人の頭は頚椎という複数の骨によって支えられています。頚椎症性脊髄症とは、加齢に伴い首の骨が変形することで頚椎の中にある脊髄が圧迫され、手や足にさまざまな症状が現れる病気です。進行すると日常生活に支障が出るような重い障害をきたすことがあるため、初期症状を自覚した段階で病院を受診することが重要になります。頚椎症性脊髄症では具体的にどういった症状がみられるのでしょうか。また、どのような治療法があるのでしょうか。頚椎症性脊髄症の原因・症状・治療について、藤田医科大学 整形外科講座 教授の藤田 順之先生にお話しいただきました。
頚椎症性脊髄症とは、加齢によって椎間板(椎体と椎体をつなぐ組織)などの組織が傷んで後方に突出したり、骨のトゲ(骨棘)ができたりすることによって、頚椎(首の骨)の変形が起こり、脊柱管(脊髄の通り道となる管)が狭くなって脊髄が圧迫されることで、両手のしびれ、筋力の低下、歩きづらさといった症状が出る病気です。
また、頚椎症性脊髄症は一般的に50歳代以降に多くみられる病気です。ただし昨今の日本は超高齢社会を迎え、実際に治療を受ける患者さんの年齢層も高くなってきているのが現状です。高齢になればなるほど頚椎症性脊髄症の発症リスクは高まりますので、患者さんの数は増える一方です。
椎体と椎体をつなぐ椎間板や、椎間関節にある軟骨といった組織には血管や血液がありませんので、一度これらの組織が傷を負ってしまった場合は、修復することができません。
これらの組織は日々の生活の中で常に使われており、年齢とともに傷みやすくなってきます。しかし、組織が傷んできても修復することができないので、年々ダメージが蓄積していき、それによって、変性や変形が起こりやすい状態になっていくと考えられています。
頚椎症性脊髄症は、以下の3つの因子によって脊髄が圧迫されることで発症し、症状が出現すると考えられます。
頚椎症性脊髄症は、加齢に伴い形成される骨棘や椎間板の膨隆といった組織の変形が原因となり、黄色靱帯の肥厚も加わることで脊柱管が狭くなり発症します。この骨棘や変形した椎間板、肥厚した黄色靱帯を静的圧迫因子といいます。生まれつき脊柱管が狭い方もいらっしゃり、そのような方はこの病気が発症しやすくなっています。
椎間板などの変形に伴い、靱帯が弛緩したり、椎体がすべったりすることによって頚椎に不安定性が生じることがあります。この不安定性があると、首を前や後ろに動かすことによって、脊柱管が狭くなり、脊髄が圧迫されやすくなります。このような頚椎の不安定性を動的圧迫因子といいます。また、頚椎の一部の動きが悪くなることによって、その上部にある頚椎がその動きを補おうとして、正常範囲を超えて動くようになり不安定になることもあります。
脊髄や神経には血流が通っていますが、脊髄が圧迫されると脊髄の血流障害が起こりやすくなることが知られており、これらを循環障害因子といいます。
初期にもっとも多くみられるのは手のしびれです。進行すると、箸を使う、文字を書く、ボタンをかけるなどの細かい動作がぎこちなくなってくる“巧緻運動障害”がみられます。また、四肢の感覚障害や筋力低下が起こったり、このほか“痙性歩行”といって、歩きにくくなったり転びやすくなったりといった下肢の症状がみられることも特徴です。
さらに病気が進行し重篤になると、頻尿・尿漏れ・残尿感などの排尿障害などが起こる可能性があります。
初期症状である手のしびれや痛みは、頚椎症性脊髄症以外の病気では肘や手首の病気でも起こり得ます。ただ、今起こっている手のしびれや痛みが頚椎症性脊髄症からきているのかどうかを患者さんが自己判断することは難しいと思います。その症状がどこから来ているのかを判断するためにも、手のしびれが続いていたら「しびれくらいで」などと思わず、早めに整形外科を受診してください。
病気の可能性を探るためにいろいろな質問をさせていただきます。私の場合、診察時に「どの部分がしびれていますか」「箸を持つことはできますか」「字を書くことができますか」「服のボタンはかけられますか」「キーボードを打てますか」「力は入りますか」「階段を手すりなしで降りられますか」などの質問を行い、どの領域にしびれが現れているか、巧緻運動障害による症状が出ているか、歩行の障害が生じていないか、などを推測します。
頚椎症性脊髄症では筋力低下がみられることがあるため、筋力テストを行い、特定の部位の筋力が低下していないかどうかをチェックします。さらに、反射や知覚に異常をきたしていないかを調べるための触覚検査、痛覚検査、反射テストなども行います。反射については、上肢では上腕二頭筋腱、上腕三頭筋腱、腕橈骨筋腱、下肢では膝蓋腱、アキレス腱などの反射機能を一通りチェックします。また、頚椎症性脊髄症の患者さんでは、病的反射と言って、正常では認められないような反射が出るようになることがあり、主に患者さんの指などで調べます。診察室で実際に歩行をしていただき、痙性歩行の有無も確認します。
