低ホスファターゼ症(HPP)は、アルカリホスファターゼ(ALP)という酵素のはたらきがなくなったり低下したりすることで、骨が弱くなったり歯が抜けたりする遺伝性の病気です。近年、軽症型・重症型といった症状の程度が遺伝形式に影響されることが分かってきました。軽症型の方の中には、あまり自覚がないまま生活していたり、診断がつかなかったりする方もいますが、小児歯科で発見できる可能性があります。今回はHPPの歯科領域の診断・治療や研究内容などについて、大阪大学大学院歯学研究科 小児歯科学講座 教授の仲野 和彦先生にお話を伺いました。
HPPとは、遺伝子の変異によって骨や歯を作るのに必要なALPという酵素のはたらきが悪くなり、骨や歯が弱くなる病気です。HPPではALPを作るALPL遺伝子に変異が生じ、ALPのはたらきが悪くなるなどの異常が起こります。
近年の研究により、父親と母親の両方から変異を持つ遺伝子が伝わった場合は重症型、どちらか片方から伝わった場合は軽症型になりやすいことが明らかになってきました。また、遺伝子の変異にも種類があり、ALPがほとんどない方もいればそうでない方もおり、症状も人によって異なります。
これまで、重症型のHPP患者さんの発症頻度は10万~15万人に1人程度であり、日本国内では100〜200人程度のHPP患者さんがいるとされていました。しかし、2015年から“アスホターゼ アルファ”という薬が世界に先駆けて使われるようになり、生まれてすぐに亡くなっていた重症型の患者さんを救命できるようになってきました。そのため、これから患者数が増加するのではないかと考えられています。
さらに、軽症型の患者さんの中には、あまり自覚のないまま生活していたり、診断がつかなかったりする方がいることが最近分かってきました。大人の方の中には、骨粗鬆症や関節リウマチなどほかの病気と診断され、その後HPPと判明した方もいるようです。そうした軽症型の患者さんも含めると、患者数はもっと多いと考えられます。
HPPは、発症した年齢や症状によって以下の6つの病型に分かれます。
両親から変異した遺伝子が伝わった場合は、周産期重症型や乳児型などの重症型になりやすいとされています。片方の親からのみの遺伝の場合は小児型、成人型、歯限局型といった軽症型になりやすいとされていますが、両親から遺伝する場合もあります。
病型ごとの症状は以下のとおりで、年齢によって現れる症状が異なります。また、歯限局型と診断されていたにもかかわらず途中で骨折や関節痛など全身の症状が現れて病型が変化するケースもみられます。
重度の骨石灰化障害(骨・軟骨が正常に石灰化しない状態)や、肋骨が成長しないことで肺がうまく機能せず呼吸障害などが起こります。治療しないと早期に死亡するリスクがあるといわれています。
長管骨(上腕骨・前腕骨・大腿骨など)の弯曲がみられますが、生命予後は良好です。自然に症状が軽くなることもあり、呼吸器不全のような重い症状は現れません。
発育障害のほか、くる病様骨変化(骨の末端近くにある骨端線という軟骨の拡大・毛羽立ちなど)や頭蓋縫合早期癒合症(頭蓋骨が通常より早く閉じることで脳が圧迫され障害などを引き起こす病気)などが起こります。治療をしなかった場合、呼吸器合併症により死亡するリスクがあります。
乳歯の早期脱落(4歳になるまでに歯が抜け落ちること)やくる病様骨変化などがみられますが、生命予後は良好です。
生命予後は良好ですが、骨折や骨密度の低下、筋力の低下、関節痛や筋肉痛などの症状が出ることがあります。
生命予後は良好で、乳歯の早期脱落や歯周疾患など、歯のみに症状が出ます。
特徴的な症状は乳歯の早期脱落です。HPPでは、乳歯が形成されても歯の根の表面(セメント質)が作られにくく、歯が抜けることがあります。
これは歯のセメント質を作るのにもALPが必要になるためです。HPPの患者さんはALPのはたらきがなくなったり低下したりすることで、セメント質がきちんと作られません。セメント質がしっかり作られていないと、歯根膜*と顎の骨がくっつかなくなるため、歯が揺れて抜け落ちるのです。
