2型糖尿病の治療には、主に薬物療法、食事療法、運動療法があり、薬の種類もさまざまです。治療法の選択にあたっては、効果や副作用を考慮することが重要なのはもちろん、患者さん自身の納得感も大切なポイントになります。糖尿病の治療に尽力されている東大和病院 副院長/糖尿病センター長の犬飼 浩一先生は「患者さん自身が治療法について納得し、無理なく取り組めることが何より大切」とおっしゃいます。
今回は犬飼先生に 2型糖尿病の特徴や、治療法を検討する際に重視されていること、そして患者さんに心がけてほしいことなどについてお話を伺いました。
糖尿病は主に1型糖尿病と2型糖尿病に分けられ、それぞれ原因が異なります。今回は、糖尿病の多くを占める2型糖尿病について詳しくご紹介します。
私たちの血糖値は、膵臓で分泌されるインスリンというホルモンによって適切な状態にコントロールされています。2型糖尿病は、インスリンの分泌量が足りなくなったり、効きが悪くなったりして、血糖値をうまくコントロールできなくなり発症する病気です。
インスリンの分泌量が足りなくなる要因としては、加齢や遺伝によるインスリン分泌能力の低下が挙げられます。なお、日本人は一般的にインスリン分泌能力が弱いとされています。
インスリンの効きが悪くなる背景にあるのは肥満です。肥満には、主に遺伝的要因と環境要因(運動習慣がない、食べる量が多いなど)が関与していることが分かっています。
2型糖尿病は、肥満の割合が高い男性に多い傾向があります。また、近年は社会の高齢化に伴って高齢の糖尿病患者さんが増えているのも特徴です。これは日本人全体の寿命が延びたことで、糖尿病になる可能性が高まったためと考えられます。国内の糖尿病患者さんの3分の2が65歳以上、3分の1が75歳以上というデータもあります。
また、わが国では21世紀に入って“健康日本21”という国民健康づくり運動が始まり、糖尿病などの治療を徹底し、健康寿命を延ばそうという取り組みが行われてきました。その成果の表れとして、糖尿病患者さんの寿命が延び、糖尿病でない方の寿命に近づいているともいえるでしょう。高齢の患者さんは、今後も増加していくことが予想されます。
なお、高齢の方の治療には若い患者さんとは異なる側面があります。たとえば、一般的に若い方では食事療法(食事制限)が重視されます。一方、高齢の方では多くの場合、食べる量を制限するというよりは必要な栄養をしっかり取ってもらうための食事指導が重要になってきます。筋肉をつくるたんぱく質、脱水予防につながるミネラルなどを十分摂取するようアドバイスしています。
2型糖尿病の治療は、糖尿病でない方と同等の寿命とQOL(生活の質)を目指して行います。
治療法には、主に薬物療法、食事療法、運動療法があります。薬物療法では血糖値を下げる飲み薬に9つの系統があり、インスリン製剤にもさまざまな種類があります。これらを組み合わせていくため、糖尿病の治療法は患者さんに合わせて星の数ほどあるといっても過言ではありません。
近年2型糖尿病の薬物療法は、大きく進歩しました。
特に若い患者さんの治療で難しいのが、食欲をいかに抑えるかです。GLP-1受容体作動薬*によって肥満がある患者さんの食欲をコントロールしながら血糖値を下げられるようになったのは、近年の大きなトピックの1つだと思います。
また、2014年に登場したSGLT2阻害薬**も多くの症例で選択される薬です。糖尿病に合併する心不全や腎症を含めた予後改善に効果が期待できる薬で、糖尿病治療を大きく進歩させたといえるでしょう。
* GLP-1受容体作動薬:インスリンの分泌を促すインクレチンというホルモンと同じはたらきをする薬。
** SGLT2阻害薬:腎臓での糖再吸収を抑制し、尿から糖を排出させて血糖値を下げる薬。
治療法を検討する際には、多くの選択肢の中から一人ひとりに適した方法を見極めることが大切です。まずは体重を減らしながら治療していかなければならないのか、それとも体重を現状維持あるいは増やしてもよいのかを考慮して治療の方向性を決めていきます。
