概要
顔面神経麻痺とは、顔面の表情筋(表情を作る筋肉)を支配する顔面神経が麻痺し、顔面の動きが悪くなる病気のことです。通常は片側だけが麻痺し、両側が麻痺することはまれです。
人間の複雑な表情は約20種類ある表情筋によって作られ、各筋肉が個別に動くように指令を送っているのが顔面神経です。顔面神経は脳から出て側頭骨内という耳の後ろの骨の中を通り、耳の下から出てきて枝分かれしながら各表情筋に分布しています。
この顔面神経経路のどこかが障害されると表情筋の動きが悪くなり、まぶたが閉じない、食べ物が口からこぼれ落ちるなどの症状が現れます。
原因
顔面神経麻痺は、障害される部位に応じて大きく中枢性と末梢性に分けられます。脳の一部である脳幹を基準として、それよりも上位の障害によるものが中枢性、下位の障害によるものが末梢性で、それぞれで原因が異なります。
中枢性
中枢性の顔面神経麻痺は、脳梗塞や脳出血といった脳血管障害、生まれつきの病気であるメビウス症候群などによって起こります。ただし、頻度としては1%以下で、ほとんどが末梢性によるものとされています。
末梢性
末梢性の顔面神経麻痺の原因は多岐にわたり、以下のようなものが挙げられます。
- ウイルスによるもの(ベル麻痺、ラムゼイ・ハント症候群)
- 外傷性(交通事故などによる頭部・顔面の損傷、手術による損傷)
- 腫瘍性(小脳橋角部腫瘍、耳下腺腫瘍など)
- 耳炎性(中耳炎など)
- 全身疾患(糖尿病、白血病など)
- 自己免疫疾患(ギラン・バレー症候群など)
これらの中で特に多いのがベル麻痺とラムゼイ・ハント症候群です。ベル麻痺は末梢性顔面神経麻痺の約6割を占め、性別に関係なく40歳代に多いといわれています。多くは単純ヘルペスウイルスが原因と考えられています。一方、ラムゼイ・ハント症候群では水ぼうそうを引き起こす水痘・帯状疱疹ウイルスが原因で、体の免疫が低下しているときに再度増殖し(再活性化)、顔面神経に炎症を起こすことが原因と考えられています。
症状
顔面神経が麻痺すると、片側の表情筋が動かず顔が曲がったような状態になります。まぶたが開かない、食べ物や水が口からこぼれ落ちるなど、麻痺した神経の程度に応じた症状がみられるようになります。
顔面神経の一部は涙腺や味覚、中耳の筋肉(アブミ骨筋)などを支配しているため、顔面神経が麻痺した場合には目が渇く、味がしない、音が響くといった症状が現れることもあります。
そのほか、ラムゼイ・ハント症候群では耳の痛みや口内炎、耳介の帯状疱疹、耳鳴り、難聴、めまいなどの症状を伴うことがあります。
検査・診断
顔面神経麻痺では、神経が障害されている部位の特定や障害の程度、予後を判定するためにさまざまな検査が行われます。
血液検査
血液検査は、糖尿病や白血病などの全身性疾患やウイルスによる顔面神経麻痺を調べるために行われます。ウイルス性麻痺の診断では単純ヘルペスウイルスや水痘・帯状疱疹ウイルスなどの抗体量を測定します。発症時と数週間後の値を比べて診断を確定しますが、確定できない場合も少なくありません。
聴力、味覚、涙分泌検査
麻痺の原因や神経の障害部位、程度の診断するために聴力や味覚、涙分泌の検査を行います。
聴力検査では聞こえの程度(聴力)を調べる以外にも、麻痺の重症度や障害部位の特定などを目的にアブミ骨筋反射検査が行われることもあります。この検査では大きな音を聞かせて、中耳内にあるアブミ骨筋の収縮の程度を調べます。
涙分泌検査は“シルマーテスト”とも呼ばれ、試験紙などを用いて涙の量を計測します。
画像検査
側頭骨や頭部のCT・MRIを行い、外傷や腫瘍の有無を確認します。
筋電図検査
顔面に記録電極を貼り、顔面神経を電気刺激したときの表情筋の収縮反応や表情筋を動かしたときの筋力を記録し、麻痺がある側とない側を比較します。主に予後の診断や回復時期、過程を判定するために行われます。
治療
顔面神経麻痺では、原因に対する治療と病態に対する治療が行われます。発症からの時期によって急性期(発症1か月以内)、亜急性期(発症1か月から約1年まで)、陳旧性(発症約1~1.5年以降)に分けられ、それぞれで麻痺に対する治療が異なります。
急性期の治療
急性期では、ステロイド剤や抗ウイルス薬などによる薬物療法が中心で、必要に応じて外科的に神経の圧迫をとる顔面神経減荷術が行われます。
ウイルスによる顔面神経麻痺は薬物療法によって治癒することが多いですが、高度な外傷や腫瘍による麻痺の場合には自然回復が期待できません。そのため、外科的に顔面神経自体を修復する神経再建術によって改善を図ります。神経再建術では自身の知覚神経や人工神経を使用し、麻痺側の筋肉が動くように縫合や移植を行います。
亜急性期の治療
麻痺の回復促進や後遺症を予防するためにリハビリが行われます。リハビリは表情筋をほぐすマッサージが主体で、患者さんご自身が毎日行うものです。
麻痺が重症で薬物療法やリハビリを行っても1年以上改善がみられない場合は神経再建術による治療が検討されます。
陳旧性麻痺の治療
筋肉は時間とともに衰えて萎縮するため、発症から長期間経っている場合には神経再建術の効果は乏しく、吊り上げ固定や筋肉・筋膜移植による再建が基本となります。たとえば眉毛や垂れ下がっている場合は、眉毛の上の皮膚を切開し、眉毛を挙上させた状態で額にある骨膜に固定します。笑うと顔が曲がってしまう状態では、体の別の部分からとった筋肉や筋膜を麻痺している部分に移植します。
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