近年、肺がんの手術は、がんを残さず取りきるだけでなく、“機能を残し、傷を小さくする”低侵襲なアプローチへと大きく変化しています。山梨県立中央病院では、たった1つの傷口で行う“単孔式VATS”や、2か所の傷で精緻な操作を可能にする“DRATS”を柱に、早期回復と痛みの少ない手術を実践しています。さらに、安全性の高い手技を全国へ広め、次世代へとつなぐための取り組みも積極的に行われています。今回は、同院 肺がん・呼吸器病センター 統括部長である後藤 太一郎先生に、肺がん手術の進歩と、同院における取り組みについてお話を伺いました。
肺がんの手術において基本となるのは、安全性(出血や合併症を防ぐこと)と根治性(がんを残さず取りきること)の両立です。
近年の肺がん手術では、これらを大前提としたうえで、肺の組織をできる限り残す“機能温存”と、患者さんの体への負担を減らす“低侵襲性”を重視したアプローチが広がっています。
まず、肺を切除する範囲においては、できる限り正常な組織を残す“機能温存”の考え方が定着しつつあります。
肺は右が3つ(上葉・中葉・下葉)、左が2つ(上葉・下葉)の大きなブロック(肺葉)に分かれており、それぞれの肺葉はさらに2~5つの“区域”という細かな区画に分かれています。従来の手術では、がんが存在する肺葉全体を切除する肺葉切除が標準とされていました。
しかし近年は、CT検査の普及により小さながんが早期に発見される機会が増加しています。これに加え、がんのある区域のみを切除する“区域切除”の有効性や安全性が証明され、切除範囲を最小限に抑える手術が広く行われるようになりました。
正常な肺組織をできるだけ多く残すことで呼吸機能を保ち、術後の息切れを抑えて、生活の質(QOL)の維持につなげます。さらに、万が一将来別の部位に肺がんが発生したり、新たな肺の病気になったりした場合でも、次の治療を受けられるだけの呼吸機能を残しておけるという点も大きなメリットです。
肺がんの手術というと、胸を大きく開く大がかりなものをイメージされる方も多いのではないでしょうか。たしかに、かつては20~25cm程度の切開が必要で、肋骨の切断が必要なケースもありました。術後の痛みも強く、退院までに1〜2週間を要するのが一般的でした。しかし近年は、体への傷を小さく・少なく抑える“低侵襲手術”が登場したことで、早期回復が見込めるようになっています。
現在では、傷口が1つで済む“単孔式(Uniportal)手術”や、緻密な操作が可能な“ロボット支援下手術”など、体にやさしい術式が開発されています。これにより、従来の開胸手術に比べて術後の痛みを軽減することが可能です。また、洗練された技術によって手術自体も1〜2時間程度で終了するため、全身麻酔による体への負担を抑えることにも直結します。
その結果、術後の回復がスムーズになり、手術の翌日には歩行や食事を開始できるケースが増えています。順調に回復されれば、術後4日程度で退院に至る患者さんもいらっしゃるほどです。身体的・精神的な負担を和らげ、早期の社会復帰を目指せる点でも、患者さんにやさしい治療アプローチといえます。
前述のとおり、低侵襲手術の中でも、傷を少なくするというアプローチを突き詰めたのが、“単孔式VATS(単孔式胸腔鏡下手術:Uniportal VATS)”です。当院では2024年から本格的に導入し、現在では呼吸器外科手術の多くをこの術式で行っています。
単孔式VATSは、腋の下を3~4cm程度切開し、その1か所の孔から高精細な胸腔鏡(カメラ)と手術用の器具(鉗子など)を同時に挿入して手術の全工程を完結させる方法です。
従来の胸腔鏡手術では、3~4か所の孔を開け、それぞれ異なる角度からカメラや器具を入れて操作するのが一般的でした。これに対し、単孔式では「たった1つの狭い開口部」の中にカメラと複数の器具を通さなければなりません。狭い開口部で器具同士が干渉しやすく、視野を確保しながら正確に手術を行うには、熟練した繊細な手技が求められます。
