記事1『在宅医療が超高齢社会の医療の中心に―今、日本に必要な医療の観点から』では、これからの日本における在宅医療の重要性についてお伝えしました。国は在宅医療の推進に向けさまざまな施策を検討・実施していますが、まだまだ在宅医療は十分に普及しているとはいいきれません。では、日本の医療の中心へと変わっていく在宅医療はどのように推進していけばよいのでしょうか。具体的な事例を交えながら、引き続き、国立長寿医療研究センター 名誉総長 大島 伸一 先生におうかがいします。
はじめに、国を挙げて行われている在宅医療推進の核となる法律が「地域における医療及び介護の総合的な確保の促進に関する法律(以下、医療介護総合確保推進法)」です。
医療介護総合確保推進法は2014年に改正され、医療法や介護保険法などの19の法案をまとめたものです。この法律のなかに在宅医療の推進に関する項目も盛り込まれています。
1・新たな基金の創設と医療・介護の連携強化(地域介護施設整備促進法等関係)
①新たな基金の設置(病床の機能分化・連携、在宅医療・介護の推進等)
②医療介護連携の基本方針策定
2・地域における効率的かつ効果的な医療提供体制の確保(医療法関係)
①病床機能報告制度と地域医療ビジョンの策定
②地域医療支援センターの法定化
3・地域包括ケアシステムの構築と費用負担の公平化(介護保険法関係)
①予防給付の地域支援事業移行
②特養入所基準の見直し
③低所得者の保険料軽減
④四一定以上所得者の自己負担引き上げ
⑤互補足給付要件見直し
4・その他
①看護師の特定行為の明確化
②医療事故調査制度
③社団・財団の合併、持ち分なしの医療法人への移行推進
④四介護人材確保対策の検討
在宅医療は地域の在宅医や医療・介護関係者だけでなく住民も参加して行われるため、地域包括ケアシステムの構築が不可欠です。地域包括ケアシステムとは、住まい・医療・介護・予防・生活支援を、中学校区を単位とした地域において一体的に提供できるシステムのことです。この地域包括ケアシステムのなかで在宅医療を推し進める必要があり、すでにそのような動きが出てきています。
なぜ国や市町村よりもさらに小さな中学校区単位でこれらを行うのでしょうか。それは、地域により高齢者の割合や人口の増減など、特性がまったく異なるためです。各地域の実情に応じたケアシステムが必要であり、地域にあったシステムをつくることは在宅医療に欠かせない要素です。
このように地域が主体となって在宅医療を推進しようとしていますが、地域によりその程度には大きな差が生じています。次章では、在宅医療を含めた地域包括ケアの成功例といえる地域の取り組みを紹介します。
私は国立長寿医療研究センターの名誉総長を務めるかたわら、長年在宅医療の法整備についても関わってきました。そのなかでも特に在宅医療を推し進めるための地域包括ケアシステムが機能していると感心した施設・団体が、南生協病院と医療法人さわらび会です(ともに愛知県)。紹介するのは身近なところで恐縮ですが、全国には先進的なところがまだまだあります。
名古屋市の南生協病院は南医療生活協同組合が運営する総合病院です。2010年の新病院への新築・移転をきっかけに生協の組合員一人ひとりに呼びかけ「病院に何を求めているか、何をしてほしいか」を丁寧にヒアリングしました。その結果、会員数は8万人近くまで増え、会員が増えるにしたがって病院を軸にした地域包括ケアシステムが確立されていきました。現在では南生協病院を中心に、在宅医療を含めた地域医療が実施されています。南生協病院の例は、行政主導ではなく病院主導で地域の方と密にコミュニケーションを取ったことで、病気そのものを治すだけにとどまらず、地域住民の生活に根ざした細かなニーズを住民が考え協議し、行動に移し、医療だけでなく生活の支援にも反映させることができたのだと思います。
また、地域包括ケアの実施の際によく問題になる点が、病院、クリニック、在宅支援、介護施設などの連携です。各々で目指す理念が異なるため、これらが一体となって地域包括ケアに取り組むことが難しいといわれています。その各施設の連携体制を自ら総合的に構築し確立したグループが、さわらびグループです。
さわらびグループのひとつ、医療法人さわらび会は、豊橋市にある福祉村病院を中心に医療介護事業を展開しています。同グループは社会福祉法人さわらび会を有し、医療・介護の強固な連携体制を敷いている点が特徴です。在宅医療や在宅介護を支援する地域支援包括センターもあり、地域の方の相談窓口として機能しています。ある地域では医療・介護のすべてがさわらびグループの施設で完結できるようになっており、これはまさに究極の地域包括ケアといえるでしょう。
