概要
パラチフスとは、腸内細菌科サルモネラ属に属するパラチフスA菌 (Salmonella paratyphi A)という細菌に感染することで、高熱や皮疹、意識障害など全身にさまざまな症状を呈する病気です。
腸チフスとともにチフス性疾患や腸熱 (enteric fever)とも呼ばれています。発症機序や症状は腸チフスと大きく変わりませんが、症状は腸チフスよりやや軽症といわれています。
チフスという言葉は、高熱により意識が朦朧とした状態(混迷状態)になることから、“ぼんやりした、煙がかかった”ことを意味するギリシャ語のtyphosに由来します。
パラチフスの名前がつく細菌には、A菌のほかにパラチフスB菌、パラチフスC菌が存在しますが、パラチフスA菌に感染した場合のみパラチフスと診断されます。パラチフスB菌やパラチフスC菌、そのほかSalmonella Enteritidis、Salmonella Typhimuriumなどのサルモネラ菌による感染症は、サルモネラ感染症として扱われます。
パラチフスA菌はヒトにしか保有されず、ヒトのみにパラチフスを引き起こします。経口感染によりパラチフスA菌が体内に入ると、腸管粘膜上皮から侵入し、貪食されたマクロファージという細胞内で増殖しながら、腸間膜リンパ節などから血液に入って発症します。
パラチフスは世界中で年間1,100~2,100万人ほどが感染しているといわれています。南アジアや東南アジア、中南米を中心とした衛生水準が高くない地域で蔓延しているといわれているため、旅行の際は注意が必要です。日本では年間30~60人程度と報告されており、ほとんどが海外での感染例と考えられています。
パラチフスは、感染症法上3類感染症に指定されています。パラチフス患者や保菌者(病原体を保有していても症状が現れない場合)と診断された場合、パラチフスにより死亡したと判断された場合は、直ちに最寄りの保健所への届出が必要です。
原因
パラチフスは、パラチフスA菌に感染した人や保菌者の便や尿に汚染された飲食物、手指を介して口から体内に入り、感染することで発症します。
胆石のある人が感染すると胆嚢内保菌者となり、症状が現れていなくても便からパラチフスA菌が排出され、感染源となることがあります。
症状
パラチフスA菌に感染すると1~2週間ほどの潜伏期間の後、パラチフスを発症します。症状は経過とともに4つの病週(段階)で変化するとされています。
第1週
第1週はチフス菌がリンパ管を通って血液中に入ると階段状に39℃前後の高熱が出て、下痢や便秘の症状が現れます。
第1週末に“3徴”とも呼ばれる以下の症状がみられますが、3徴全てが現れることはまれです。
- バラ疹(胸や腹部に現れるピンク色の皮疹)
- 肝脾腫(肝臓や脾臓が腫れること)
- 比較的徐脈(高熱のわりに脈が速くない)
第2週
第2週は40℃台の熱が続き(稽留熱)、混迷状態となったりチフス顔貌といわれる無欲状顔貌(表情に乏しい状態)や難聴などの神経症状が現れたりします。
第3週
第3週は熱の上がり下がりを繰り返し(弛張熱)、腸に穴が開く腸穿孔や腸出血を起こすこともあります。
第4週
第4週は解熱して回復します。
ただし、発熱以外に3徴などの特徴的な症状や経過がみられず、腸チフス、マラリア、デング熱、A型肝炎、ツツガムシ病、チクングニア熱などの他の感染症との見分けが難しいこともあります。
検査・診断
症状や経過からパラチフスの可能性があるときには、培養検査や血液検査が行われます。
培養検査は採取した検体から菌を増殖させ、病気の原因となる菌を調べる検査です。採取した血液、尿、便、胆汁などにパラチフス菌の存在を確認できれば、確定診断に至ります。
発症後1週間は血液中、第2病週以降は尿・便からの検出率が比較的高いといわれています。しかし、これらの培養検査は全体に検出率が高くないため、複数回培養検査を行ったり、骨髄の一部を採取して培養検査を行ったりするケースもあります。
近年、特に南アジアや東南アジアで従来使用されていた抗菌薬が効きにくいタイプに変化した菌(耐性菌)が増加したため、培養検査の際に検出された菌で抗菌薬に対する感受性を確認する必要があります。
血液検査では白血球数は病初期に増加、極期(第2病週)に減少し、好酸球数の減少、AST・ALT・LDH値の上昇がみられることがあります。
治療
パラチフスの治療では、抗菌薬の内服や点滴静注が行われます。これまでニューキノロン系抗菌薬(レボフロキサシン水和物)が頻用されていましたが、現在は耐性菌の出現・増加により、第3世代セファロスポリン系抗菌薬(セフトリアキソンナトリウム水和物)やアジスロマイシン水和物などが使用されることもあります。
また、胆石を持つ保菌者は胆嚢内の菌を便中に排菌することで感染源となる可能性があるため、治療が必要です。
予防
パラチフスは経口感染するため、料理・食事の前などに十分な手洗いを行うことが予防につながります。
特にパラチフスが流行している地域に渡航する際には以下の点に注意しましょう。
- 食べ物は十分に加熱する。
- 肉は常に低温で保存し、中心部まで加熱する(75℃で1分間以上)。
- 生水や安全な水からつくられていない氷は控え、ボトル入りのミネラルウォーターや一度沸騰させた水を選ぶ。
- 生野菜やフルーツは丁寧に洗い、カットフルーツは避ける。
- 生肉や卵を扱った手指や調理器具はその都度洗浄、消毒する。
また、他人への感染を防ぐために、患者はできるだけ浴槽に浸からずシャワー浴とし、他人と一緒の入浴は避けましょう。
なお、パラチフスに対するワクチンは現在流通していません。
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