膝の安定性を保つ前十字靱帯が、緩んだり断裂したりすることを「前十字靱帯損傷」といいます。受傷直後は痛みで動けなくなることがほとんどですが、時間が経つにつれて症状が改善するため、通院を中断してしまう方も少なくありません。また、損傷の程度によっては診断が難しい場合もあり、前十字靱帯損傷が見逃されてしまうケースもあります。
今回は前十字靱帯損傷が起こる原因や症状、診断方法などについて、戸塚共立第2病院 整形外科統括診療部長であり、スポーツ整形外科を専門とする鈴木 英一先生にお話を伺いました。
これらのうち「前十字靱帯」は、脛骨(すねの骨)が前方向にずれることを防いだり、膝のねじれを制御したりするなど、膝の安定性を保つうえで重要な役割を担っています。
この前十字靱帯が緩んだり、一部または完全に断裂したりすることを「前十字靱帯損傷」と呼びます。
前十字靱帯損傷は、スピードの緩急があるスポーツで起こることが多く、典型例としては以下のようなスポーツが挙げられます。
など
前十字靱帯損傷は、ダッシュをしているときに急な方向転換をしたり、ジャンプから着地の際に捻ったりしたときに起こりやすいです。
また、これらの動作に伴い、上の写真のように膝を内側に捻る「外反・外旋」の肢位をとったときに、前十字靱帯損傷が起きてしまうケースが多々あります。
そのほか、他人と接触して膝に直接的に衝撃が加わることで受傷することもあります。
前十字靱帯損傷が起きるようなシーンでは、近接したほかの組織にも大きなストレスが加わります。すると、前十字靱帯だけでなく、それらも同時に損傷する「複合損傷」が起こることがあります。
主な複合損傷としては、前十字靱帯と半月板の複合損傷が挙げられます。また、この複合損傷に加えて内側側副靱帯も損傷してしまうこともあり、「unhappy triad(アンハッピー トライアド):不幸の三徴候」と呼ばれています。
そのほか、頻度としては少ないですが、後十字靱帯を損傷することもあります。
前十字靱帯損傷が起きた直後は、激しい痛みで動けなくなることが多く、その際、「ぶちっ」という鈍い断裂音(ポッピング音)が聞こえることもあります。
受傷後は、膝関節内血腫が約70%に生じます。そのため、受傷直後に動くことができていた方であっても、時間が経つにつれて痛みや腫れが強くなり、だんだんと動くことができなくなってきます。
ただし、損傷の程度によっては、出血が起こらないこともあります。このような場合には、検査をしても診断がつきづらく、前十字靱帯損傷が見逃されてしまうケースも少なくありません。
受傷から約2〜3週間が経過すると、膝関節内に溜まっていた血液が自然と体内に吸収されていくにつれて、痛みや腫れが治まってきます。歩くことも可能となり、日常生活に支障がない程度にまで改善することも多いとされます。
しかし、症状が改善したからといって、前十字靱帯損傷が治ったわけではありません。前十字靱帯は関節内に浮いた状態であるため、血液が供給されづらく、生体自身の力で修復することは困難です。そのため、一度損傷した前十字靱帯は、手術で新しく作り直さない限り治ることは難しいといわれています。
しかし、日常生活に大きな支障がないために通院を自己中断してしまい、治療をせずに放置してしまう患者さんもいらっしゃいます。
前十字靱帯損傷を放置してしまうとどのようなことが起こるのでしょうか。次章で詳しくお話しします。
冒頭でもお話ししたとおり、前十字靱帯は膝の安定性を保つために非常に重要な役割を担っています。そのため、前十字靱帯を損傷したまま放置しておくと、膝の緩みが残った状態になります。
具体的には、膝崩れといって頻回に膝が「がくっ」と崩れ落ちたり、膝があらゆる方向にねじれやすくなったりします。特にスポーツ選手では、これらの症状によって本来のパフォーマンスを発揮できないことが多くなります。
なかには前十字靱帯が完全に断裂した状態でもパフォーマンスを維持できる選手もいますが、この後お話しする関節軟骨や半月板に合併症が起こる危険性があるため、スポーツ復帰を望む場合には、原則手術治療を行います。
前十字靱帯損傷によって膝が安定しない状態が続くと、クッションの役割をしている半月板(模型の透明部分)や、関節軟骨(模型の水色部分)に繰り返しの負荷がかかってしまいます。その結果、半月板損傷が生じたり、関節軟骨の損傷による変形性膝関節症が生じたりします。
これらの合併症を防ぐためにも、前十字靱帯損傷と診断された場合には前十字靱帯を再建する手術を行う必要があります。
前十字靱帯損傷が疑われる場合には、まず医師による徒手検査を行います。
主な徒手検査には「ラックマンテスト」があります。ラックマンテストは、大腿部(太もも)を押さえた状態で下腿(ふくらはぎ)を前方に引き出して、靭帯による制動を確認する方法です。前方に引き出し、前十字靱帯の緩みが確認されたら、前十字靱帯損傷が強く疑われます。
ラックマンテストは、痛みで膝に力が入ってしまっている場合や、体格がしっかりしていて膝の構造が大きな方の場合には、診断が難しいことがあります。正しい診断を行うためには、経験の蓄積が求められる検査といえます。
前十字靱帯損傷が疑われる場合に必ず行うべき検査は、MRI検査です。MRI検査では、前十字靱帯が損傷している様子を映し出すことができます。同時に、半月板や内側側副靱帯などが損傷していないかも確認します。