また、“乳歯の早期脱落”と書いてある情報が多く、“永久歯が抜ける”という症状が見逃されることもあります。
*歯根膜:セメント質と歯槽骨(歯を支える顎の骨)の間にある線維のようなもの。
歯の脱落は歯周炎の症状に似ていますが、歯周炎とは別物です。歯周炎とは歯周組織の炎症のことです。歯に残った汚れを歯周病菌が代謝して、歯周組織を破壊することで歯が抜けてしまいます。
一方、HPPによる歯の脱落は、歯の根と骨の接着が悪いことが原因です。歯周病菌とは関係がなく、歯ぐきはきれいで炎症物質もないのに歯が揺れたり抜け落ちたりします。
HPPの患者さんは、歯の根が歯を支える顎の骨に十分にくっついていません。そのため、歯周ポケットが深くなり汚れがたまりやすい傾向にあるので、二次的に歯周炎が生じやすいとされています。しかし、基本的には歯周炎が原因で歯が抜け落ちているわけではないので、どれだけ口の中をきれいにしてもその状態を維持するのが精一杯です。
HPPは、血液検査でALPの活性値を測定して診断します。骨が曲がっている、歯が根ごと抜けるなど、HPPと疑われる症状がある場合にALPの活性値を測定し、年齢・性別に応じた基準値よりも低ければHPPと判断されます。また、確定診断のために、ALPL遺伝子検査を実施することが推奨されています。
日本では、2015年より世界に先駆けてHPPの根本治療薬を使うことができるようになりました。さらに、病気を早期発見し、骨の弯曲や乳歯の脱落といった症状の予防ができないかと考えてられています。
HPPの診断は、全身の骨の症状は小児科や骨疾患を専門とする医師が、歯に関しては歯科を専門とする医師が、というように1人の医師によって診断することが難しい部分があります。
軽症型の患者さんでも、体の成長に影響が出ている場合は骨疾患を専門とする医師にかかれば診断がつくと思いますが、そのような症状がない場合は診断がつかなかったり、本人に自覚がないまま生活していたりすることがあります。しかし、特徴的な症状に”乳歯の脱落”があるため、そのような患者さんを小児歯科の領域から早期に見つけていきたいと考えています。
小児歯科の領域に焦点を当てるのは、小児歯科に精通した歯科医師でないと軽症型のHPPをスクリーニングできないケースがあるからです。乳歯が抜け落ちれば、一般の歯科医でもHPPの可能性を考慮して診断できるでしょう。しかし、年齢によっては、永久歯が生えるまで経過観察される場合もあります。また、歯が揺れているだけだと単なる生え替わりとみなされることがあるため、小児歯科を専門とする歯科医師の診察を受けることをおすすめします。
乳歯は大体6歳前後から生え替わり始めますが、外傷やう蝕(虫歯)がある場合を除いて、4歳未満で自然に抜け落ちることはまずありません。“歯が抜ける”という症状が出る病気として歯周炎もあり得ますが、乳幼児期や小児期では全身の病気の背景がある場合を除いて頻度は極めて低いとともに、歯ぐきに明確な炎症反応もみられるはずです。
そのため「1~4歳未満での乳歯の脱落には、HPPのような病気が背景にある可能性もあるので注意するように」と、日本小児歯科学会をあげて啓発活動を進めています。また、“乳歯の脱落”という特徴的な症状を見つけたら日本小児歯科学会認定の小児歯科専門医を紹介してもらえるよう、一般の歯科医にもお願いしています。
そして、紹介を受けた専門の医師は、タッグを組んでいる小児科医や骨を専門に診ている医師と情報を交換しながらHPPの診断・治療につなげていけるような体制づくりに取り組んでいます。
そのほか、HPPの研究に取り組む医師や製薬会社と協力しながら乳幼児健診で“乳歯の早期脱落”の項目を入れてもらえるよう、各地の歯科医師会や自治体にはたらきかける取り組みも行っています。健診票は自治体ごとに違っていて、新たな項目を入れてもらうのが大変なのですが、徐々に加えてくださる自治体も増えてきています。
その結果、すでに乳幼児健診からのスクリーニングで、小児科への受診を経て多数の歯限局型HPPが診断に至るとともに、すでに全身に症状が生じている小児型HPPだと診断がついたケースも出てきています。