このように、ある地域では在宅医療に不可欠な地域包括ケアシステムが確立しているところもあります。この成功例を全国展開していくためには、各地域で中心となって在宅医療を含めた地域包括ケアを進めていく組織が必要です。実際に志高くして個人で在宅医療などを頑張っておられる医師もいらっしゃいますが、個人の力に頼るだけでは、地域全体をまとめて体制を整備する、ということまでは難しいでしょう。
今後、在宅医療を含む地域包括ケアを推進していく主体となるのは、各地区の医師会と行政との緊密な連携をもとにした、システムづくりです。
各地域の医師会が主体となるのには、ふたつの理由があります。ひとつ目は、医師会は各地域の医師団体で最も体系だった組織であることです。そしてふたつ目は、医師会は地域のかかりつけ医となる開業医を中心とした団体であるからです。地区医師会は、その地域の住民の生活や、本当にその地域に必要な医療を熟知しています。
そのために、まずは各地域の医師会が中心となって、各地域に即した今後の医療のあり方のモデルをつくります。そして各自治体と協同して、地域にとって必要な医療を推し進めていくことです。開業医がかかりつけ医となり、各地域の在宅医療機能を充実させていくのです。
これまでは、大学病院などの医師と開業医では、前者のほうが重要であるように考えられてきましたが、これからの時代は在宅医療を主体とした地域医療が中心になるにつれ、むしろ開業医の時代になっていきます。これからは開業医が医療の中心となる時代が到来すると思います。
国立長寿医療研究センター病院では2009年に「在宅医療支援病棟」をつくり実施してきました。
在宅医療支援病棟の役割はその名のとおり地域での在宅医療を支援することです。具体的には、入院患者さんが在宅医療へ移行するための支援や、移行後に在宅医療を継続するための支援を担っています。そして、病院が在宅医療の支援を担う場合の診療モデル構築、研究を行ってきました。
在宅医療支援病棟で実施している画期的な取り組みとして、地域で開業している在宅医が入院患者さんの入退院を決定する、というものがあります。従来、入退院の決定はその病院の医師が決めるものです。その重要な決定を地域の在宅医に委ねるという点は、先に述べた「開業医が中心となる、在宅医療を含めた地域医療」であり、主眼が在宅医療支援病棟の推進・定着を支援することにあると考えるからです。
先に述べたように、現在の在宅医療は、医師一人が24時間365日フル稼働をして行っているところも少なくありません。これでは持続性のある在宅医療は難しいでしょう。そこで、まずは在宅医療に関わる人材を増やし、チームとして在宅医療を行っていくことが必要条件です。
そして在宅医を増やすためには、いまだにこれまで通りの医師を育てることに重きを置いている医学部教育のあり方も考えていかなければなりません。確かに特定の分野で専門性の高い医師を育成することも必要ですが、これからは総合的な診療ができる老年科医や在宅医の需要が、圧倒的に大きくなります。医学部教育においても、今後はぜひ在宅医療も学べるようなカリキュラムを取り入れなければなりません。
また、在宅医療には看護師のサポートが不可欠です。特に訪問看護師の育成は重要です。医師の数には限りがあるため、在宅医療の芯となる「支える医療」は訪問看護師が担うことになるでしょう。そして医師は在宅医療における診断・治療の重要な決定時に関わる、という体制になっていきます。そうでなければ、限られた医療の人的資源を効果的・効率的に活用することはできませんし、何でも医師の権限では医療そのものが破綻するでしょう。
今、社会を含めて医療をとりまく環境は目まぐるしく変化しています。高齢化と人口減少、人口構造の変化がその原因です。医療そのものの変化は避けられません。現にあるべき医療の姿がわかっていても、その実現はこれからです。関係各所で協議は重ねられているものの、新しい医療制度が整う前に現行の医療が破綻しまわないか心配です。
繰り返しますが、地域包括ケアの要となるものは、在宅医療です。在宅医療を推進するためには、地域の医師会と自治体・行政が協力して体制づくりを推し進めていくことが急務です。
これからの医療は、地域の医師会と自治体・行政がいかに連携して体制を整えるかに、かかっています。実際に、各地域の医師会をまとめている日本医師会のなかには、行政と協力して在宅医療を推進するには、医師会が先頭に立つべきだと前向きな方がいます。ぜひ関係者の方々には、早急に在宅医療を行う地域での体制を確立してほしいと、願っています。
国立長寿医療研究センター 名誉総長、名古屋大学 名誉教授
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