現在、日本では在宅医療・介護の推進が盛んに叫ばれています。しかし、核家族化がすすみ、また医療施設が充実した現代の日本においては、「自宅で家族を看取る」ことは決して一般的ではありません。そのため、日ごろ在宅医療を利用していても、最期のときにはかかりつけ医(在宅医)ではなく救急車を呼ぶ事例もみられます。しかし、医師法の規定上、亡くなった患者さんと初めて対面する救急搬送先の医師には死亡診断書を書くことはできず、ご家族に混乱や後悔が生じてしまうことがあるといいます。
今、看取りの現場ではどのような問題が起きており、何を見直す必要があるのか、東京都医師会理事の蓮沼剛先生にお伺いしました。
医師法の規定では、死亡者が傷病で診療継続中であり、死亡の原因が診療に係る傷病と関連したものである場合に、死亡診断書を発行します。
また、診療継続中であっても、診療に係る傷病と関連したものでない場合に、死体を検案して異状が認められなければ死体検案書を発行します。死体を検案した結果、異状が認められる場合には24時間以内に所轄警察署に届け出ます。
診療継続中の患者が、受診後24時間を超えている場合であっても、診療に係る傷病で死亡したことが予期できる場合であれば、まず診察を行い、その上で生前に診療していた傷病が死因と判定できれば、死亡診断書を発行することができます。
現代の日本には、かつてのように自宅で家族の最期を看取るという慣習はありません。そのため、高齢で日ごろ在宅医療を利用されており、ご自宅で最期を迎えたいという意思を表明している患者さんであっても、いざというときにはご家族が在宅医ではなく救急車を呼んでしまうことがあります。
患者さんの心肺が停止している場合、要請を受けた救急救命士は心肺蘇生を試み、その結果に関わらず3次もしくは2次救急施設へと搬送することが通例になっています。
ところが、救急施設で亡くなった患者さんを初めてみる医師は、「診療中ではない患者」の死亡診断書を書くことはできません。
この場合、救急病院としてはトラブルの防止のため、「死因の判明しない異状死体」として警察に届け出ることがあります。警察による検視の結果、犯罪性がないと認められた場合は監査医による行政解剖、犯罪性があると認められた場合は法医学者による司法解剖を行います。また、平成25年4月には新法が施行され、明確な犯罪性がうかがえない死体でも、警察署長や海上保安部長らが法医学者の意見を踏まえて死因を明らかにする必要があると判断した場合、遺族への事前説明があれば、その承諾なしに解剖できるようになりました。(新法解剖)
患者さんの最期に警察や監察医が介入せざるを得なくなることは、ご家族にとって、またかかりつけ医やケアスタッフにとっても非常に辛いことです。
東京都医師会は、在宅医療の普及を阻む懸念材料ともなっているこの問題を解消するため、以下に記す検討を行っています。
かかりつけ医を持っている患者さんがご自宅で亡くなられたときには、ご家族がその医師に連絡を入れ、死後診察により死亡診断書あるいは死体検案書(※)を書いてもらうことが理想的です。
(※診療継続中の患者さんが診療していた病気と関連しない原因でなくなった場合には、死体検案を行い、死体検案書を交付する必要があります。)
しかし、在宅死が一般的ではない現代において、緊急時にご家族が慌てず在宅医を呼ぶことは、現実的には難しいことではないかと考えます。まずは救急車が呼ばれた場合を想定し、その後の対応を検討していくことが重要です。私は、救急隊からみて明らかに看取りとなると判断できる場合(※後述)、心肺蘇生措置を行った後の搬送先を見直すべきであると考えます。
(平成29年4月7日、日本臨床救急医学会が蘇生処置を望んでいない場合の対応について、本人が書面で「蘇生中止」の意思を示し、連絡を受けた主治医が指示すれば処置を中止するという手順を発表しました。)
ひとつの案として、自前で救急車を持つことができない中小病院や有床診療所等への病院救急車の配置が挙げられます。現在、東京都は東京オリンピック・パラリンピックに向けて、救急車の台数を増やす検討を行っています。私たちは、これらの救急車をオリンピック期間終了後に都内の病院救急車として再活用することができるのではないかと考えています。
在宅療養中で終末期の患者であり、3次救急施設への搬送は不要と考えられる場合(中小病院や有床診療所等で対処できる場合)、これらの病院救急車を活用して患者さんを適切な施設へ搬送することができれば、患者さんやご家族、医療従事者の負担を減らすことも可能になります。
上述した案は救急車の増設を前提としていますが、過去のオリンピック開催都市であるリオ市(ブラジル連邦共和国)では実際に救急車が増設されているため、東京都でも実現できるのではないかと考えています。
東京都八王子市には、「八王子市高齢者救急医療体制広域連絡会(八高連)」という団体があり、救急医療情報のフォーマットを作成し、活用しています。具体的には、あらかじめ市内の高齢者に既往歴や服用薬、かかりつけの医療機関、緊急連絡先などを記入してもらい、玄関や冷蔵庫など、救急隊の目につくところに貼ってもらうという取り組みを行っています。
この八高連の救急医療情報のなかでも特筆すべきは、「もしもの時に医師に伝えたい事があればチェックしてください」という項目に、「できるだけ救命、延命をしてほしい」「苦痛をやわらげる処置なら希望する」「なるべく自然な状態で見守ってほしい」「その他」との選択肢を設け、人生の最終段階における事前指示に関する項目を設けている点です。