以前は痛み止めや低カルシウムミルクの投与など、症状を抑えたり和らげたりするための対症療法しか治療法がありませんでした。
しかし2015年にアスホターゼ アルファという薬が承認されたため、根本的な治療にも取り組むことができるようになりました。アスホターゼ アルファとは、ALPを補充するための薬です。肋骨が形成されないような重症型のHPPの治療には、アスホターゼ アルファを使った酵素補充療法を行います。アスホターゼ アルファを1mg/kgを週6回、または2mg/kgを週3回注射すると、体内のALPを活性した状態に保てるようになり、骨の石灰化が改善されていきます。
歯のためにアスホターゼ アルファを使いたいと考える保護者や医師もいらっしゃるかと思いますが、そのためにはエビデンス(治療法が適切であるといえる医学的な証拠)を十分に集める必要があります。
今は、“何歳から何歳までアスホターゼ アルファを使うことで歯の成長が確認できた”といった症例報告が集まってきている段階です。しかし、現在のエビデンスの量では“その症例だけで偶然歯が形成された可能性がある”ことも明確に否定できないため、患者さんの全国的な調査を定期的に行い、エビデンスを蓄積している段階です。
歯科領域での治療は、小児用入れ歯の装着をしたり、歯磨き指導や歯ブラシが届かないところの汚れを機械で除去したりといった対症療法的な歯周病治療しかありません。基本的には歯の健康を維持することが目的で、いわゆる歯周病の治療と同じです。
小児用入れ歯は乳歯が抜け落ちた場合に装着します。見た目の改善という目的もありますが、発音やものを食べるためのいろいろな機能を獲得して成長していくときに、歯がないことでうまく獲得できなくなるのを避けるためです。HPPなどの病気が原因で歯が抜け落ちた場合、入れ歯は保険適用で製作することができます。
小児用入れ歯は大人用の入れ歯と違って小さいため、違和感が少ないといわれています。見栄えがよくなることもあり、喜んで装着してくれる子どももいます。大人と違って顎の骨の成長を妨げないように配慮しなければならないため、ブリッジなどの固定式の修復物を装着することはできません。また、成長とともに入れ歯自体が合わなくなってくるため、適宜作り替えが必要です。
HPP患者さんが病気とうまく付き合っていくには、まず自分の状態を知ることが大切です。外出時や家で過ごすときに自分の体はどの程度のことができて何ができないのか、具体的に把握しておきましょう。うまくできないことがあったり疲れを感じたりしたら、無理をせずに体を守ることを心がけてください。
歯科症状があるHPP患者さんは、通常よりも歯周病になりやすいため、歯の周りや口の中に汚れがたまらないようにすることが重要です。子どもの場合、歯周病菌は養育者からうつることがあるので、周りの大人の口の中もきれいにしておく必要があります。
乳歯に問題があっても、そのうち永久歯に生え替わるのだから、永久歯から口腔ケアを頑張ればよいと考える方もいます。しかし、乳歯には噛むことや話すことなど口の重要な機能に関係していますし、永久歯が生えるための場所取りをする役目もあります。そのため、乳幼児の時期から気を付ける必要があります。
重症型の患者さんの中には歯の症状が重い方もおり、歯自体が形成されにくいことで、生えてきたときにはすでにう蝕のような状態である人も少なくありません。そのため、う蝕が重症化しないようにするための対処が必要です。
いずれにしても、乳幼児期の歯の管理は極めて重要ですので、お近くの小児歯科専門医(日本小児歯科学会認定)を探していただき、定期的に受診を続けていくことが大切です。当院では、少なくとも3~4か月に1回は定期健診を受けていただくようお伝えしています。
アスホターゼ アルファを用いた酵素補充療法は、低ホスファターゼ症の患者さんの根本療法として確立されていますが、現時点では歯や顎骨への影響は明確になっていません。
