鰓耳腎症候群(さいじじんしょうこうぐん)は難聴や耳、鰓性器官(さいせいきかん)の異常、腎臓病を伴う稀少疾患です。遺伝子異常が原因で起こり、常染色体優性遺伝としてお子さんにも遺伝する可能性があります。
近年は早期診断・早期治療そして遺伝カウンセリングなど鰓耳腎症候群の患者さんをサポートする、さまざまな取り組みも行われています。今回は兵庫県立こども病院 臨床遺伝科部長 森貞直哉先生に鰓耳腎症候群の概要や近年の課題・展望についてお話を伺いました。
鰓耳腎症候群(さいじじんしょうこうぐん)は遺伝子異常が原因で起こる疾患です。特徴的なのは1つの遺伝子異常が耳、腎臓、鰓性器官*(さいせいきかん)というそれぞれ離れた3つの臓器に症状を引き起こすところです。
海外ではbranchio-oto-renal症候群と呼ばれているため、これを略しBOR症候群と呼ばれることもあります。わが国では2015年に指定難病に登録された際、現在の名称が正式名称として使われるようになりました。
鰓性器官…甲状腺・胸腺・上皮小体など内分泌器官を含む喉から耳にかけての部位
鰓耳腎症候群の患者数は2009年の全国調査で統計学的に250名程度と推測されました。しかし見逃されることも多い疾患であるため、実際にはもっと多いのではないかともいわれています。
鰓耳腎症候群は遺伝子による疾患なので、男女比は1:1で性差はありません。また、赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいる胎児期にはすでに発症しています。
しかし、疾患が発覚する年齢は疾患の重症度によってもさまざまで、子どものうちに発覚する方もいれば、大人になってから明らかになる方もいます。
鰓耳腎症候群は3つの症状が現れます。
<鰓耳腎症候群の症状>
下記で特徴的な3つの症状について詳しく説明いたします。
難聴には「伝音性難聴」「感音性難聴」「混合性難聴」の3種類がありますが、鰓耳腎症候群では、このうちのどのタイプの難聴にもなり得る可能性があります。また、程度も人によってさまざまですし、全体的に聞こえづらい方もいれば、高音領域だけ、低音領域だけというように特定の帯域だけが聞こえにくい方もいます。
鰓耳腎症候群では、耳や鰓性器官に異常が生じることがあります。大概は一般の方がみても不思議に思わないような軽度のものがほとんどです。耳介の異常のほか、特によく見受けられるのは耳瘻孔(じろうこう)や頸瘻孔(けいろうこう)という、耳や頸部にできる小さな穴です。
しかしごく稀に顔面神経が阻害され、末梢性顔面神経麻痺を伴う方もいらっしゃいます。ただしこの場合もそこまで広範囲の麻痺ではなく、口角が下がる、まぶたが閉じないなど、局所性の麻痺がほとんどです。
鰓耳腎症候群を持つ赤ちゃんは40%前後の確率で腎臓病をもって生まれます。生まれたときから腎臓や尿路に異常がある病態を先天性腎尿路異常(CAKUT:カクート)といいます。鰓耳腎症候群の場合、腎低形成といって生まれつき腎臓のサイズが平均より小さかったり、先天性水腎症といって尿管が太かったり、膀胱尿管逆流といって膀胱から腎臓に尿が逆流してしまったりと、さまざまな症状が見受けられます。
腎臓病の症状にも程度があり、軽度な方はこどもの頃はほとんど異常が見受けられません。しかしごく稀に重症度が高いと、生まれてすぐにポッター症候群という疾患を引き起こし、生後数時間で亡くなってしまうことがあります。
鰓耳腎症候群の特徴として、難聴と耳や鰓性器官の異常は何らかの形でほぼすべての患者さんが罹患しますが、腎臓病は必ずしも起きる症状ではありません。鰓耳腎症候群の患者さんのうち、腎臓に障害がある方は半数にも満たないといわれています。耳や鰓性器官の異常も軽度なものですと気づきにくいので、なかには難聴のみで他の症状がほとんど見受けられないような患者さんもいます。また、症状の度合いは同じ家系内でも個々人によってさまざまです。
鰓耳腎症候群は上記以外の症状が出ることがほとんどなく、遺伝子疾患で懸念されるような知的発達の遅れも見受けられません。そのうえ、それぞれの症状にもばらつきがあるため、発見が難しいという問題があります。
鰓耳腎症候群は特定されている合併症が少ないのですが、ときに見受けられるのが耳や鰓性器官の異常に伴ってできる耳瘻孔(じろうこう)・頸瘻孔(けいろうこう)に細菌が入ることによって起きる感染です。
耳瘻孔や頸瘻孔が感染を繰り返すようであれば、手術によってそれらを切除することもあります。逆に特に感染がなければどちらも特別目立つものではないため、そのままにしておくことがほとんどです。
鰓耳腎症候群は遺伝子異常が原因で起こる疾患で、常染色体といって男女共通の染色体に存在する遺伝子の異常によって引き起こされます。鰓耳腎症候群は22対ある常染色体のうち、8番目の染色体に存在する遺伝子(EYA1)の異常によって起こることが多いといわれています。
鰓耳腎症候群の原因となる遺伝子で現在わかっているものは下記の4つです。
<鰓耳腎症候群を引き起こすとされる原因遺伝子>
上記4つの原因遺伝子のうち、ほとんどはEYA1が原因にとなり鰓耳腎症候群が起こっています。一方でSIX5は最初の海外での報告以外に報告例がないため、原因遺伝子ではない可能性もあるという見方もあります。
