インタビュー

顔面神経麻痺・ベル麻痺の原因とは?

顔面神経麻痺・ベル麻痺の原因とは?
村上 信五 先生

名古屋市立大学医学部付属 東部医療センター 特任教授・高次ウイルス感染症センター長

村上 信五 先生

この記事の最終更新は2016年02月28日です。

顔面神経麻痺の60%を占めているベル麻痺は原因不明とされています。しかし、そのうちの多くにウイルス感染が関わっていることがわかっています。名古屋市立大学病院診療科部長の村上信五教授は、ベル麻痺のなかに単純ヘルペスウイルスI型が関わっているものがあることを証明されました。顔面神経麻痺の第一人者である村上先生に、その原因についてお話をうかがいました。

顔面神経減荷術(がんめんしんけいげんかじゅつ)といって、骨を削って神経の鞘を切り、神経を露出させて減圧する(むくんだ神経にかかる圧力を取り除く)手術があります。私が愛媛大学に勤務していた頃、その手術の際に神経内の液を取ってPCR法(ポリメラーゼ連鎖反応:DNAを増幅する手法)で解析したところ、約7割から単純ヘルペスウイルスのDNAが出ました。このことは1996年に論文として報告し、ベル麻痺の発症原因としてはもっとも信頼性の高い科学的根拠となっています。

その後、北海道大学の古田康先生が顔面神経麻痺を発症した人の唾液の中から単純ヘルペスウイルスI型を見つけました。もともと単純ヘルペスウイルスは幼少期に口腔内から感染し、顔面神経の膝神経節にある知覚神経細胞に潜伏し、体が弱った時にそこから再活性化します。これはハント症候群の原因である帯状疱疹ウイルスも同様です。

顔面神経の膝神経節にある知覚神経細胞においては、7割から8割の人に単純ヘルペスウイルス帯状疱疹ウイルスが潜伏感染していることがわかっています。なぜそれがわかるかというと、亡くなった人の神経節を取り出し免疫染色して顕微鏡で見るとウイルスの感染した神経細胞が確認できるからです。したがって、麻痺が起こってない人でも7割から8割は顔面神経の膝神経節にウイルスが潜んでいて、それが一部の人で再活性化して起こるのが帯状疱疹ウイルスによるハント症候群であり、単純ヘルペスウイルスによるベル麻痺なのです。

私たちはベル麻痺の60%前後が単純ヘルペスウイルスによるものであろうと推測していますが、唾液は採取する時の条件によって、出たり出なかったりすることがあるため診断が難しい面があります。もっともわかりやすいのは口唇ヘルペスです。口唇ヘルペスが出ていればヘルペスウイルスが再活性化していることはまず間違いありません。

また、後からわかることですが、血液中の単純ヘルペスウイルスの抗体価を検査すると診断できることがあります。もともと単純ヘルペスは体内のさまざまなところに潜伏しているので抗体価が急に上がることは少ないのですが、4倍以上、上昇した人はヘルペスウイルスが再活性化しているとみて間違いないでしょう。

顔面神経麻痺の発症頻度は、ベル麻痺で10万人あたり30人、ハント症候群では5人といわれています。末梢性の顔面神経麻痺のうち約60%がベル麻痺で、15%がハント症候群です。症候性といって顔面麻痺の原因が明らかなものについては、腫瘍や交通事故・転落などの外傷中耳炎、それらが約10%あります。これら以外にギラン・バレーとか自己免疫(疾患)とか白血病脳腫瘍、顔面神経鞘腫聴神経腫瘍など、原因にはさまざまなものがありますが頻度としてはさほど高くありません。

ちなみに、従来はベル麻痺とハント症候群を臨床症状だけで診断していましたが、近年ではハント症候群と同じ帯状疱疹ウイルスの再活性化が原因でありながら、耳介の帯状疱疹や難聴めまいなどハント症候群の症状を欠くために、臨床的にベル麻痺と分類されているものがあることがわかってきました。

聴神経腫瘍の手術やガンマナイフ治療で一時的な麻痺が起こることがあります。聴神経腫瘍の手術を行なった場合は、約半数で一時的に麻痺が発症しますが最終的には90〜95%の人は麻痺がわからないくらいに回復します。ガンマナイフは定位放射線治療のひとつで、ガンマ線の細いビームを集めて照射するものです。この場合も一時的な麻痺が発現し、治る場合と治らない場合があります。しかし頻度は少ないと言っていいでしょう。

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