1p36欠失症候群は、染色体の異常によって起こる生まれつきの病気です。この病気は、その名前の通り染色体の1p36という領域が欠けることで発症します。症状としては、ゆるやかな発達の遅れがみられ、どの患者さんも顔立ちが似ているという特徴をもっています。
今回は、1p36欠失症候群とはどんな病気なのか、東京女子医科大学遺伝子医療センターの山本俊至先生にお伺いしました。
1p36欠失症候群とは、染色体*の異常によって発症する生まれつきの病気です。患者さんには、1番染色体短腕の36(さんろく)の領域に微細な欠失がみられます。発症すると、主にゆるやかな発達の遅れや顔貌の特徴が現れます。
染色体…生物の遺伝情報を伝える遺伝子を含む物質。
1番染色体とは、常染色体22本(男女とも持っている22対の染色体)のうち、1番大きな染色体です。ヒトは23本の染色体(1~22番までの常染色体と、性別を決めるY染色体・X染色体のどちらか一方)を2セット、計46本の染色体を持っています。
染色体には短腕*と長腕*があり、記号では短腕を「p」長腕を「q」と表します。染色体の短腕と長腕にはそれぞれ内側から番号が振られて、住所の番地のように場所を表します。たとえば、1p36欠失症候群は「1番染色体短腕の3丁目6番地の欠失」を意味します。
短腕…染色体の中心をはさんで短い方の部分。
長腕…染色体の中心をはさんで長い方の部分。
日本では、出生が把握されていないケースも考慮して、年間で約10~20人程度の患者さんが出生すると推測されています。
また、男女の割合は女の子のほうが多いといわれています。1p36欠失症候群の男の子の場合、流産してしまう可能性が高く、生まれてくる赤ちゃんの数が女の子よりも少ないためと考えられています。女の子のほうが多く生まれるという傾向は、4p欠失症候群*など、他の染色体異常の病気でもみられます。
4p欠失症候群…4番染色体短腕の端部欠失により引き起こされる病気。
1p36欠失症候群はほとんどの場合、突然変異*による染色体異常が原因で発症します。染色体異常が起こる時期は、生殖細胞の減数分裂過程(精子あるいは卵子ができるとき)と考えられています。
突然変異…親とは異なる特徴や性質が突然生じ、それが遺伝する現象。
1p36領域の欠失は、端部の単純な欠失による場合がほとんどです。しかし、他の染色体との間で生じた「不均衡転座」である場合があります。不均衡転座のおよそ50%は、親の「均衡転座」に由来します。
均衡転座とは、別々の染色体の端部がそれぞれ入れ替わった状態を指します。均衡転座が起こったとしても、染色体の量そのものには過不足がないため、特に症状は起こりません。
不均衡転座は、均衡転座を示した2つの染色体のうちの一方だけを持っている状態です。それ以外の染色体は正常であるため、染色体の部分的な欠失と過剰とが共存する状態です。
ほとんどの患者さんは、運動や言葉の発達に遅れがみられますが、ほとんどの場合歩けるようになります。染色体欠失の範囲が端部から5Mb以上の場合、歩行獲得ができないかも知れません。最終的な到達度には個人差があります。
塩基対(DNAのらせん構造のなかにある、塩基が結合したもの)の数を表す単位のひとつです。2本のDNA鎖のなかにある塩基対1個を1b(ベースペア)、1000bは1kb(キロベースペア)、1000kbは1Mb(メガベースペア)と表します。たとえば、5Mbの欠失とは、塩基対に5Mb分の欠失がみられる状態を指します。
患者さんのほぼ100%に顔貌の特徴がみられます。どの患者さんも、程度の違いはあっても共通した特徴を持っており、兄弟のように似ています。
顔貌の特徴は、眉毛が一直線であること、目はつぶらで少し落ちくぼんでみえること、顎は少し出ているようなとがった形であることです。これらは、1p36欠失症候群の患者さんを何名かみたことのある人であればわかるような特徴です。
患者さんの約半数は、全身を強直したり、ぶるぶる震わせたりするようなけいれん発作を起こします。けいれん発作が起こるタイミングは人によって異なり、起こる人も起こらない人もいます。けいれん発作を繰り返す場合、診療では「てんかん」という診断名がつけられます。
1p36欠失症候群の患者さんにみられるてんかんの原因は、1番染色体短腕端部から2-Mbのところに位置するGABRDという遺伝子の欠失であると考えられています。しかし、GABRDが欠失しても、必ずしもてんかんを発症するわけではありません。遺伝学では、遺伝学的な特徴を持っていて実際に症状が現れる割合のことを浸透率といいます。1p36欠失症候群では、てんかんの浸透率は100%ではないとされています。
先天性心疾患とは、生まれつき心臓の構造に問題がみられる状態を指します。たとえば、心臓の壁に穴が開いている、血管のつながり方が通常とは逆になっているといった状態です。先天性心疾患の有無は、一般的には生まれたときに確認されます。基本的に、命にかかわる病状が発見されれば手術が必要です。
軟口蓋裂とは、生まれつき上あご(口蓋)に割れがみられる「口蓋裂」という状態のひとつです。口蓋の一番奥のところには骨がありませんが、この骨がない柔らかい部分(口蓋垂)が左右に開いたままになっている状態を指します。
軟口蓋は、嚥下する(ごっくんと飲み込む)ときにのどの後ろ(後咽頭)に張り付いて鼻への気道を閉鎖する役割を果たします。軟口蓋裂があると、鼻への気道が閉鎖しないため、正しい発音ができなかったり(鼻声)、ミルクを飲んだときに鼻から出てしまったりするといった問題が生じます。
