超高齢社会により2025年には現行の社会保障制度の維持が困難になるといわれている昨今。特に医療においては、現在の病院中心の医療から地域で完結できる在宅医療を基盤に置いた医療への転換の必要性が叫ばれています。では、なぜ在宅医療が今後、日本の医療の中核を担っていくのでしょうか。在宅医療を推進するための組織「全国在宅医療会議」の座長も務められている、国立長寿医療研究センター 名誉総長 大島 伸一 先生におうかがいします。
現在の日本は、高齢化率(総人口に対し65歳以上の人口が占める割合)が27.3%の「超高齢社会(総人口における65歳以上の割合が21%を超えた社会)」です。2025年には、約800万人いるとされる団塊の世代が75歳を迎え、全人口の4人に1人が後期高齢者という、世界でも類を見ないほど、高齢者の割合が大きい社会となります。団塊の世代が後期高齢者となる2025年には、医療費などの社会保障費が莫大になり、現在の日本の社会保障制度の維持が困難となることが懸念されています。これを、2025年問題といいます。
出典:内閣府「平均寿命の推移」
厚生労働省の「簡易生命表」によると1950年の日本人の平均寿命は男性が58.0歳、女性が61.5歳でした。しかし2015年には、男女ともに80歳を突破し、過去最高となっています。医療技術の進歩や生活環境の変化などにより、驚くことにわずか60年ほどの間で日本人の平均寿命は20年以上も延びているのです。
出典:財務省「社会保障の維持・充実」
周知の事実ではありますが、高齢化が急速に進むと同時に少子化も進んでいる点も問題です。日本の社会保障制度は、若者が多く高齢者が少ないというピラミッド型の人口分布を想定してつくられています。つまり、複数の若者で1人の高齢者を支えるというかたちです。
しかしながら、急速な高齢化と少子化により、増えゆく高齢者を支える若者の数がどんどん減り、若者の1人あたりの負担が増えています。社会保障費に充てると考えられてきた消費税の増加も見送られるなど、この状態が続けば、近い将来、「現役世代である若者に社会保障費を負担してもらう」という現在の制度が崩壊を迎えることは確実です。
今までの日本の医療は、急性期医療、つまり、病気やけがの進行を止め、治す医療が中心でした。1990年ごろまでは若者の数が現在と比較して多く、医療も完全に病気を治すことを目指すという考え方で、大きな問題も矛盾もありませんでした。しかし、今は違います。
高齢者は、若者と異なり、老化という変化のうえに生活習慣病のような慢性の疾患を抱えることが多く、しかも複数の疾患を抱えることが多いです。そのため、いくら医療技術が進歩しても、すべてを若い頃のような状態にまで完全に治すことはできません。
たとえばがんの場合、50代で発症すればがんを切除したり、化学療法で叩いたりといった、徹底的な治療を施す、ということが求められます。しかし80代で同じがんを生じた場合だとどうでしょうか。侵襲性や副作用の大きいがん治療を、40代の働きざかりで体力のある患者さんと同じように行うのは、必ずしも正しい選択ではないのではないでしょうか。
たしかに、低侵襲の手術も続々と開発されたことから、手術そのものは高齢の方にも適応可能かもしれません。しかしその後、若い方のように回復して社会復帰できるとは限らないでしょう。
侵襲の高い治療を行い、その結果予測された効果が十分に得られないだけでなく、生活復帰すらできなくなることも考えなくてはなりません。
したがって、高齢者向けの医療と若者向けの医療の内容がすべて同じである、というこれまでの医療のあり方は、高齢者にとってより適切な医療という面からも国民のニーズの面からも適切とはいえません。
では、少子高齢化のさらなる加速が予想されるこれからの日本に必要な医療とは何でしょうか。それは、従来の「治す」医療から、「治し、支える」医療を中心にした医療に変えていくことです。実際に2015年の社会保障審議会医療部会では、この「治し、支える医療」への転換が重点課題のひとつとして挙げられました。
「治す」医療は、従来の疾患の根治に主眼を置くもので、「支える医療」は患者さんが生活の水準を落とすことがないように病を抱えながらも日常生活を送ることができるよう、医療を通じて支援するということに主眼を置いています。このふたつが合わさったものが「治し、支える」医療です。
前述の通り、高齢者の場合は病気を根本的に治しきることができません。そのような際に、「支える」医療を通じて、患者さんが病を抱えながらもよりよい生活を送れるよう、支援をする必要があります。
