近年、大腸がんに対して腹腔鏡を使った腹腔鏡手術(内視鏡外科手術)を行う病院が増えてきています。沼津市立病院では、内視鏡外科手術を25年以上前から導入し(2018年時点)、現在も日々技術向上のための取り組みを行っています。
今回は、そのような内視鏡外科手術における歴史を持つ、沼津市立病院の第二外科部長である菅本祐司先生に大腸がんの腹腔鏡手術について解説いただきました。
大腸がんの外科手術におけるアプローチ方法には、開腹手術と腹腔鏡手術(内視鏡外科手術)があり、近年多くの病院では腹腔鏡手術が行われています。
腹腔鏡手術とは、お腹に開けた複数の孔から腹腔鏡*や鉗子*などを挿入し、腹腔鏡が映し出す映像を確認しながら行う手術のことです。
腹腔鏡…お腹の中を観察するためのカメラ
鉗子…組織をつかんだり引っ張ったりするための器具
腹腔鏡手術と開腹手術の大きな違いは、腹腔鏡に備わっている「拡大視効果」といえるでしょう。拡大視効果とは、臓器や組織を本来よりも大きく、かつ鮮明に映し出すことができることを指します。
拡大視効果によって、人間の目では見ることの難しい神経・毛細血管の走行や組織の層構造を見ることができます。これにより、開腹手術に比べてより正確性の高い手術を行うことが可能となり、出血量が少なくなります。
また、モニター画面に映し出される映像は、術者だけでなく、助手、看護師、麻酔科医、臨床工学技士など手術室にいるスタッフ全員で共有することができます。多くの人間の目で術野を確認することができるため、より安全性の高い手術が可能になるといえます。
先ほどお話ししたように、腹腔鏡手術ではお腹に複数の孔を開けて手術を行います。お腹のどこに、いくつの孔を開けるかは病院によって異なります。一般的に、多くの病院で行われている大腸がんの腹腔鏡手術ではお腹に5つの孔を開けますが、当院では腹腔鏡を導入した当初から、3つまたは4つの孔で腹腔鏡手術を行っています。
近年は、傷口がさらに少ない「単孔式腹腔鏡下手術」を行う施設も増えてきました。
単孔式腹腔鏡下手術とは、若干大きめの1つの孔から複数本の鉗子を挿入して行う腹腔鏡手術のことです。当院では、虫垂炎や小腸腫瘍に対する手術、試験切除術*などに対して、単孔式腹腔鏡下手術を行っています。
お臍の部分に孔を開けて手術を行うため、術後の傷口が目立たず整容性に優れているというメリットがあります。
一方で、通常の腹腔鏡手術よりもさらに鉗子の動作制限が発生するというリスクもあります。
当院では虫垂炎に対して2004年より単孔式腹腔鏡下手術を行っていますが、その場合の費用は、通常の腹腔鏡手術と同額で約14万円です(3割負担の場合、入院費を含む)。
試験切除術…病変の一部を切除して病理診断(顕微鏡で詳しく調べること)を行うことで、確定診断を得る方法
腹腔鏡手術には、患者さんにとって主に以下のようなメリットがあります。
腸閉塞・イレウスとは、何らかの原因で腸がつまり、食べ物などが腸を正常に通過できなくなった状態をいいます。
体にできた傷が生体自身の力でくっつく際、程度は異なるものの、必ず周りの組織や臓器を巻き込みます。そのため手術をすると、多くの患者さんに癒着が起こります。
腸の場合には、腸管同士が癒着したり、腸管と腹壁(お腹の内側にある壁)が癒着したりします。すると、癒着によって腸がつまる「腸閉塞」や「イレウス」を発症します。
傷が大きければ大きいほど癒着が起こる確率は高くなるため、傷が小さな腹腔鏡手術では、開腹手術に比べて「腸閉塞」や「イレウス」が起こりにくいとされています。
このほかに医学的な観点とは異なりますが、手術前後や病気のことで苦しい思いをされた患者さんにとっては、手術後に残る傷が小さいことで、苦しい経験の記憶にとらわれにくい傾向があると考えられます。
