「便秘は、食物繊維の摂取量が少ないから」「食物繊維を取れば便秘は治る」との言葉を聞きます。これを真に受けて食物繊維を一生懸命取る方も。でも、この対策は、便秘に悩むすべての人にとって“正解”ではありません。人によっては、おなかの張りなど不快感が増すだけに終わることも。では、どのような人にとって、食物繊維が便秘対策として有効なのでしょうか。便秘の原因を正しく理解した上で、食物繊維にしても下剤にしても、適切な対処を行えば、“お通じの悩みと苦しみ”から解放されるかもしれません。
20歳代女性のAさんは、大学卒業を機に親元を離れて1人暮らしを始め、証券会社に勤務。朝から晩まで忙しく働き、朝はコーヒーのみ、昼はパン、夜はコンビニ弁当かカップめんという生活が続きました。それまでは、母親が作ってくれる食事を朝夕に食べ、便通にも悩んだことのない快食・快便の生活でした。しかし1人暮らしを始めてからは、排便は3~4日に1回。しかも、出る時はカチカチの便で出しづらく、肛門が痛くなるので排便が怖くなってしまいました。いわゆる「排便回数減少型の慢性便秘症」の状態です。
食事がいけないのだろうと思いながらも、忙しさにかまけて、そんな生活が1年ほど続いたところで、Aさんは一念発起。栄養計算ソフトを購入して、自分の食事を見直したところ、なんと1日の平均食物繊維摂取量が4gしかなかったのです。厚生労働省は、女性では1日18g以上の摂取を推奨していますから、明らかに不足しています。そこでAさんは、レシピ本を参考に、1日平均20gの食物繊維を取るように習慣づけたところ、バナナのような便が毎日出るようになり、便秘の悩みから解放されました。
50歳代女性のBさんは、以前は毎日あった排便が、最近は3~4日に1回になってしまいました。しかも出る時は硬い便で出しづらく、排便困難感と残便感で困るようになりました。前述のAさんと同じく、排便回数減少型の慢性便秘症の状態です。
そこで、近くの病院を受診して大腸内視鏡検査を受けましたが異常はなく、下剤の内服を勧められました。しかし、「下剤はクセになる」「毎日飲んでいると次第に効かなくなる」との迷信(前回「『下剤はクセになる』は“迷信”?!」参照)を信じているBさんは、下剤の内服を断り、娘のAさんの勧めに従って食物繊維の豊富な食事を取るようにしたのです。そう、Bさんは、食物繊維を適切に摂取するようになって便秘が治ったAさんの母親です。しかし、元々、食物繊維の豊富な食生活を送っていたBさんは、以前から毎日20gの食物繊維を取っていたので、更に増やして毎日30gにしました。ところが排便回数は一向に増えずに3~4日に1回のままで、腹部膨満感や腹痛は逆に悪化して、便秘の悩みは増すばかりです。
さて、この2人の違いは何なのでしょう?
前回お話しした通り、慢性便秘症は、大腸の蠕動(ぜんどう)運動能力の低下のために排便回数が減少している「大腸通過遅延型便秘症」▽経口摂取量(特に食物繊維摂取量)低下に伴って本来排出すべき糞便量が少ないために排便回数が減少している「大腸通過正常型便秘症」▽直腸・肛門の機能・構造の異常のために直腸にある糞便をスムーズに排出できない「便排出障害」――の3病型に大別されます。
今回は、治療に食物繊維摂取量の適正化が有効な大腸通過正常型便秘症のお話です。
バナナ状の便の75%は水分、25%は固形物です。さらに、その固形物の半分は小腸で吸収されなかった食物繊維の残りかすです。したがって、食物繊維の摂取量が便の量に大きく影響します。
実際に、食物繊維をたくさん取ると便の量も増えるのでしょうか。それを実験した人がいます。その結果を紹介しましょう。表1は便秘ではない健康な成人女性に5日間、異なる量の食物繊維を摂取してもらい、1日の平均排便量を測定した結果です。ご覧のように、食物繊維をより多く取るほど排便量が増えています。つまり、“食べるもの”が、“出るもの”なのです。
「便を出す」ことが便秘治療の目的だとしたら、すべての便秘症は食物繊維を取れば治療になるのでしょうか。残念ながら、そう簡単な話ではありません。
ここでもう1つ、食物繊維摂取と便秘症状の改善についての研究を見てみましょう。この研究は「排便回数減少」「排便困難」など症状だけで慢性便秘症と診断された147人に、食物繊維を豊富に含むオオバコを15~30g(食物繊維9.75~19.5g)/日、最低6週間摂取してもらい、症状の改善状況を調べました。
全体でみると、22%が完全に治り(治癒)、22%で症状が改善しています。つまり慢性便秘症患者の約4割には食物繊維は有効ですが、6割弱には無効ということになります。
有効例が半数に満たないようでは、食物繊維の摂取が便秘改善策としては当てにならないと思われた方がいるかもしれません。しかし、この数字をより詳細に検討すると、少し違うものが見えてきます。
この研究の参加者に「大腸通過時間検査」と「排便造影検査」を受けてもらい、その結果から(1)両検査とも異常なし=40人(2)排便造影検査だけで異常のある「便排出障害」=51人(3)大腸通過時間検査だけで異常のある「大腸通過遅延型」=46人(4)便排出障害と大腸通過遅延型便秘症の合併例=10人――の4群に分け、それぞれで食物繊維の効果を比較したのが表2です。(1)の異常なし群では食物繊維の有効率が85%に対して、(2)便排出障害群は37%、(3)大腸通過遅延型群20%、(4)合併例20%――と大きな差があったのです。なぜでしょうか。
異常なし群は、食物繊維摂取量が少ないために排便回数が減少して便が硬くなって排便困難などの便秘症状を呈していただけなので、食物繊維摂取量の増加で便秘症状が治癒・改善したのです。前述のようにこのようなタイプの方は大腸通過正常型便秘症と診断され、このタイプの便秘には食物繊維摂取が有効なのです。これに対し、大腸通過遅延型便秘症や便排出障害の方にとっては、食物繊維摂取量を増やしてもほとんどが、おなかが張るなど不快感が増すだけの結果に終わってしまうのです。
ここで賢明な読者の方は、お分かりだと思います。そう、同じ排便回数減少型の慢性便秘症でも、冒頭で紹介したAさんは食物繊維摂取不足が原因の大腸通過正常型便秘症で、Bさんは大腸の蠕動運動能低下が原因の大腸通過遅延型便秘症だったのです。
その後Bさんは、食物繊維摂取量は元の20g/日に戻し、下剤についての認識を改め、医師の勧めに従って酸化マグネシウム1.8gを朝夕に分けて内服することにしました。その結果、毎日1回朝食後に食べ頃のバナナ程度の硬さの便が出るようになり、排便困難感も残便感もないそうです。適量の非刺激性下剤内服のお陰で、快食・快便で快適な生活が送れるようになったのです。
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