また、最近は歯周病治療のための再生歯科医療などが確立されてきており、1度失われたセメント質や歯槽骨を戻すなどの治療ができるようになってきました。HPPの患者さんの歯の接着状態を改善するために、もしかするとこの方法が使えるかもしれません。
そこで、遺伝子の変異を持ったマウスを用いて、アスホターゼ アルファやFGF(線維芽細胞増殖因子*)を投与し歯への効果を検証するなどの研究を進めています。資金集めは2020年1月から4月にかけてクラウドファンディングを行い、400名以上の方に支援いただき目標金額の5倍以上の研究資金が集まりました。そのほか、HPPの遺伝子療法の研究をしている方にも研究データを互いに共有するなどして協力いただきながら、歯科領域の根本治療の開発につなげていきたいと日々努力しています。
*線維芽細胞増殖因子:細胞に作用し成長を促すタンパク質のこと。
HPPの患者さんは歯並びが悪くなりやすいことも分かってきたため、矯正治療の開発も進めたいと考えています。HPPの患者さんは顎の骨が弱いことも想定されるため、通常の矯正歯科で用いられる矯正器具を装着すると、器具の力が強すぎて顎の骨や歯に問題が起こることがあるのではないかと考えています。これを防ぐために、小児歯科領域と矯正歯科領域の協力のもと、HPPに合った矯正治療法の開発を進めています。
実はまだ、成人型HPPの患者さんを診療できる体制が整っていません。当院でも、成人型HPPの患者さんを小児歯科で診ています。成人型HPPにおいて歯科領域の受け皿がないのは、歯周病ではないのにHPPに起因して歯ぐきが弱い方がいることなどが、これまであまり意識されていなかったからです。
子どものころにスクリーニングをする体制が整えば、将来的には小児の段階でHPPと診断できるようになると考えています。しかし、現時点でまだ診断がついていない成人型HPPの患者さんも多くいらっしゃるので、その方々を見つけて適切な治療を行う必要があります。そのため最近は日本歯周病学会などとタッグを組み、全国の歯科医師に成人型HPPを啓発していく取り組みを進めています。
アスホターゼ アルファを用いた酵素補充療法は、2015年に世界に先駆けて日本で開始されました。そのため、HPPの治療は日本がフロントランナーです。最近になって、日本の歯科領域では重症型と軽症型があることが意識され、いわゆる重症型の頻度を念頭に置いた全国で年間数人しか患者さんがおられないという意識はなくなってきました。実際に、ここ数年で軽症型の患者さんが多く見つけられているため、歯科領域での根本療法を目指した新しい臨床研究の実施も可能になってきています。これらの状況を踏まえて、歯科医と小児科医が連携し、HPPの治療に臨む体制も全国的にできてきています。
HPPは遺伝性疾患なので子どもに遺伝する可能性がありますが、変異した遺伝子を持っていることが分かっていれば早期に診断がつきますし、日本には根本治療薬があるため治療につなげることもできます。現在の歯科領域では対症療法のみが行われていますが、根本治療の開発を日々頑張っていますので、明るい未来を思いながら生活していただきたいです。
大阪大学大学院 歯学研究科 教授、大阪大学歯学部附属病院 小児歯科 科長
大阪大学大学院 歯学研究科 教授、大阪大学歯学部附属病院 小児歯科 科長
日本小児歯科学会 小児歯科専門医・小児歯科専門医指導医
1996年より大阪大学歯学部附属病院で小児歯科医としてキャリアをスタート。2002年に「口腔細菌の引き起こす感染性心内膜炎に関する研究」で博士(歯学)を取得。2014年に大阪大学大学院歯学研究科教授、大阪大学歯学部附属病院小児歯科科長に就任。日本小児歯科学会認定小児歯科専門医として、あらゆる小児や障がい児の歯科治療に従事。特に、心疾患と骨系統疾患の小児に対する歯科治療を得意としている。日本小児歯科学会認定指導医として、日本小児歯科学会認定小児歯科専門医の養成にも精力的に取り組んでいる。
仲野 和彦 先生の所属医療機関
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