前十字靱帯損傷とは、膝の前十字靱帯が緩んだり、断裂したりする外傷です。前十字靱帯損傷を放置すると膝が安定性を失い、スポーツにおけるパフォーマンスが低下するだけでなく、関節軟骨や半月板の損傷を招く恐れがあるため、原則手術治療を行います。
今回は戸塚共立第2病院 整形外科統括診療部長であり、スポーツ整形外科を専門とする鈴木 英一先生にお話を伺いました。
※前十字靱帯損傷の原因、症状、診断方法などについては『記事1』をご覧ください。
前十字靱帯損傷と診断された場合には、「関節鏡下前十字靱帯再建術」という手術治療を行います。
関節鏡下前十字靱帯再建術とは、患者さん自身の腱を使用して傷んだ靱帯の代わりとなる移植腱を作成し、それを前十字靱帯がもともとあった場所に作り直す手術です。関節鏡*を用いることで、手術創を小さくできたり、関節内の半月板や軟骨、靱帯などを拡大視したりすることが可能です。
*関節鏡:関節内を観察するためのカメラ
それでは、関節鏡下前十字靱帯再建術の具体的な方法と手順について解説します。
関節鏡下前十字靱帯再建術には、1本の膝屈筋腱で前十字靱帯を再建する「一重束再建術」と2本の膝屈筋腱で前十字靱帯を再建する「解剖学的二重束再建術」があります。日本で広く行われている方法は「解剖学的二重束再建術」で、当院でもこの方法で手術を行っています。そのほか、最近は骨付き膝蓋腱を用いた長方形骨孔再建術も実施しています。
上の写真のように、前十字靱帯はもともとテープ状となっており、捻れた状態で大腿骨(太ももの骨)と脛骨(すねの骨)に付着しています。再建術も、2本の屈筋腱を交差させて捻るように固定したり、膝蓋腱の形状特性を生かして固定したりすることで、本来の前十字靱帯の構造により近づけることができます。
当院では主に、ハムストリングス(太ももの裏側の筋肉)にある「半腱様筋腱」を使って2本の靱帯で再建する解剖学的二重束再建術を行っています。
また最近では、症例により膝蓋腱を用いて長方形の骨孔を作り、前十字靱帯の機能を再現しようとする「膝蓋腱による長方形骨孔一束再建術」も行っています。
手術では、まず膝の内側下あたりを3〜4cmほど切開して、そこから移植腱の材料となる半腱様筋腱(あるいは薄筋腱も採取する場合もある)を採取します。
腱の採取が完了したら、これらの腱を用いて移植腱を作成します。同時に、膝の下に開けた切開創から、脛骨と大腿骨に「骨孔」と呼ばれるトンネルを掘ります。この骨孔関節内開口部が移植腱の付着部となります。
移植腱と骨孔が完成したら、脛骨から大腿骨の骨孔に向けて移植腱を挿入していきます。このとき、移植腱の近位先端にはエンドボタンと呼ばれる金具がついています。また移植腱の遠位は、引っ張ることができるよう強い糸で縛ります。大腿骨の骨孔を通過したあとにエンドボタンを引っくり返すことで、移植腱が骨孔に固定される仕組みです。大腿骨の骨孔にエンドボタンが引っかかったら、移植腱を脛骨骨孔開口部(関節外)から適度の張力をかけて引っ張り、チタン製の固定具で固定します。
このような方法を用いることで、膝下からのアプローチだけで手術を行うことが可能です。
当院では、膝下の切開創とは別に、大腿部(太もも)外側を小さく切開して大腿骨の骨孔を作っています。大腿骨側からアプローチし、骨孔の位置決めの自由度を上げるためです。
前十字靱帯損傷と半月板損傷を合併している場合には、靱帯再建術と同時に半月板に対しても手術を行います。
手術では、可能な限り半月板を残して縫合する治療を行います。膝関節のクッションの役割をしている半月板がなくなると、関節軟骨に大きな負担がかかってしまい、関節軟骨の劣化が進んでしまうためです。
しかし、損傷の程度によっては半月板を切除しなくてはいけない場合もあります。
また、半月板は縫合しても組織が生着しないこともあるため、再手術となる可能性があります。そのため、プロスポーツ選手などで休業期間が限られているような場合には再手術による休業を回避するために、半月板が縫合できる場合でも、選手とよく相談のうえでやむを得ず半月板を切除することもあります。