もちろん、徹底的な治療を目指すための医療技術の進歩を止めることはできませんし、当然のことですが若い方に向けた最先端の医療も重要です。「治し、支える」医療は、高齢社会という時代のニーズに応じ若者への医療、高齢者への医療の両方を考え、限られた医療資源をどう効果的に、効率的に利用していくか、そのバランスを考えた医療といえます。
そしてこの「治し、支える医療」の実現のために、病院中心の医療では限りがあるため、注目されているのが、在宅医療ということです。
医師や看護師などが患者さんの自宅などを訪問して医療活動を行う在宅医療は、現代のニーズに即した新たな医療のかたちです。実際に厚生労働省の調査では「病院ではなく、自宅で療養したい」と回答した高齢者が40%以上となっています。
そもそも、20世紀は世界中が病院中心の医療を展開してきており、日本もその通りですがそれにしても日本のように出生時から死亡時までずっと病院が面倒をみる国は、他にありません。前章で述べた点からも、従来の病院完結型の医療から在宅医療を含めた地域完結型の医療への転換が必要なのです。
なかには「在宅では病院と同じ質の高い医療を受けられないのではないか」と心配される方もいるかもしれません。どのような疾患や病状なら病院でみるべきか、在宅でも十分にみることができる病態とは何かといった「在宅医療のエビデンスづくり」は今後欠かせない研究のテーマですが、治療に大きな機器や多くのスタッフが必要などといった、病院でしかできない医療以外はすべて在宅で可能だと明言している在宅医も多くいます。
また、これまでの医療では死について触れることはタブーとされてきたようなところがありますが、QOD(Quality Of Death・死の質)について考えることも、避けられなくなってきました。たとえば、老衰で亡くなりそうな患者さんを無理に蘇生し人工呼吸器をつけながら意識のないまま1週間生かすのと、無理に蘇生を施さず、安らかに眠ってもらうのと、どちらのQODが高いのかといったような問題から目をそらすことができなくなってきています。今までの医療では正面からなかなか議論のしにくかったQODについても、改めて考えるときがきたということでしょう。
このように病院中心の医療から在宅医療など地域中心の医療へと転換が必要であるということについては、政策的にはすでに結論が出ています。しかしながら実際には、旧来型の医療からまだまだ脱却できず、思うようには在宅医療が普及していないというのも事実ですが、在宅医療の推進に真剣に取り組み始めてから、さまざまな課題がみえてきました。
まずは、在宅医療を行う医師や看護師、さらにそれを支える介護士などの不足が挙げられます。現在、在宅医療を行っているクリニックでは医師が一人で24時間365日対応をしているところも少なくありません。在宅医療の中心を担う、訪問看護師の不足もとても深刻で、需要に追いついていないという現状があります。介護については、介護士の待遇が芳しくないことなどによる離職率が高い点なども大きな問題です。
在宅医療を受ける患者さんとご家族の負担も憂慮すべきでしょう。在宅医や看護師などのスタッフとご家族がしっかりと連携できればよいのですが、在宅での介護・看護が長期化した場合の患者さんの負担や不安は大きいものです。患者さんのご家族にもそれぞれ仕事や家庭のことがありますから、ずっと患者さんを見守ることは簡単ではありません。
そうした理由もあって、在宅で治療ができるにもかかわらず、ご家族への負担を考えればあえて病院での入院治療をと望まれる方もいます。
これは、老老、独居といった家族形態が一般化してきた日本の家族形態から生じる社会的問題の結果ともいえます。社会のこのような大転換のもとでどうすればよいのか、医療のあり方を転換しそれを支えていくには、家族に頼るだけでは限界があります。たとえば「地域が家族」のような考え方に頭を切り替えて、地域社会を再編していくしか方法はないでしょう。
老老介護や独居の問題も深刻です。高齢者の在宅医療には、ほぼ必ず看取りが生じます。患者さんの容態に変化があった際、老老介護や独居の患者さんでは、在宅医や病院への連絡すらできずに治療も看取りも行えない可能性があります。住み慣れた我が家で最期を迎えたいと望む方は多いのですが、増加する老老介護や独居の方に安らかな看取りを行うことは、現在の在宅医療の状況では非常に厳しいものがあります。早急に地域が地域にあった在宅医療の仕組みを整える必要があります。記事2『在宅医療を推進していくために―鍵を握るのは医師会』では、在宅医療の推進のための具体的な取り組みなどについてお伝えします。
国立長寿医療研究センター 名誉総長、名古屋大学 名誉教授
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