インタビュー

顔面神経麻痺の手術と最新治療

顔面神経麻痺の手術と最新治療
村上 信五 先生

名古屋市立大学医学部付属 東部医療センター 特任教授・高次ウイルス感染症センター長

村上 信五 先生

この記事の最終更新は2016年03月01日です。

顔面神経麻痺の治療はステロイドと抗ウイルス薬の投与が基本となりますが、重症例の麻痺を治すためには顔面神経減荷術(がんめんしんけいげんかじゅつ)という手術を行なうこともあります。名古屋市立大学病院診療科部長の村上信五教授に、顔面神経麻痺の手術と最新治療についてお話をうかがいました。

口の中から入ったウイルスは顔面膝神経節(がんめんしつしんけいせつ)に感染して潜んでいます。その後、免疫が低下したり、寒冷やストレスなどの何らかの刺激によってウイルスが再活性化します。このとき神経が炎症を起こし、骨の中で神経が浮腫(むくみ)を起こします。神経が通っている骨の中には狭いところがあり、むくんだ神経が狭い部位で圧迫され、神経絞扼(しんけいこうやく)が起こります。最初はウイルス感染によってミエリンという神経伝達に関わる物質が破壊されます。その後は神経絞扼による圧迫が神経の軸索変性をきたします。

神経絞扼による圧迫を取り除くことを減圧といいます。神経が通っている骨を削り、神経の鞘を切り開いて減圧する手術が顔面神経減荷術(がんめんしんけいげんかじゅつ)です。減荷術を行なった際に顔面神経を注意深く観察してみると、本来は骨の中に入っているはずの神経が腫れて骨からはみ出しヘルニアを起こしていたり、骨が融けて欠損していることがあります。このことから、明らかに神経の浮腫が起こっていたことがわかります。ベル麻痺の30%ぐらいに、明らかに神経ヘルニアまたは骨欠損がみられます。手術した時期によってヘルニアと骨欠損の観察結果を分析すると、発症後早い時期にはヘルニアが多く、遅い時期には骨欠損の頻度が高くなっていることがわかりました。

神経ヘルニアと骨欠損の手術時期別頻度

(図:村上信五先生提供)

このことから、病態としては次のように推測することができます。まず神経に炎症が起こると急性期は骨の薄いところで骨が裂けてヘルニアが起こります。そして1ヶ月ぐらい経つと腫れが引いてきますので、その時期に手術をすると骨欠損だけが残っている状態になるのではないかと考えています。

神経ヘルニアと骨欠損

(写真:村上信五先生提供)

私たちとしては重症化することが早期に予測できれば、麻痺発症から1週間以内に減荷術を行いたいところです。しかし、誘発筋電図による重症度診断も、神経の変性が完了する麻痺発症1週間経以降でなければ正確な評価はできません。この点が非常に悩ましいところです。しかし、だからといって麻痺の症状だけで重症度を診断して手術を行うと、そのうち半数は手術をしなくても治る人であるため(関連記事:「顔面神経麻痺の診断と治療-重症度を評価して対応することの重要性」参照)、手術のover indication(過剰適応)になってしまうというジレンマがあります。

減荷術は適切に行えば重症例の麻痺を改善する効果が期待できる治療法であると考えます。しかしながら、手術の時期・適応・術者の違いによって結果が変わってくるため、有効性を示すデータが十分に揃っているとは言えません。また、血管を損傷して血液の流れが悪くなることがあるため、減圧と血流をよく保つことのどちらを優先するかという問題もあります。

減荷術の際には、神経モニタリングによって術中にどの部分で神経が圧迫・障害されているかを確認しながら行います。減荷直後は反応がない場合でも、除圧後時間が経つと神経が回復して反応が出るようになる症例もあります。

薬物治療には以下の薬剤が用いられます。

  • ウイルス薬:ウイルス感染による神経障害に対してウイルスの増殖を抑える。
  • ステロイド:神経の炎症と浮腫を抑える。
  • ビタミン剤:動物実験ではビタミンB12が神経鞘のミエリンを再生を促進するという結果が得られている。

抗ウイルス薬は単純ヘルペスウイルスや帯状疱疹ウイルスの増殖を抑えるためには有効ですが、ベル麻痺のすべての患者さんに投与する必要はありません。しかしながらこれらを正確に鑑別するのは困難なため、麻痺が比較的強い人に対しては抗ウイルス薬を投与するようにしています。このことは「顔面神経麻痺治療の手引き 2011年版」にも示されています。

ステロイドに関しては、全身投与より効果的で副作用の少ない方法として鼓室内投与を併用しています。これはステロイドを直接、鼓膜の奥にある鼓室に注入する方法です。顔面神経が腫れて神経ヘルニアや骨欠損を来している部分が鼓室なので、鼓室内に直接ステロイドを注入することで、より局所的にステロイドが作用することが期待できます。糖尿病などのためにステロイドの全身投与が好ましくない場合にも有効であると考えます。

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