肥満は、食欲を抑えきれないことによる過食が原因で引き起こされることがあります。症状が軽い患者さんの場合は特に、親の目を盗んで冷蔵庫まで行って食べてしまうことがあります。過食の傾向がある場合は、肥満にならないようにご家庭で注意が必要です。
その他の合併症*として、骨格異常、斜視などの目の病気、難聴などが起こる可能性があります。そこで、出生直後から複数の診療科で検査をしてもらわなければならないことがあります。
合併症…基礎疾患(1p36欠失症候群)が原因となって起こる実際の症状。
1p36欠失症候群では、欠失の大きさと症状の重さはおおむね相関しています。ただし、欠失が大きいほど症状が重い、欠失が小さいほど症状が軽いとはいいきれません。欠失が小さくてもてんかんを持っていれば症状は重くなるなど、人により症状の現れ方は異なります。この項目では、染色体の欠失と症状の関係について解説します。
染色体にとても大きな欠失がみられる場合、症状が重くなることがわかっています。欠失が5Mbを越える患者さんは、5Mb以下の患者さんと比べて重度の精神運動発達遅滞を示し、生涯にわたって歩けないことが確認されています。[注1]また、10Mb以上の欠失を示す患者さんは、赤ちゃんのときなどの若年で突然死する可能性があります。[注2]
[注1][注2]…山本俊至.1p36欠失症候群ハンドブック.診断と治療社.2012.160p.
欠失の大きさが5Mb以下の患者さんは、5Mbを越える方と比べて軽度の精神運動発達遅滞を示します。ただし、欠失が5Mb以下の場合には、欠失が小さいほど症状が軽くなるというわけではありません。たとえば、欠失の大きさが4Mbの患者さんと2Mbの患者さんとを比較した時、2Mbの患者さんの症状のほうが軽いとは限りません。
症状の重さにはてんかんが関係しています。欠失が小さくてもてんかんを合併した場合には、精神運動発達遅滞の程度は重くなることがわかっています。
モザイク欠失とは、正常な細胞と欠失のある細胞とが混ざり合った状態のことです。モザイク欠失を示す患者さんの場合、欠失している部分が大きかったとしても、正常な細胞が混ざっているので症状は軽くなります。
1p36領域の欠失が、一番端の部分ではなく少し内側にみられる場合、「proximal 1p36欠失症候群(近位1p36欠失症候群)」と呼ばれます。1p36欠失症候群の患者さんとは顔貌の特徴などの症状が異なり、別の病気として分類されることがあります。
1p36欠失症候群の診断は、1番染色体短腕端部に欠失を確認することによってつけられます。診療では、親御さんが発達の遅れに気づいて受診されたことをきっかけに染色体検査を行い、診断される場合がほとんどです。患者さんの行動をみただけで診断がつくことはありません。
染色体検査では、主に以下のような方法が用いられます。
G-band (ジーバンド)法とは、一般的な染色体検査のひとつです。検査技師が顕微鏡を用いて調べる方法で、構造異常の解析に優れています。ただし、視覚的に確認できる大きさ(約10Mb以上)の欠失を検出する場合に利用されるため、1p36欠失症候群は発見できないことがあります。
FISH(フィッシュ)(Fluorescence in situ hybridization)法とは、一般的な染色体検査のひとつです。微細な欠失でも検出できることが特徴です。ターゲット領域を絞って調べる方法であるため、前提として症状や顔貌から1p36欠失症候群が疑われているときに実施し、1番染色体短腕末端を狙って調べます。
FISH法は、スライドグラス上に染色体をのせ、検査に必要な遺伝子を含む「プローブ*」をふりかけて行います。プローブを特定の染色体領域に結合させた際、蛍光シグナルがつく場合は正常であること、つかない場合は欠失のあることがわかります。
プローブ…遺伝子などを検出するために用いる物質のこと。
近年では、多くの場合はマイクロアレイ染色体検査により正確な欠失範囲を同定します。マイクロアレイ染色体検査とは、コンピューターを利用して染色体コピー数を詳細に解析する方法です。何万個ものプローブが搭載されたスライドグラス(アレイ)上に、蛍光色素で標識したDNAをふりかけて(ハイブリダイズ)行います。FISH法の場合は、臨床症状からターゲットとなる染色体領域を予想してから行う必要があるのに対して、マイクロアレイ染色体検査はターゲットを絞らず網羅的に解析できることが特徴です。欠失の有無だけではなく、欠失の大きさも詳細に調べることができます。
ただし、2018年時点では保険適用されていない検査法であり、標準的な費用は約10万円前後です。(具体的な費用については、検査を行う病院で確認しましょう。)
また、1p36欠失症候群は、15番染色体の欠失が原因で起こる「プラダー・ウィリ症候群」と間違えて診断されやすい病気です。プラダー・ウィリ症候群の検査をしても異常がみつからないとき、網羅的なマイクロアレイ染色体検査を行うことで、1p36欠失症候群が発見される可能性があります。
東京女子医科大学 大学院先端生命医科学専攻遺伝子医学分野(遺伝子医療センター)教授
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