体重を減らしながら治療したい場合にはSGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬を中心とした治療を選択します。一方、体重を現状維持または増やしながら治療したい場合には、グリニド薬(速効型インスリン分泌促進薬)*やSU薬(スルホニル尿素薬)**、DPP-4阻害薬***といったインスリンの分泌を助ける薬が中心になります。また、ビグアナイド薬****のメトホルミン塩酸塩はどちらにも使える薬です。
なお、SGLT2阻害薬については頻尿、尿路感染症、脱水といった副作用のほか、長期的にはサルコペニア(加齢などによる筋力や身体機能の低下)も懸念されます。そのため、得られる効果とリスクの兼ね合いを考慮しながら慎重に検討する必要があると考えています。
高齢の患者さんなどは、ご家族の協力が必要な場合もあるでしょう。ご家族に服薬確認をお願いする場合には、在宅されている確率が高い朝1回の内服薬や1週間に1回の注射薬など、負担を抑えながらサポートを続けていただける治療を選択することが大切です。
*グリニド薬(速効型インスリン分泌促進薬):膵臓のβ細胞(インスリンを出す細胞)を刺激してインスリンの分泌を促す薬。
** SU薬(スルホニル尿素薬):膵臓のβ細胞を刺激してインスリンの分泌を促す薬。グリニド薬とは効果が現れるまでの時間や作用時間に違いがある。
*** DPP-4阻害薬:インスリンの分泌を促すインクレチンを分解するDPP-4という酵素のはたらきを抑える薬。
****ビグアナイド薬:主に肝臓からの糖の放出量を抑えることで血糖値の上昇を防ぐ薬。
特に若い患者さんで体重を減らしていきたい方には、炭水化物を取りすぎないようアドバイスしています。ご飯の大盛やおかわり、ご飯と麺類などの重複摂取、炭水化物中心の間食は控えたほうがよいでしょう。一方、高齢の方など体重を増やして筋肉をつけたほうがよい患者さんは、肉、魚、卵、牛乳、大豆食品などからたんぱく質をしっかり取る必要があります。
高齢の患者さんには、1日20分でも30分でもウォーキングなどで体を動かす時間をつくるようアドバイスしています。一方、若い患者さんは仕事や家事で忙しい方が多く、運動の時間を確保するのは難しいかもしれませんので、通勤や趣味、買い物など日常生活の中に運動をうまく取り入れるのがおすすめです。
糖尿病の治療では患者さん自身が治療法について納得し、無理なく取り組めることが何より大切です。たとえば、生活スタイルや性格によっては1日に複数回の注射や服薬を継続するのが難しい方もいます。そのような場合には1日1回の注射や服薬で済む治療法を選択するなど、確実に続けていただけるよう工夫する必要があります。より高い効果が期待できる治療法があったとしても、継続が難しければその方には向いていないと判断しているのです。
診察では、薬をしっかり飲めているか確認するようにしています。日数分の薬を飲み切れていればよいのですが、残薬があるようなら今の治療法が続けづらく、その方に適していない可能性があるからです。また、薬が残っていると予定どおり受診されない方もいます。予約日に来院されているか、薬が残っていないかというのは、その方にとって適した治療ができているかどうか判断するための1つのバロメーターといえるでしょう。
一人ひとりに適した治療法を見出すには試行錯誤がつきものです。当院では、選択した治療法を半年ほど続けて経過を観察し、患者さんの納得感とともに薬の効果、副作用をみていきます。そのうえで薬を変更したほうがよいと判断すれば、治療の見直しを検討しています。
糖尿病の患者さんに対しては、定期受診の際に血糖値だけでなくコレステロール値や血圧を調べたり、尿検査をしたりして全身状態を総合的に観察しています。そのため、糖尿病の治療を続けることがほかの病気の予防や発見につながる可能性があり、“一病息災”ともいえるでしょう。