問診や診察の後はX線検査を行い、脊柱管の狭窄の程度、頚椎の変形の程度や不安定性などを調べます。ただし、X線検査では脊髄や椎間板の状態そのものを見ることができないので、頚椎症性脊髄症の確定診断のためには次に述べるMRIが必要です。
MRIは頚椎症性脊髄症の確定診断に必須となる検査で、主に椎間板や脊髄の状態を確認します。頚椎症性脊髄症の患者さんでは、脊髄が圧迫されて細く変形した状態の画像が映し出されたり、脊髄が傷んでいたりする様子が認められます。
頚椎症性脊髄症とは異なりますが、同じように脊髄を圧迫する病気で靱帯骨化症という病気があり、その靱帯骨化があるかどうかを見るのに有用です。また、頚椎の手術を行う場合、実際の手術をどのように進めるか計画を立てる目的で術前にCTは必ず確認します。
両手にしびれが出てきた軽症の患者さんや、痛みがひどくて速やかに症状を和らげたいという方に対して、まずは保存療法が適応となります。
保存療法のメリットは患者さんの体に比較的負担がかからないことです。
デメリットとしては、保存療法はあくまで対症療法であるため、これらの治療を続けていても根治には至りません。また、脊髄圧迫が生じた状態のまま保存療法で様子を見ていると手術のタイミングが遅れてしまいます。その間に脊髄自体が不可逆的に変化し、手術をしても症状が回復しない可能性もあります。このため、やみくもに保存療法を続けることは望ましくないと考えます。
装具療法とは主に頚椎の不安定性を伴う軽症の患者さんに適応される治療で、簡易型の頚椎カラーなどを装着して首をある程度固定することによって痛みやしびれなどの症状を和らげることを目的としています。
痛みやしびれが強く現れている患者さんには薬物療法を行います。神経障害性疼痛といって、神経由来の痛みやしびれに対する治療薬などを内服してもらい、不快な症状の軽減を目指します。
このほか、牽引療法と呼ばれる保存療法もありますが、当院では行っていません。
手術の適応は施設によって異なりますが、当院の場合、手先が不器用になってきて箸が使いにくくなってきた、歩きづらくなってきたなどの症状がみられ、明らかに日常生活動作(ADL)が制限されている患者さんには手術を検討します。
手術における最大の目的は、病気の進行を防ぐことではありますが、もちろん症状の改善も大きく期待できます。病気の経過がそれほど長くない患者さんや、症状もそれほど重篤でない患者さんほど、症状は改善しやすい傾向にあります。適切な手術のタイミングを考えるためにも、やはり早期段階で受診することが望ましいと考えます。
頚椎症性脊髄症に対する手術の術式は主に、椎弓形成術といわれる後方除圧術、インプラントなどを用いる後方除圧固定術、首の前からアプローチする前方除圧固定術の3種類があります。以下にそれぞれの術式の特徴を説明します。
椎弓形成術は、首の後ろからアプローチして、狭くなっている脊髄の通り道を後ろから広げる手術です。3つの術式の中でも比較的侵襲性が低い方法といえます。また、複数か所にわたり頚椎が狭くなっている場合には、椎弓形成術は適しています。
ただし椎弓形成術では頚椎の固定を行わないため、もし頚椎の不安定性などがある場合には、先ほど述べた動的圧迫因子が残りますし、後弯変形のように悪くなった頚椎の並びを矯正することはできません。これらのことから、術前の状態によっては手術後も症状が残存してしまう可能性があります。また、脊柱管を拡大して圧力を後方(背中側)に逃がす方法なので、頚椎が前方から圧迫されている場合も症状が取れないことがあります。
椎弓形成術には主に“片開き式”と“両開き式”という2種類の方法があります。
片開き式では後ろからアプローチして椎弓に到達したら、左右いずれかの片側から骨を削って蝶つがいのように開き、椎弓を拡大させ圧迫を解除します。そして削った骨の代わりにプレートなどを植え込み、拡大させた椎弓を安定化させます。この方法は骨を削る箇所が両開き式よりも少なくシンプルな手技となります。
両開き式では、椎弓の真ん中の棘突起という部分を縦に切開すると共に、両側を削って溝を作ります。その溝を蝶つがいにして、椎弓を観音開きのように広げ脊柱管を拡大します。空いた空間は人工骨などで固定します。
どちらの方法を用いるかは施設によって異なりますが、私の場合は片開き式による椎弓形成術を行っています。最近では片開き式椎弓形成術のためのチタン製の固定器具なども多く使われています。また、当院では、できる限り頚椎の筋肉を温存して神経の圧迫を取り除く“選択的椎弓形成術”という術式も取り入れており、術後の痛みが起こらないように細心の注意を払いながら手術を行っています。
後方除圧固定術は、先ほど述べた椎弓形成術に加え、不安定性が強くなっている頚椎や、後弯変形のような並びの悪い頚椎に対して、後ろから金属製のスクリューなどでしっかりと固定するという方法です。頚椎の並びをよくしたり、安定性を高めたりすることが期待できますが、除圧のみを行う椎弓形成術よりも侵襲性やリスクなどが高くなります。
