「便秘は、便が毎日出ないこと」「便が毎日出てさえいれば、便秘ではない」――そう思って、毎日、排便困難感や残便感で苦しみながらも、「自分は便秘ではない」と信じ込み、排便外来に行かずに我慢している方がいます。ところが実際にはこれも、「便排出障害」という便秘のタイプの1つで、治療を受ければ良くなる可能性があるのです。
60歳代女性のAさんは、若い頃から排便回数減少型の便秘(前回の「食物繊維で便秘が改善する人、しない人の違いとは」参照)で、市販の下剤を飲んでいたためほぼ毎日排便があり、便が軟らかい限りは快適に出せていました。しかし10年ほど前から、便が軟らかくても出しづらくなり、頭に血が昇るくらい息んでも便を全部出し切れず、毎日浣腸して残便感を解消していました。
近くの病院の消化器内科を受診したところ、「大腸に異常がないか調べましょう」と言われ、下剤を飲んで大腸を空っぽにしてから大腸内視鏡検査を受けました。結果は「異常なし」。下剤を処方され、便はさらに軟らかく泥状になりましたが、排便困難と残便感は一向に改善されません。
この連載の第1回(「『下剤はクセになる』は“迷信”?!」)で説明したように、便秘には日本消化器病学会がガイドラインに明記する定義があり、その原因によって▽「大腸通過遅延型便秘症」▽「大腸通過正常型便秘症」▽「便排出障害」――に分かれます。
今回は、3つめの「便排出障害」の中で、骨盤底筋・肛門括約筋の動きという直腸・肛門の機能的な異常のために便をスムーズに出せない「機能性便排出障害」による便秘症のお話です。
前出のAさんはつらい状況を何とかしたいと一念発起して、遠くの病院の排便機能外来を受診。すると「直腸にある便を自力で上手に出せない便排出障害かもしれません。排便造影検査をすれば原因が分かる場合があります」と言われました。
「便排出障害って何? 排便造影検査って何?」……疑問だらけのAさんは、医師に質問しました。
Aさん「排便造影検査って、どんな検査ですか?」
医師「小麦粉とバリウムと水を混ぜた「擬似便」という造影剤を、カテーテルを使って直腸内に注入した後、レントゲン室で便座に座ってもらいます。そして、日頃のトイレでの排便と同じように息んで出してもらい、その様子をレントゲンで撮影する検査です。いわば、日頃の排便の様子を、擬似便を使って再現する検査です(図1)。」
Aさん「下剤を飲んだり、浣腸したりする必要はないのですか?」
医師「便を出せなくて困っているのだから、下剤や浣腸で、その原因となっている便を無くしてしまう必要はありません。ただ、便はレントゲンで映らないので、映る疑似便を使用します。検査中は、レントゲン室の中を誰も見ておらず、レントゲン透視装置でレントゲン画像を見ているだけですから、レントゲン室を大きな個室のトイレだと思って、日頃、排便をする時と同じように擬似便を出す努力をして下さい。そうすれば、あなたが困っている様子が再現できて、原因も分かります」
説明を受けて納得したAさんは、排便造影検査を受けたところ、「骨盤底筋協調運動障害による機能性便排出障害」と診断されました。
正常な排便では、直腸内に便があって便意を感じて便座に座っている状態で、息んで腹筋に力をいれて腹圧を上昇させると同時に、肛門を締める筋肉である骨盤底筋・肛門括約筋の力は抜いた状態になります。すると、直腸内の圧力が肛門内の圧力を上回って便が押し出されてスムーズに排便できます。私たちは、無意識ながらも体の一部の筋肉(=腹筋)に力を入れると同時に、別の筋肉(=骨盤底筋)には力を入れないという協調運動をすることで、スムーズな排便をしているのです。
しかし何らかの原因で、この協調運動がうまくできなくなり、便を出そうとして腹筋に力を入れた時に、骨盤底筋にも力を入れてしまって逆に肛門を締めてしまう方がいます。「骨盤底筋協調運動障害」と呼ばれ、先に説明した「機能性排出障害」の原因の1つになります。
Aさんは診断と詳しい説明を受けた上で、「バイオフィードバック療法」による治療を提案されました。
これは、自分の体を上手に使うことができなくなってしまっている患者さんが、独力では見て確認することができない生体(バイオ)情報を、工学機器を使用して自分で見ることができるようにする(フィードバックする)ことで、再び上手に使えるように自己訓練(リハビリテーション)する治療法です。
治療の説明の前に、骨盤底筋協調運動障害の患者さんの「バイオ情報」を実際に見てみましょう。測定のため、肛門用電極(図2A)を肛門内に挿入し、腹筋用電極(図2B)を腹筋上の皮膚に貼り、それぞれの電気的活動度(力の入り具合)を測定します。肛門の安静時の活動度は3~5μVで、最大限締めた時には40~80μVに上昇。一旦リラックスした後に息む動作をすると、正常な方では安静時の活動度から5~10μV程度の上昇を伴うなだらかな波形を示します(図3B上段)。一方、患者さんでは20μV以上の急激な上昇波形を示します(図3A上段)。これは、息んだ時に肛門括約筋が締まってしまうことを示します。
治療は、患者さんに病気の内容と筋電図波形の持つ意味を十分に説明した上で自分の肛門括約筋と腹筋の電気的活動度を目で確認してもらいながら行います(図2C)。具体的には、肛門括約筋の「締める」「緩める」と腹筋での「息む」を自分のタイミングで繰り返してもらい、息んだ時に肛門括約筋の波形が極力上昇せず、低くなだらかな波形を描くように試行錯誤してもらいます。それと同時に、息んだ時に肛門筋電計の波形が極力上昇しない範囲で、腹筋筋電計の波形が最大限に上昇するようにも試行錯誤してもらいます。
最初は、息んだ時にどうしても肛門の活動度が上昇してしまいますが、何度も繰り返すうちに腹筋には力を入れながらも(図3B下段)、肛門筋電計は低くなだらかな波形(図3B上段)を描く理想的な息み方を自ら習得できるようになります。
この訓練を1カ月に1回、原則として計5回、外来で約30分間行い、そこで覚えた適切な排便姿勢(前かがみ)、息み方、肛門の「締める」「緩める」を、自宅でも実際の排便時に練習してもらいます。
その後Aさんは、バイオフィードバック療法を月に1回、5カ月間にわたって受けたところ、自力でスムーズに排便できるようになりました。浣腸なしでも「本来体外に排出すべき糞便を十分量かつ快適に排出」できるようになったため、快食・快便で快適な生活が送れるようになったのです。
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