前項では東京都で実施できる可能性のある施策について記しましたが、現在国は在宅医療を推し進めており、人生の最終段階における医療の現場で生じている問題は、全国規模で考えていかねばなりません。
特に以下三点に関する議論は、世界に先駆けて超高齢社会を迎える日本において、避けては通れないものといえます。
ご自宅で亡くなられる高齢の方のなかには独居の方もおられます。孤独死は異状死扱いとなることが多いですが、かかりつけ医がいる場合はその医師が「診療中の患者の死」として死後診察を行い、死亡診断書あるいは死体検案書を書くことも可能な場合があります。しかしながら、死後数日経過している場合、診断や検案は困難であることも事実です。
では、かかりつけ医がおらずご自宅で亡くなった場合は、どのような手続きを経る必要があるのでしょうか。
東京23区内で発見された場合は、監察医務院で監察医(公務員)による行政解剖が行われ、事件性があると判断された段階で法医学者による司法解剖へと移行します。
事件性のない高齢の方の孤独死は今後増加すると見込まれるため、日ごろからかかりつけ医を持っていただくよう勧奨すると同時に、監察医制度を拡大していく必要があります。
現在、多摩地区及び島嶼には監察医制度がありません。東京都医師会では、この制度を23区だけでなく都内全域に広げられるよう計画を立てています。
死体検案をする際には、特に医師以外の資格は必要ありません。都道府県医師会では死体検案研修会などを開催して普及に努めています。私も実は死体検案研修会、厚生労働省死体検案講習会委託事業日本医師会死体検案研修(上級)を受けていますので、死体検案することは可能です。ただし、実際には東京23区の場合は東京都監察医務院が死体検案、行政解剖を行います。私は普段、東京都中央区で診療していますので、(大災害発災時などの)重大な事態が起こらない限り、自身が都内で死体検案をすることはないと思われます。
この監察医制度は、東京都でも多摩地区・島嶼には設けられていません。そのため、地域の臨床の医師が警察医として、しばしば警察の呼び出しに協力し、死体検案を行っています。(他に複数の大学医学部の法医学教室にも協力いただいています)。
死体解剖をする場合は、死体解剖保存法による死体解剖資格の認定が必要です。主に、解剖学教室、病理学教室、法医学教室に所属する医師、歯科医師が申請します。
煩雑な話ですが、事件性がない場合は行政解剖あるいは新法解剖、事件性がある場合は司法解剖となります。また、最近では死亡時画像診断(Autopsy imaging)などの新しい技術も加わっています。
さて、わが国ではではかねてから、この行政解剖及び司法解剖に従事する医師の不足が問題となっています。解剖を行う医師の多くは病理学教室や法医学教室などの基礎医学系や社会医学系出身の医師です。しかし、特に法医学者の労働環境は非常に厳しいことで知られており、現在の日本では法医学教室を志望する学生自体が不足しています。そのため、日本の総死亡数に対する解剖率の割合は、先進国のなかでも極めて低い数値にとどまっています。
私個人の意見としては、社会にとって必要不可欠かつ厳しい仕事を行う人材を増やすには、収入の確保など、適切なインセンティブを設定するべきであると考えます。これは法医学者・病理学者の不足に限らず、診療科の偏在を解消するために共通していえることです。
また、日本には体系だった検案を行える環境がないことも問題視されています。たとえば、スウェーデンの法務省には法医学庁が設置されており、法医学者の立場が確保されています。日本でも、検案を行う医師の所轄を明瞭化するための整備を行っていく必要があると考えます。
また、患者さん一人ひとりの死生観に応じた医療にも、真剣に向き合わねばならない時代が来ているように感じます。現在の日本では、患者さんがご自分で判断できない状態に陥ったときに備えて、どのような治療を受けたいか、あるいは受けたくないかをあらかじめ書面で意思表示していたとしても、その書面の取り扱いについては明確に定められておらず、患者さんの意思とは異なる選択がとられることが多々あります。たとえば、望まぬ延命措置などがこれにあたります。現状では、医療の現場において患者さんの意思が尊重されなかったとしても、法的根拠がないため問題にはなりません。さらに、治療を中止した医師の行為が適法かどうかわからないという別の問題も存在しています。
既に複数の医療団体が終末期医療の扱いについて重大な関心を寄せており、厚生労働省は検討を重ねたうえで2007年に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を策定しています。しかし、このガイドラインは広く周知されてはおらず、医師3,000名を対象に行われた意識調査(2013年)では、ガイドラインを知らないと回答した医師の割合が最多(33.8%)となっていました。
このような調査結果から、患者さんの意思や死生観を医療に反映させるための法整備は現時点では難しいといえます。しかし議論が膠着する傍らで、望まない生命維持治療が起因して起こる重大な問題も発生しています。
今後、人生の最終段階の医療(終末期医療)はどうあるべきか、日本の抱える課題として国民全体で議論していく必要があると考えます。
公益社団法人東京都医師会 理事、セントラルクリニック 院長
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