インタビュー

原発性アルドステロン症の原因について―ヒトの進化から考える

原発性アルドステロン症の原因について―ヒトの進化から考える
西川 哲男 先生

横浜労災病院 名誉院長、西川クリニック 院長

西川 哲男 先生

この記事の最終更新は2015年07月17日です。

原発性アルドステロン症」という病名に馴染みのある方は多くはないかもしれません。これは、かつてはあまり知られていなかった「副腎の腫瘍からアルドステロンというホルモンが大量に出てしまう」病気です。近年、この病気が高血圧の原因として非常に重要であることが分かってきました。

原発性アルドステロン症の原因は何なのでしょうか。原発性アルドステロン症に関して臨床・研究ともに世界的な第一人者であり、日本の原発性アルドステロン症の診断治療ガイドライン委員長を務められた横浜労災病院院長・西川哲男先生にお話をうかがいました。

原発性アルドステロン症は、副腎腫瘍からアルドステロンというホルモンが大量に産生されることにより起こります。しかし、まだどのようなことがリスクになっているのか、遺伝・環境・生活習慣などとの詳細な関連は分かっていません。たとえば、親子で発症するケースなどは稀と考えられていましたが、家族性アルドステロン症も診断される頻度が増えてきました。

それでは、ヒトの進化という観点から原因を考えていきましょう。
ヒトは魚から両生類になって、やがて二足歩行になっていきました。そのため、かつては0.9%の塩分の中で暮らしてきたのに、全く塩のない空気中で生活しなければならなくなりました。

二足歩行のまま血流を保つためには、どうしても血圧を維持しなくてはなりません。血圧を維持し、有効循環血液量(血液の量)を確保するためには塩と水が必要です。ヒトは生まれた瞬間から塩を得るための戦いをしなくてはならないのです。塩を得るためには口から入れるか、おしっこに出させないかのどちらかが必要です。簡単に言うと、アルドステロンは塩をおしっこに出させないためのホルモンなのです。

かつて人類は、食塩を巡って争っていました。岩塩を取るか、海から塩を生成するしか食塩を得る手段がなかったからです。塩がないとヒトは暮らしていけないのです。しかし18世紀以降、塩が自由にとれるようになりました。それ以降、ヒトは塩分過多の状態で暮らすようになりました。

塩分が過多の状態では、普通ならヒトの体は、アルドステロンが抑えられるように働きます。しかし、原発性アルドステロン症は勝手にアルドステロンを過剰分泌している状態なので、体の塩分が過多になっても止まることはありません。例えばアフリカなど塩が得にくい地域では、原発性アルドステロン症でも何ら問題がなく生きていくことができます。アルドステロンが血管毒性を発揮する(血管をいためつける)のは、塩があってはじめて起きることなのです。

つまり、原発性アルドステロン症の方でも、塩がなければ何ら問題なく過ごしていけるのです。塩が得にくい地域の方々や、1日3g未満の食塩で暮らしている方々の場合は、原発性アルドステロン症の状態であっても問題ありません。血圧も上がらなければ臓器障害も起きないからです。

このように、原発性アルドステロン症は「塩がなくても生きていける体」の状態なのです。むしろ、塩がない環境下では原発性アルドステロン症のような体でないと生きていけなかったのではないかと考えられます。

アルドステロンには合目的性があります。ヒトが高温でも低温でも体の中の塩分を保ち、有効循環血液量と血圧を維持するための大切なホルモンです。しかし、原発性アルドステロン症では、おそらく副腎の生殖細胞変異あるいは体細胞変異が原因となり、アルドステロン合成酵素が活性化され過剰アルドステロン分泌が起きてしまいます。塩分との戦いの歴史があるなかで、私たちヒトには、合目的的に原発性アルドステロン症という体質が数多く出てきたのではないかと考えられています。

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