しかし、先述したとおり半月板はできるだけ温存することが理想的です。そのため、半月板縫合が第一選択の治療ではありますが、患者さんを取り巻く状況などを総合的に判断して治療方針を検討する必要があります。
関節鏡下前十字靱帯再建術の術後には、以下のような合併症が起こることがあります。
術後は一時的に、手術創の周りがしびれたり、感覚が鈍くなったりする神経症状が現れることがあります。これらの症状は、通常であれば数日程度で治まります*。
*症状の持続期間と程度には個人差があります。
術後の痛みによって筋肉を動かさない状態が続くと、筋力が低下する恐れがあります。また、膝を伸ばすと痛みが生じるため、膝を伸ばしにくくなる可動域制限が起こる場合があります。
そのため、術後しっかりとしたリハビリテーションを行うことで、これらの症状の予防と改善に努めます。
手術創が細菌などに感染することがあります。感染を未然に防ぐために、当院では手術翌日まで抗生物質を予防投与しています。
術後、下肢の深部静脈に血栓ができて血管がつまる深部静脈血栓症を起こすことがあります。血栓が血流に乗って肺へ飛ぶと、肺動脈につまる肺塞栓症を起こす危険性があります。肺塞栓症を起こすと命に関わる恐れがあるため、深部静脈血栓症を認めた場合には早急に血栓を溶かす薬剤を投与します。
また、深部静脈血栓症を未然に防ぐためには、術中・術後にフットポンプを使用(間欠的空気圧迫法)したり、術後は弾性ストッキングを着用したりして、早期から足を動かしてもらっています。
術後の再断裂についてはさまざまな報告がありますが、1〜20%の確率で再断裂が起こる可能性があります。
また、再断裂のリスクが高まるのは若年者かつ約半数が復帰後3か月以内、また術後1年以内が半数弱との報告もあり、リスクの指導や段階的な指導が大切です。
そのため、再断裂を防ぐためには、手術から10か月以上経過してからスポーツへ復帰することを推奨していますが、実際は選手の状況に応じて8〜10か月前後で復帰しています。
私はスポーツ整形外科医として、「選手ができるだけ早く競技に復帰できるように、正しい診断と早期治療を行うこと」をポリシーとして診療にあたっています。
このような思いでスポーツ障害・外傷の診療を行う理由には、私自身のスポーツ選手としてのつらい経験があります。
私は、小学生から大学を卒業するまでずっとサッカーをしていましたが、高校生の頃、プレー中に大腿直筋不全断裂という大けがを負ってしまいました。当時は、スポーツ整形外科という分野が発展していなかったためよい治療を受けることができず、高校時代の半分以上はプレーに参加することができなかったのです。
この経験をきっかけに、「スポーツに医師として関わりたい」と思い、スポーツ整形外科医の道へと進みました。
最初は全身のあらゆるスポーツ障害・外傷の診療から始まり、徐々に現在の専門である膝と足関節に特化していきました。スポーツ選手の診療を行った経験は、病院での日常診療にも生かされています。
スポーツ選手などの診療経験を通して学んだことは、復帰に向けたモチベーションを維持するためにも、患者さんが話しやすい風通しのよい環境を作るということがとても重要だということです。
術後のリハビリテーションでは、患者さん自身の思ったとおりにリハビリテーションが進まないこともあります。厳しい状況であっても、復帰のためにはモチベーションを保ちながら、一緒にけがを乗り越えていくことが大切です。
スポーツ整形外科医の役割は診断や治療だけではなく、スポーツ復帰を目指す患者さんの精神的な支えとなることだと考えています。決して悲観的にならずに、復帰に向けたリハビリテーションを行っていただきたいと思います。
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戸塚共立第2病院 整形外科 統括診療部長、Jリーグ 湘南ベルマーレ チーフチームドクター
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