高齢者を中心に増加の一途をたどる心不全は、薬物治療や水分・塩分管理などで症状のコントロールを行うことができます。良好なコントロールによって、健常者の方と同じような生活を送ることができますが、少しでもコントロールを誤ると、治療が裏目に出てしまう恐れもあります。特に高齢者は、治療の影響を受けやすいため、よりいっそう慎重な治療が求められます。今回は、高齢の心不全患者さんを多く診療する、相生山病院 院長の佐藤貴久先生に、心不全治療についてお話を伺いました。
心不全では、時間や日にち単位で急速に発症する“急性心不全”と、月や年単位で少しずつ進行していく“慢性心不全”を交互に繰り返すことで、徐々に身体機能が衰退していきます。
慢性心不全として経過するなかで、何かのきっかけで血行動態が破綻すると、急性心不全(慢性心不全の急性増悪)を発症します。このとき、治療によってある程度まで症状を改善させることはできますが、完全に元の状態まで回復させることは困難です。そのため、急性心不全を繰り返し発症するたびに、だんだんと寿命を縮めてしまうことになります。
このことから、心不全の治療では、急性心不全に陥らないように症状をコントロールすることが重要です。
心不全の症状が悪化する原因はさまざまですが、大きな原因は、体内の水分量の増加に伴う、静脈還流量(心臓に戻ってくる血液量)の増加です。
心臓は、水分が増えることなどによる容量負荷の影響を受けやすい臓器です。そのため、心臓に戻ってくる血液量が増加して容量負荷が大きくなると、途端に血行動態が破綻してしまいます。
このことから、心不全治療では、体内の水分量を減らし、静脈還流量を減少させることで、症状のコントロールを図ります。具体的な治療法としては、体の水分を尿として排泄させる利尿剤を使用したり、末梢の血管床を広げて静脈還流量を減らしたりするACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬やニトログリセリン、その他心臓の負担を減らすβ遮断薬などの薬物治療を行います。また、塩分を取りすぎると、体が塩分濃度を一定に保とうとする力がはたらき、水分を溜め込んでしまうため、体内の水分量が増加します。それを防ぐために、水分制限と同時に、塩分制限も行います。
心不全の治療では、病態に合わせた治療を行います。ACE阻害薬や、ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)、β遮断薬など複数の治療薬から、心不全の病態に合わせて治療薬を選択します。
そのほか、心臓リハビリテーションや和温療法*、栄養指導などの非薬物治療も効果があります。非薬物治療の実施にあたっては、医師だけでなく、多職種で構成されるチームで治療にあたる必要があります。
*和温療法:乾式遠赤外線サウナ装置により、60℃の均等乾式サウナ浴を15分間行った後、30分間の安静保温を行うことで、心不全の改善に導く治療法(2019年現在、保険適用外。なお、当院では実施しておりません)。
先述したように、心不全治療では、体内の水分をいかに減らすかが大きな鍵となります。しかし、水分を減らしすぎると、体内の血液循環量の減少に伴って腎血流量も減少し、腎機能が悪化します。
高齢の心不全患者さんは、もともと腎機能が低下している方が多くいらっしゃいます。腎機能の悪化による腎不全を引き起こすと、尿が出なくなるため、かえって心不全を増悪させてしまいます。したがって、腎不全を悪化させないように適度に心不全治療を行う必要があります。
心不全と腎不全という、相反する2つの治療を行うには、絶妙なさじ加減が重要です。
このさじ加減は、一人ひとりの患者さんによって変わります。ある患者さんでは、心不全治療を優先して水分を引く治療をしたり、またほかの患者さんでは水分を引きすぎないように管理したりと、治療内容は千差万別です。
水分コントロールを行ううえでは、体重やむくみなどの身体所見が大切です。特に、体重の急激な増加は、心不全の悪化を示すサインかもしれませんので注意が必要です。
体重増加の目安は、患者さんによって異なります。3kg増えただけで入院が必要な方もいらっしゃれば、6kg以上増えても自覚症状のない方もいらっしゃいます。そのため、治療経過や採血検査などを基に、その患者さんにとっての理想的な体重を割り出し、その体重を超えるようであれば、すぐに病院にご連絡していただくようにお話ししています。
心不全治療では、薬物治療が必要となることが多くなります。薬物治療を行ううえで、私たち医師が考慮すべきことが“ポリファーマシー”です。ポリファーマシーとは、多くの薬を同時に服用することによって有害な事象が起こることを指します。
特に高齢の患者さんは、同時にいろいろな病気を抱えていることが多く、たくさんの薬を併用している方が多くいらっしゃいます。高齢の患者さんに対するポリファーマシーで起こる有害事象の例を、以下に挙げます。
ポリファーマシーで起こる有害事象の1つが、薬の副作用です。ほとんどの薬は、肝臓もしくは腎臓で代謝されますが、高齢者はもともと肝臓や腎臓の機能が低下している方が多く、薬が排泄されにくい状態になっています。すると、肝臓や腎臓に悪影響を及ぼし、肝不全や腎不全といった副作用を及ぼす恐れがあります。そのほか、頭痛や薬疹、時には汎血球減少症*など、薬の種類によっては、さまざまな副作用が生じる可能性があります。
*汎血球減少症:白血球や赤血球、血小板といった血液細胞が減少する病気。
たくさんの薬が処方されると、同じような薬がたくさんあるから、という理由などから、薬を正しく服用しない患者さんがいらっしゃいます。服用されない薬の中には、心不全をコントロールするうえで非常に重要な薬も含まれていることもあります。
当院では、ポリファーマシーの有害事象を防ぐために、薬の重要度を考えたうえで、投薬を最小限に抑えるようにしています。薬の種類によっては、1つの薬で複数の病気に効果があるものもあるため、そのような薬を使用するなど、できる限りの減薬を徹底しています。
患者さんの苦痛を取り除き、快適な生活を送っていただくために、薬物治療は欠かせません。薬で症状をコントロールできると、患者さんはとても喜んでくださいます。しかし、薬の使いすぎは思わぬ弊害をもたらすことがあります。患者さんが、薬物治療の恩恵を最大限に受けられるような治療を心がけています。
心不全は、高齢者の多くがかかる病気です。高齢者の動悸や息切れは心不全のサインかもしれないため、年のせいだと放置せずに、一度病院で検査を受けてみてください。
心不全が進行すると、生活の質が著しく低下します。けれども、心不全を良好にコントロールすれば、健常者と同じような生活を送ることができます。患者さんの中には、病院嫌いの方もいらっしゃるかと思いますが、通院を怠らずに治療を受けていただきたいと思います。また、心不全治療は、さじ加減の要素が大きい治療であるため、循環器内科専門医の受診をおすすめします。
医療法人清水会 理事長、相生山病院 院長
医療法人清水会 理事長、相生山病院 院長
日本内科学会 認定内科医日本循環器学会 循環器専門医日本医師会 認定産業医
1996年藤田保健衛生大学医学部卒業後、名古屋第一赤十字病院循環器内科、藤田保健衛生大学医学部循環器内科等を経て、2007年に相生山病院副院長に就任。2013年には院長、2016年に理事長に就任する。
「日本一優しい病院」をモットーに、ホスピタリティー向上に努め「まごころの医療」を実践している。高齢患者の健康寿命を延ばすため、運動療法の普及や認知症予防にも積極的に取り組んでいるほか、介護施設も多数運営している。地域で先駆けて市の委託事業「域包括支援センター」も運営し、地域の医療・介護サービスの充実を目指している。趣味はトライアスロン、ゴルフ。
佐藤 貴久 先生の所属医療機関
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