前方除圧固定術では、首の前方からアプローチし、脊髄の圧迫要因となっている椎間板や骨のトゲ(骨棘)を削り、圧迫を取り除きます。その後、削った椎間板にインプラントまたは患者さんご自身の骨を移植し、頚椎を固定します。
この術式は、明らかに前方から脊髄が圧迫を受けている患者さんにはよい手術ですが、複数か所の頚椎が圧迫されている患者さんにはあまり適していないと考えられています。
椎弓形成術・後方除圧固定術といった後方から手術を行う後方法では、椎弓を削るために後方の筋肉がダメージを受けやすく、それによって、手術後に軸性疼痛(頚部や肩周辺の痛み)や肩こりなどが生じやすくなると考えられています。
術後に、一時的に肩や腕が挙がらなくなる場合があります。なお、この合併症は一時的なものであり、大きな問題がない限りは時間の経過とともに軽快します。
首の手術を行うと、歩けなくなったりして車いすが必要になるのではないかと心配される患者さんがよくいらっしゃいます。もちろんリスクのない手術はありませんが、上で述べたような手術方法においては成績も安定しておりますので、あまり心配しすぎないことも大事です。
術前の容体や手術方法によって経過は異なるため一概にはいえませんが、椎弓形成術の場合、術後1週間以内に退院される方が多くなります。手術後はどのような体勢を取っていただいても構いませんし、基本的には首の装具も使わないことが多いです。ただし、固定術を行った場合は頚椎カラーなどを一定期間装着して様子を見ることもあります。
手術の翌日から歩行訓練のリハビリを開始します。巧緻運動障害によって手先が不器用になっている方は作業療法士のサポートのもとで特定の手作業を練習し、細かい動作のリハビリを行います。また、術後に肩が上がらないなどの合併症が出た場合は、その合併症に対するリハビリも併せて実施します。
当院の場合、リハビリテーション科と協力して入院中のリハビリを行いますが、術後の回復の程度や症状の改善度合いによってはリハビリ目的で転院するケースや、通院リハビリを行っている提携病院をご紹介してそちらに通っていただいたりするケースもあります。
日常生活で特に注意していただきたいポイントは“手術前の転倒”です。
頚椎症性脊髄症では下肢に痙性歩行の症状が現れるため、転びやすい状態になっています。手術前で脊髄が圧迫されている状態が取れていない患者さんが転倒し、首に大きな衝撃が加わると、脊髄がさらに強く圧迫されて急激に症状が悪化してしまいます。最悪の場合は脊髄損傷から四肢の麻痺に至る可能性もあるので、術前は特に転倒しないよう注意してください。
術後については、基本的に日常生活の制限はありません。手術後は定期的に通院していただき、主治医と相談しながら仕事などへの復帰のタイミングを検討していきます。もちろん、術後も転倒には注意が必要です。
頚椎症性脊髄症の初期症状は手のしびれから始まることが多いので、手のしびれを自覚したら放置せずに近隣の整形外科を受診してください。頚椎症性脊髄症の診断後、保存療法を受けるか、手術を受けるかは患者さんの希望や状態にもよります。検査の結果を見ながら主治医と話し合って決めていきましょう。
この病気でもっとも避けなければならないのは治療が遅れることです。治療が遅くなると、たとえ手術をしても症状が改善されなくなる可能性もあります。「首の手術は怖い」というイメージを抱いている方も多いと思いますが、近年では手術方法や手術器材も進歩を遂げ、以前よりも短時間で安全に手術を行えるようになってきました。ですから、もし脊椎の専門医があなたに手術をおすすめする場合は、怖がらずに手術を受けることを前向きに検討してもよいと思います。
早めに受診し、治療を怖がらない。これらの心がけが、頚椎症性脊髄症の治療においては大切です。
藤田医科大学 整形外科学講座 教授
藤田医科大学 整形外科学講座 教授
日本整形外科学会 代議員日本脊椎脊髄病学会 評議員日本運動器科学会 評議員日本軟骨代謝学会 評議員最小侵襲脊椎治療(MIST)学会 理事日本側彎症学会 会員日本腰痛学会 会員日本脊髄障害医学会 会員日本骨代謝学会 会員日本結合組織学会 会員Orthopaedic Research Society(ORS) 会員International Society for the Study of the Lumbar Spine 会員Asia Pacific Spine Society 会員
2000年より整形外科医師としてキャリアをはじめる。2010年には米国Thomas Jefferson大学整形外科留学。帰国後、慶應義塾大学整形外科スタッフとして脊椎診療に従事し、2019年に藤田医科大学整形外科学講座教授就任。現在は、脊椎疾患を中心とした外来診療や手術治療などの臨床だけでなく、超高齢社会における運動器、特に脊椎疾患の臨床研究および基礎研究にも力を注ぐ。日本整形外科学会代議員。
藤田 順之 先生の所属医療機関
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