概要
腸チフスは、サルモネラ属菌に属するチフス菌(Salmonella typhi)に感染することで、全身にさまざまな症状を引き起こす病気です。腸チフスは発熱に始まり、頭痛や倦怠感、下痢などの症状が4病週(段階)に分かれて現れることが特徴で、重症の場合には意識障害などを引き起こすケースも珍しくありません。チフスという言葉は、感染すると高熱により意識がもうろうとした状態(混迷状態)になることから、“ぼんやりした、煙がかかった”ことを意味するギリシャ語(typhos)に由来するといわれています。
チフス菌はヒトにしか保有されず、ヒトのみに腸チフスを引き起こします。患者や保菌者(無症状でありながら感染している状態)の便・尿に汚染された飲食物や手指などを介して感染します。腸チフスは世界で年間2,690万人がかかっており、特に南アジア、東南アジア、また中南米、アフリカなど衛生水準の高くない開発途上国を中心に流行しています。日本では、主に流行地への渡航者を中心に感染者がみられますが、2013〜2014年には東京都内の飲食店での感染が発生するなど海外渡航歴のない感染例も報告されています。
腸チフスは1~2週間の潜伏期間中に腸粘膜上皮下リンパ節や腸間膜リンパ節、さらに体内で菌を貪食した細胞(マクロファージ)内でチフス菌が増殖して発症します。しかし、はっきりした症状が現れないケースもあり、胆汁をためておく胆嚢という臓器に菌が残り、保菌者になることもあります。なお、腸チフスは2007年の改正感染症法により3類感染症に定められており、診断した医師は症状の有無にかかわらず直ちに最寄りの保健所へ届け出る義務があります。
腸チフスの治療には抗菌薬を使用しますが、5~10%程度の割合で再発することが知られています。
原因
腸チフスは、患者や保菌者の便や尿に汚染された食べ物や飲み物、手指を介してチフス菌が口から体内に入り、感染することによって引き起こされます。腸チフスが流行している国への渡航で感染することが多いものの、輸入された長期保存食品(冷凍食品など)がチフス菌に汚染されていた場合なども感染源となり得ます。
症状
チフス菌が体内に入ると、通常1~2週間の潜伏期間を経て症状が現れます。症状は経過とともに、4つの病週(段階)で変化するとされています。
第1病週
潜伏期を経て、チフス菌がリンパ管を通って血液中に入ると40℃前後の高熱が出て、下痢や便秘の症状が現れます。第1病週末に腸チフスの“3徴”とも呼ばれる以下の症状がみられますが、3徴全てが現れることはまれとされています。
- バラ疹(胸腹部に現れるピンク色の皮疹)
- 脾腫(脾臓が腫れること)
- 比較的徐脈(高熱のわりに脈が速くない)
第2病週
40℃前後の熱が続き(停留熱)、混迷状態となったり、チフス顔貌といわれる無欲状顔貌(表情に乏しい状態)や難聴などの神経症状が現れたりします。
第3病週
熱の上がり下がりを繰り返します(弛張熱)。
第4病週
解熱して回復します。第4病週に至るまでには4週間程度かかります。
重症例では第2~3病週に腸から出血したり(腸出血)、腸に穴が開いたりする(腸穿孔)ケースもあります。
検査・診断
海外への渡航後しばらくしてから高熱が続いた場合は腸チフスが疑われ、渡航先での腸チフスの流行状況や感染が疑われる時期と潜伏期間などについて問診・診察が行われます。それらの情報や症状から腸チフスの可能性があるときには、培養検査や血液検査が行われます。
培養検査は採取した検体から菌を増殖させ、病気の原因となる菌を調べる検査です。血液、尿、便、胆汁などにチフス菌の存在を確認できれば、確定診断に至ります。
発症後1週間は血液中、第2病週以降は尿・便からの検出率が比較的高いといわれています。しかし、これらの培養検査は検出率が高くないため、複数回培養検査を行ったり、骨髄の一部を採取して培養検査を行ったりするケースもあります。近年、特に南アジアや東南アジアで耐性菌*が増加したため、培養検査の際に検出された菌で薬剤(抗菌薬)に対する感受性を確認する必要があります。
なお、血液検査では白血球や血小板、好酸球などを確認します。特徴的な所見としては、白血球・血小板は正常〜低値で、かつ好酸球の減少がみられることです。
*従来の抗菌薬が効きにくいタイプに変化した菌
治療
腸チフスの治療では、抗菌薬の内服や点滴静注が行われます。以前よりニューキノロン系(レボフロキサシン水和物)が頻用されていましたが、現在では耐性菌の出現・増加により、第3世代セファロスポリン系抗菌薬(セフトリアキソンナトリウム水和物)やアジスロマイシン水和物などが使用されることもあります。
なお、特に胆石を持つ保菌者は、無症候性であっても胆嚢内に菌を保菌し、便中に排菌することで感染源となる可能性があるため、治療が必要です。
予防
腸チフスは経口感染するため、排泄後や、料理・食事の前などに十分な手洗いを行うことが予防につながります。
特に腸チフスが流行している地域に渡航する際には以下の点に注意しましょう。
- 食べ物は十分に加熱する
- 肉は常に低温で保存し、中心部まで加熱する(75℃で1分間以上)
- 生水や安全な水からつくられていない氷は控え、ボトル入りのミネラルウォーターや煮沸した水を選ぶ
- 生野菜やフルーツは丁寧に洗う
- 生肉や卵を扱った手指や調理器具はその都度洗浄・消毒する
また、他人への感染を防ぐために、患者はできるだけ浴槽につからずシャワー浴とし、他人と一緒の入浴は避ける必要があります。
なお、チフス菌に対するワクチンには弱毒生ワクチン(4回経口接種)と不活化ワクチン(1回筋肉注射)がありますが、日本では未承認のため一般的な医療機関では接種できません(2024年6月現在)。しかし、南アジアをはじめとする流行地への渡航予定がある場合は渡航前の予防接種が推奨されることもあり、国内未承認の輸入ワクチンを取り扱うトラベルクリニックなどの医療機関での接種を検討しましょう。ただし、予防効果はワクチン接種者の60~70%ほどに留まり、100%の予防効果があるわけではありません。また、一度接種すると2~3年間効果があるとされていますが、腸チフスに似たパラチフスには効果が見込めません。
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