しかしながら、がんを発見するには、たとえば肺がんなら胸部X線検査など別の検査が必要です。そのため、がん検診は必ず受けていただきたいと思います。もしもがんが見つかり治療が必要となった場合、血糖値が高いとがんの手術に影響を及ぼしますし、がん治療に使う薬の中には血糖値を上げる副作用が懸念されるものもあります。がんの早期発見はもちろん、糖尿病の治療をスムーズに進めるためにもがん検診は欠かせないものなのです。
当院では、がんに限らず糖尿病治療中に別の病気が見つかった場合には、他科と連携しながら治療を進めていきます。
糖尿病の患者さんの定期受診で行う血液検査の項目の1つに、ヘモグロビンA1cがあります。これは全ヘモグロビンに対する糖化ヘモグロビン(ブドウ糖が結合したヘモグロビン)の割合を表すもので、1~2か月前の血糖値を反映しています。
ヘモグロビンA1cの数値が悪くなったりよくなったりした際には、自己分析をされるとよいと思います。なぜ数値が変動したのか考えながらご自身の体調や行動を振り返るなかで、その後の治療に有用な情報が得られる可能性もあるからです。思い当たる原因について医師に率直に伝え、数値が悪くならないための対策を一緒に考えていくことが重要です。
患者さんが高齢であるといった理由で、ご家族に服薬の確認や注射などをお願いするケースもあります。治療を確実に続けていくため、このようなサポートが必要な場合にはぜひご協力ください。当院では、ご家族の生活スタイルに合わせて無理なくサポートいただけるよう考慮しながら服薬や注射の回数、時間帯などを検討しています。
私は以前から、新薬が出たときには積極的に使って効果や特徴を確認し、周囲の医師と情報を共有するように努めてきました。よりよい治療をより多くの患者さんに広めていきたいという思いがあるからです。
また、治療を開始したら定期的に経過を観察し、必要に応じて治療法を見直すことが重要です。血糖値の上昇がみられインスリン注射による治療を開始した方でも、その後血糖値が改善し、ご自身の膵臓からのインスリン分泌がよくなるケースがあります。そうなればインスリン注射は不要となり、飲み薬だけで状態が改善する可能性も出てきます。
私の臨床の経験からお話しすると、糖尿病の治療に携わっている医師の皆さんには、しっかり経過を観察していけばインスリン注射から離脱できる症例も少なくないことを知っておいていただきたいと思います。
糖尿病の疑いがある方は、迷わず医療機関を受診して適切な治療を開始してください。ヘモグロビン A1cの数値が低く症状が軽い段階なら、食事療法や運動療法で改善を目指せる可能性もあります。
すでに治療を開始している患者さんの中には、受診するたびに食事について注意を受け、苦しい思いをしているという方も多くいらっしゃるでしょう。しかし、食事指導でお伝えしているのは、糖尿病の改善のための食事は健康長寿のために理想的な食事ということです。ご自身の健康を長く維持するため、よりよい食事法を教えてもらっているのだと認識いただければと思います。
また、納得できないまま治療を続けているもののいつまでもよくならないと感じている方、この薬を使い続けていてよいのかと不安に思っている方もいるかもしれません。しかし、自暴自棄になって自己判断で服薬や通院を止めるのは避けるべきです。治療法は1つではありませんから、セカンドオピニオンを求めて別の病院を受診されるのもよいと思います。その方に合った治療を選択できるかどうかは、どうしても医師の経験やスキルが影響する部分があります。ご自身にとってよりふさわしい治療を見つけるために、友人、知人からよい評判を聞いた医療機関を受診してみることも1つの方法だと思います。
東大和病院 副院長/糖尿病センター長
犬飼 浩一 先生の所属医療機関
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