アジアやヨーロッパでは主流となっているアプローチですが、国内で本格的に導入している医療機関はまだ限られているのが現状です。
単孔式VATSと並んで、当院が低侵襲手術の柱として取り組んでいるのが、DRATS(二孔式ロボット支援手術:Dual-portal RATS)です。これは、単孔式手術のノウハウとロボット手術を組み合わせて国内で開発された術式です。
従来のロボット支援手術は、胸に5か所ほどの孔(ポート)を開けてアームを挿入する方法が一般的でした。これに対しDRATSでは、腋の部分に小さな傷口2か所(約3.5cmと約1.8cm)のみで手術を行います。傷の数を減らすことで、従来のロボット手術以上に体への負担や術後の痛みを抑えることが可能です。
一方で、3次元の高精細な視野や手ぶれ補正、人間の手以上に細かく曲がる関節アームといったロボット手術ならではのメリットはそのまま活かされます。
なお、DRATSは肺がんの手術はもちろんのこと、縦隔腫瘍(左右の肺に挟まれた縦隔という狭い空間にできる腫瘍)の切除においても非常に有用です。複雑で狭い領域であっても、2つの小さな傷口からロボットアームを操作することで、周辺の重要な血管や神経へのダメージを最小限に抑え、精緻なアプローチで安全性高く腫瘍を取り除くことができます。
当院では、単孔式VATSやDRATSといった低侵襲手術の精度を高め、より安全で質の高い医療へ発展させるため、血管処理の手法(Pulley-Assisted Ligature Technique)など、新たな手技の考案や学会発表にも取り組んでいます。
また、医療器具やトレーニング機器の開発にも取り組んできました。試行錯誤を重ねながら手技の検証や精度向上に向けた試みを続けた結果、現在では単孔式VATS専用の器具、若手医師が日常的にトレーニングを行える手術練習機(ドライラボ)が正式に製品化されています。
当院で培ってきた手術の手技やノウハウを院内にとどめることなく、広く地域の先生方や次世代を担う若手医師へ普及させる活動にも力を入れています。
私個人としては、手技のポイントなどをまとめた手術教育用の映像を制作してWeb上で公開しており、これまで約20本の動画を配信してきました。主に若手医師に向けた内容で、多くの反響をいただいています。さらに、全国各地での講演や手術指導、施設見学の受け入れなどを通じ、積極的な技術支援を行っています。
“傷口が小さく痛みの少ない手術”の恩恵をより多くの患者さんが受けられるよう、次世代を担う若手医師への技術継承と発信に今後も取り組んでまいります。
地方独立行政法人山梨県立病院機構 山梨県立中央病院 肺がん・呼吸器病センター センター長
地方独立行政法人山梨県立病院機構 山梨県立中央病院 肺がん・呼吸器病センター センター長
日本外科学会 外科専門医・指導医日本呼吸器外科学会 呼吸器外科専門医・評議員日本呼吸器内視鏡学会 気管支鏡専門医・気管支鏡指導医日本がん治療認定医機構 がん治療認定医肺がんCT検診認定機構 肺がんCT検診認定医師日本移植学会 移植認定医日本肺癌学会 評議員・タバコ対策委員
1997年より呼吸器外科医師としてキャリアをはじめる。2011~2014年の期間、慶應義塾大学医学部呼吸器外科で講師を務めていたが、山梨県の呼吸器外科診療、および肺がんの遺伝子研究に興味を抱き、2014年4月より現職に就いた。年間約320件(2025年4月~2026年3月)の呼吸器外科手術全症例の執刀を行いつつ、夜間休日を利用して肺がんの遺伝子研究も行い、臨床・研究ともに日本の医療業界に貢献している。慶應義塾大学外科客員准教授を兼務、そのほか海外JournalのEditorも多数務めている。
後藤 太一郎 先生の所属医療機関
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