前十字靱帯を損傷した際に起こる骨挫傷の有無を確認することもMRI検査の重要なポイントです。
また、前十字靱帯を損傷すると、多くの場合関節内で出血が起こります。MRI検査では、関節内血腫(関節内に血液が溜まること)の有無を確認することもできます。
検査における注意点は、通常の単純レントゲン検査では前十字靱帯損傷を確定診断することが難しいということです。患者さんのなかには、レントゲン検査のみを行った結果、捻挫と診断されて、前十字靱帯損傷が見逃されてしまう方も少なくありません。
レントゲンでは靱帯を映し出すことができないため、受傷機転や症状から前十字靱帯損傷が強く疑われる場合には、MRI検査を受けることが大切です。ただし、レントゲン検査の中でもストレス撮影*は有用な場合があります。
*ストレス撮影:徒手や器具で膝に圧力をかけ、骨のずれを生じさせた状態で行うレントゲン検査。
前十字靱帯損傷と診断された場合には、傷んだ靱帯を再建する手術治療を行います。
特にスポーツ復帰への意欲がある方や、膝崩れや痛みなどの症状がある方の場合には、スポーツにおけるパフォーマンスを元に戻したり、関節軟骨や半月板の損傷を防いだりするために、原則手術治療を行います。
年齢などの問題や微細な損傷で手術適応でない場合は保存療法を行います。手術前の期間には、手術後のリハビリテーションが円滑に行えるよう、理学療法士の指導のもと、関節可動域訓練や筋力訓練、不良動作の修正などを行います。
※手術方法に関する詳細は『記事2』で、リハビリテーションに関する詳細は『記事3』をご覧ください。
当院では、骨端線閉鎖前の成長期にある子どもは、基本的に手術適応としていません。理由は、手術を行うことで成長軟骨板*を傷つけてしまい骨の成長に支障をきたすリスクがあるためです。
病院によっては、成長軟骨を傷つけないような特殊な方法で手術を行う病院もあります。しかし、当院ではリスクを回避するために、成長が終了するまでは保存療法を行い、成長が終了した段階で手術を行うようにしています。
*成長軟骨板:成長期の骨の両端にあり、長軸の成長(身長が伸びること)に必要な軟骨。レントゲン検査で白い線のように写ることから骨端線とも呼ばれる。
中・高齢者は、手術や術後リハビリテーションなどによる身体的負担が大きいことから、手術を行わない場合があります。ただし、運動を継続していきたいという希望がある患者さんに対しては、個々の肉体的年齢、活動性、全身状態などを考慮したうえで手術を行います。
前十字靱帯損傷を予防するためには、以下のようなトレーニングや心がけを行うようにしましょう。
前十字靱帯損傷を予防するためには、下肢の筋力トレーニングは必須です。特に太ももの前の筋肉(大腿四頭筋)と太ももの裏側の筋肉(ハムストリングス)を強化します。
また筋力を測定するために、筋力測定器を使用して、筋出力の状態や左右の筋力差を測定することで、今後の筋力トレーニングの計画を立てることも大切です。なお、術後スポーツに復帰するためには、健常側と受傷側の筋力比が約90%となることを目指します。
前十字靱帯損傷は、膝を内側に捻る「外反」の肢位をとったときに受傷することが多いとされます。そのため、スポーツ中に外反の肢位になりやすい方は、この肢位を防ぐために、膝の動揺性を防ぐ「神経筋トレーニング」を行います。
前十字靱帯損傷後や手術後は、膝関節周囲の固有感覚受容器(メカノレセプター)が鈍くなるため、膝関節の動揺性が強くなることがあります。また、受傷前からの膝の動揺性が原因で前十字靱帯損傷を受傷する可能性もあります。
膝関節は股関節や足関節に挟まれているため、それぞれの関節の影響を受けやすく、膝周囲の筋力を補強するだけでは、不十分とされています。受傷しづらい動きを身につけるためには、足関節・膝関節・股関節を連動させながら行う神経筋トレーニングが有効とされており、前十字靱帯損傷などのけがを予防するために重要とされています。
神経筋トレーニングとしては、片足で立った姿勢を維持したり、不安定板を使用して片足でバランスを崩さずに着地をしたりするトレーニングが効果的です。
※術後のリハビリテーションについては『記事3』をご覧ください。
スポーツ中は、どうしても積極的な接触プレーが求められることもありますが、前十字靱帯損傷を防ぐという点からは、不要な接触を回避できるような余裕を持ったプレーを心がけることも予防法の1つです。サッカーでたとえると、ボールをキープしたときに、周りの動きをしっかりと見る癖をつけて接触プレーを避けることなどです。
引き続き、『記事2』では、前十字靱帯損傷の手術治療について解説します。
鈴木先生に無料で相談
戸塚共立第2病院 整形外科 統括診療部長、Jリーグ 湘南ベルマーレ チーフチームドクター
こんなお悩みありませんか?
「前十字靱帯損傷」を登録すると、新着の情報をお知らせします
本ページにおける情報は、医師本人の申告に基づいて掲載しております。内容については弊社においても可能な限り配慮しておりますが、最新の情報については公開情報等をご確認いただき、またご自身でお問い合わせいただきますようお願いします。
なお、弊社はいかなる場合にも、掲載された情報の誤り、不正確等にもとづく損害に対して責任を負わないものとします。
「受診について相談する」とは?
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。