さらに鰓耳腎症候群の患者さんの遺伝子を解析しても、60%の確率で上記4つの原因遺伝子がどれも見当たらないことがあります。そのため、おそらくこの他にも原因遺伝子が複数あるだろうと考えられています。
遺伝子異常は突然起きる場合もあれば、異常のある遺伝子が親から子へ遺伝することもあります。鰓耳腎症候群は遺伝子異常が突然起きることもありますが、常染色体の優性遺伝によって親から子へ遺伝することもあります。
常染色体は2本で1対になっており、父親と母親からそれぞれ一本ずつ引き継がれます。どちらかが鰓耳腎症候群の原因遺伝子を持っていると、この原因遺伝子がお子さんに遺伝する確率は50%です。これを常染色体の優性遺伝といいます。
鰓耳腎症候群は上記の通り親から子へ遺伝する可能性がある疾患ですので、患者さんの心のケアやサポートが必要です。そのため診断がついた患者さんやご家族には遺伝カウンセリングを精力的に行なっています。
遺伝カウンセリングとは、遺伝子などが関係する疾患・体質を持つ方やそのご家族の話を伺い、医療情報を提供したり、心理的・社会的なサポートを行ったりする医療サービスです。
鰓耳腎症候群の場合、症状が出るのは耳や腎臓のみですので、適切な対処をしていれば通常通りの生活が十分に行える可能性が高いです。遺伝カウンセリングで正しい情報を伝え、献身的にサポートすることができます。
鰓耳腎症候群の診断は原則、臨床診断によって行います。難聴や腎臓の機能障害などが認められた場合、耳や鰓性器官の異常を確認し、疑いがある場合には遺伝子検査を行うこともあります。
臨床診断において重要なことは他疾患との鑑別です。鰓耳腎症候群にはアルポート症候群、タウンズブロックス症候群、チャージ症候群など類似の疾患がいくつかあります。特に、タウンズブロックス症候群に関しては、原因遺伝子がSALL1(サルーワン)であり鰓耳腎症候群と同じであるため、臨床症状をよくみてその違いで鑑別しなければなりません。
鰓耳腎症候群は対症療法が治療の基本です。症状や重症度が各個人で異なるため、その方に合った治療方法や対策を講ずる必要があります。
まず難聴に関しては補聴器の装着が基本ですが、感音性難聴であれば人工内耳の埋め込み、伝音性難聴であれば手術によって改善することもあります。特に幼い頃は難聴を放置すると言語習得に影響が出てしまうため、早期発見・早期治療が大切です。
次に耳や鰓性器官の異常ですがこれは先に述べたように、細菌が入ることによる感染が頻発しなければ、美容的にもそこまで目立つものではない場合が多いため、治療する必要はありません。しかし、感染が多く見受けられる場合には手術で耳瘻孔(じろうこう)や頸瘻孔(けいろうこう)を切除してしまうこともあります。
最後に腎臓病に関しては重症度にもよりますが、様子をみるだけで済む方もいれば、若年で透析が必要になってしまう患者さんもいます。さらに成人後に糖尿病などで腎臓にダメージが加わることで、健常な方より早く腎臓が傷んでしまうケースもあるため、定期的な検査が必要です。
上記のように鰓耳腎症候群にはさまざまな重症度の患者さんがいらっしゃるため、通院の頻度もその方によって異なります。症状が難聴だけで補聴器を使えば聞こえる方はほとんど通院する必要もなく、指定難病としても対象外になっています。しかし、歳をとるにつれ腎臓が悪くなる可能性はあるので、定期的に検査を受けることが好ましいでしょう。
鰓耳腎症候群は知名度がまだまだ低く、そのうえ症状別に診療科が別れる疾患です。耳は耳鼻科で、腎臓は小児科や腎臓内科での診療となりますので、耳と腎臓を関連づけてみなければ、見逃されてしまいます。指定難病になったことでまずは医師が「こんな疾患がある」ということを知り、診断の見逃しを少なくしていくことが大切です。
現在厚生労働省研究班のひとつとして行われている「小児腎領域の希少・難治性疾患群の診療・研究体制の確立」では小児腎疾患の診療ガイドラインを作成しています。鰓耳腎症候群もその対象疾患に含まれていますので、啓発活動を行いより多くの医師に知ってもらうことで、早期発見・早期治療に結びつけたいと考えています。
現在国立成育医療研究センターと慶應義塾大学を中心にIRUD(アイラッド)という取り組みが行われています。IRUDとはInitiative on Rare and Undiagnosed Diseasesの略語で、未診断疾患イニシアチブとも呼ばれています。IRUDは原因や診断のわからない患者さんに対し、遺伝子の網羅的解析を行って診断をつけようという取り組みです。神戸大学小児科はIRUDの地域拠点病院を担当しており、兵庫県立こども病院はその協力病院です。
このIRUDなどで鰓耳腎症候群の新しい原因遺伝子が同定できれば、原因遺伝子を発見できていない患者さんの何割かは原因が明らかになるかもしれません。原因遺伝子を突き止めその遺伝形式がわかれば、その患者さんの家系におけるこの先の出生などについても分析することができます。
鰓耳腎症候群は耳と腎臓についてきちんとケアできれば、健常な方と同じように生活を送ることが可能です。しかし、診断が遅れると耳が聞こえずに言語の獲得が遅れてしまったり、腎臓の状態が悪化してしまったりして、生活に支障が生じてしまいます。そのため、早期発見・早期治療が大切です。
兵庫県立こども病院 臨床遺伝科 部長
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