を抑えるための相談にのることが有用です。この役割を担うのが、地域のかかりつけ医であると考えます。
2013年、日本医師会は複数の病院団体とともに、「医療提供体制のあり方」を提言しました。そのなかで、私たちはかかりつけ医を以下のように定義しています。
【かかりつけ医の定義】
なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師。
このように、かかりつけ医に求められる能力は非常に高く、また、多岐にわたります。しかし、私たち医療者は、これを「理想」にとどめてしまうことなく、社会のニーズに応えられる姿に近づくため、努力していかねばならないと考えます。
第4回日本の医療に関する意識調査では、かかりつけ医の有無別に受けた医療への満足度とがん検診の受診率を割り出しました。
【受けた医療への満足度】
【がん検診の受診率】
(対象者=健康状態がよいと回答した50代、60代)
この結果からも、かかりつけ医をもつことが、国民の健康増進に役立つことがわかります。
上記のような理由から、私は日本医師会会長となって以来、かかりつけ医の必要性について提言し続けてきました。しかしながら、、特に初期の頃には「では、どこにそんなかかりつけ医がいるのか?」といった質問を受けることも多々ありました。
そこで日本医師会では、2016年4月から「日医かかりつけ医機能研修制度」を開始し、人材育成に注力しています。これは、各都道府県医師会が主体となり、その地域の特性に応じたかかりつけ医の能力向上のための研修を実施するというものです。
TV会議なども活用した2016年5月の応用研修会の受講者は、約6,000名にものぼりました。この研修会のプログラムには、生活習慣病やフレイル予防、症例検討等を組み込んでいます。
私たちが目指すかかりつけ医制度とは体系付けられたものであり、過去の日本の家庭医構想とは異なります。そのため、各地域の医師にも、かかりつけ医とはどのような存在かを理解していただき、各々の意識を高めていただく必要があります。
このような理由から、今後も各地域の医師会主導で同様の研修を継続して行っていきたいと考えています。
アメリカでは、病棟勤務医と家庭医(かかりつけ医)が、医師としてのスタートを切る段階から明確にわかれています。一方、日本のかかりつけ医は、大学病院等で研鑽を積んだのち、縁のあった地方に行き(戻り)開業したという方が多く、結果として非常に高い専門性を持つ医師が多くなっています。
たとえば、消化器外科を専門とする医師のクリニックでは、内視鏡検査を受けることもできるため、その地域の患者さんは急性期病院まで行く必要はありません。このように、ジェネラリストでありながらスペシャリストでもあるという、日本の開業医の特性を活かした制度を構築していきたいと考えています。
通院中の方の中には、かかりつけ医を通さず、はじめから大学病院等を受診したという方もいらっしゃいます。この原因のひとつに、患者さん側がどの医院やクリニックに行けばよいのかわからない(かかりつけ医がどこにいるのかわからない)という問題が挙げられます。
このような問題を解消するために、研修を受けた医師は、患者さんへの情報提供にも力を入れていかねばなりません。
また、現在各地域の医師会で「医療マップ」を制作していますが、このような取り組みを強化していくことも大切だと考えます。
また、一般の方が検診を受診した際などに、近隣の医師との繋がりを作ることも大切です。これは必ずしも「医師と患者としての繋がり」である必要はありません。何かあった時に相談できる友人や近隣住人としての関係を構築することもよいかと考えます。
なぜ日本医師会が、はじめから急性期病院を受診するのではなく、まずはかかりつけ医にかかってほしいと訴えるのか、ピンとこないという方もいらっしゃるかもしれません。
現在、大学病院のなかには、1日3000人や5000人といった外来受診者を抱える施設もあります。これにより、急性期病院は本来の役割である高度先進医療のほかに、外来診療にも多大な時間と人員を使わねばならず、若い病棟勤務医が疲弊してしまっているという問題が起きています。
とはいえ、病院収入の割合のうち大部分を外来収入が占めている急性期病院もあるため、単にかかりつけ医を増やすだけでなく、病院運営に支障がでないよう、病院収入の組み換えも考慮していかねばなりません。
冒頭で、かかりつけ医を増やす取り組みの目的は、国民の健康寿命を延ばすことであると述べました。豊かな年の重ね方をすることで、高齢になっても自立して社会活動をすることが可能になります。また、少子化が進むなか、長く社会貢献できる方が増えることは、若い世代の負担増を抑えることにも繋がります
ただし、これを「社会保障費の増加を抑制するために、高齢になっても働かねばならない」と捉えてしまうのは、勿体無いことであると考えます。
「高齢者の社会参画」は、捉え方次第で暗いものにも明るいものにもなります。しかし、現代の日本では、65歳や70歳を迎えて仕事をすることに対し、ネガティブな印象を持っている方のほうが多いように感じます。
そこで今、私たちは病気や障害がなく、高い身体・認知機能を維持して、人生の積極的関与を続けていくことの意義を、様々な場でお話しています。このような概念は「サクセスフル・エイジング」(よき老後)と呼ばれています。
社会で活動し続けることは、自己実現やコミュニティの拡大、こころの健康に繋がります。まずは一般の方々の意識をポジティブな方向へと変えていくことが、健康長寿社会の実現のために不可欠であると考えます。
高齢者の生きがいづくりを通じて、健康寿命を伸ばしていく取り組みが必要でしょう。
*日本医師会の取り組みについての詳細や最新情報は、日本医師会のニュースポータルサイト「日医on-line」からご覧いただくことができます。
https://www.med.or.jp/nichiionline/
本記事をお読みいただき、今後医師に求められるスキルは益々高いものになると感じられた医療者の方もいることでしょう。最後に激励の意も込めて、次世代の医療を担う医師の方々にメッセージを送りたいと思います。
まず、医師として仕事をする際には、「なぜ医師になったのか」、ご自身の原点を常に心に留め置いていただきたいとお伝えします。
医師の仕事とは、国民の生命と健康を守る非常に重要な仕事であり、ときにはある程度の自己犠牲が必要になることもあります。たとえば、患者さんの容態が急変したときには、2日、3日と眠れないこともあります。
しかし、「働かされている」という意識は、医師にとってふさわしいものではありません。長い人生のなかには辛いことも多々ありますが、同様にとても幸せな出来事も起こります。特に若いときには踏ん張りが必要な時期もありますが、その経験は必ず将来ご自身の糧となります。
「医学は、患者さんに学ばせてもらうものである」という気持ちを忘れることなく、沢山の経験を積んで勉強し、医師としての仕事をご自身の生業としていってほしいと願います。