そうした点からも、腹腔鏡手術は患者さんの負担を軽減させることができるというメリットがあるといえます。
一方、腹腔鏡手術には以下のようなデメリットもあります。
開腹手術では、術者は10本の指を自由自在に操りながら手術を行うことができますが、腹腔鏡手術では2本の鉗子で手術を行います。そのうえ、お腹の中で鉗子を動かすことができる範囲も限られるため、手術の難易度が高くなります。このような難易度の高さから、腹腔鏡手術の技術習得には時間を要します。
また、腹腔鏡手術では、お腹の中を見渡すために、気腹といって二酸化炭素でお腹を膨らませた状態で手術を行います。そのとき、二酸化炭素によって肺や血管が圧迫されることで、まれに呼吸循環障害が起こることがあります。
日本では、1990年に初めての内視鏡外科手術となる、腹腔鏡下胆のう摘出術が行われました。当院では、その2年後の1992年に腹腔鏡下胆のう摘出術を開始し、2018年現在で内視鏡外科手術の歴史は25年以上になります。
当院では、1997年には大腸、1998年には食道・胃、2002年には肝臓に対する内視鏡外科手術を導入し、今では良性悪性を問わず、消化器外科領域のほぼすべての疾患を網羅しています。
腹腔鏡手術などの内視鏡外科手術の難易度は高く、高度な技術が求められます。
そこで、内視鏡外科手術技術を客観的に評価すべく、2004年に「技術認定医制度」というものが世界に先駆けて日本で始まりました。この資格は、「内視鏡手術を安全かつ適切に施行する技術を有しかつ指導するに足る技量を有していること」とされており、ほかの外科医に指導できる高いレベルの技量が必要とされます。
技術認定医の資格取得のハードルは高く、その合格率は30~40%台と厳しい数字です。そのような合格率の中、当院では私を含めてこれまでに10名合格しています(2018年9月時点)。
しかし、資格取得は単なる通過点に過ぎず、安全性の追求にゴールはありません。当院では、さらなる技術向上のための取り組みを日々行っています。
そのうちのひとつとして、術後のカンファレンスがあります。私たちは、手術を行ったすべての症例に対して、「もっと適切な方法はなかったのか」などと外科医全員で話し合い、必要に応じて手術の様子を記録したビデオを見直しながら意見交換を行っています。
このような日々の積み重ねによって、より正確性と安全性の高い内視鏡外科手術の技術向上に努めています。
近年、ロボットを使用した内視鏡外科手術が広まりつつあります。大腸がんの領域では、2018年4月から直腸がんに対してロボットによる腹腔鏡手術が保険適用として認められ、当院でも2019年から開始予定です。
ここまで腹腔鏡手術についてお話をしてきましたが、大腸がんは早期発見ができれば、さらに身体に侵襲の少ない内視鏡治療を行うことができます。内視鏡治療は、肛門から内視鏡を挿入してがんがある部分だけを摘出する治療法です。
大腸がんを早期発見するためには、「検診」が非常に重要です。なぜなら、大腸がんは進行するまで症状はなく、痛みも伴わない病気だからです。しかし、大腸がんの検診率は低く、高齢になればなるほど受診率は低下していきます。
そのため、高齢者を中心に、症状が出るほど大腸がんが進行してから病院を受診される方が多くいらっしゃいます。そして、進行した状態で大腸がんが発見された場合には、腹腔鏡手術などで外科的な治療を行う必要があります。
それでは、高齢者であっても腹腔鏡手術を行うことはできるのでしょうか。
つづく、記事2『高齢者でも大腸がん腹腔鏡手術は可能? ハイリスク症例にも対応する沼津市立病院』では、高齢者や併存疾患を持った「ハイリスク症例」に対する腹腔鏡手術についてお話しします。
沼津市立病院 第二外科部長
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