現在、日本における「児童虐待」の相談対応件数は増加の一途を辿っており、虐待死に至る子どもも後を絶ちません。このような悲劇が起こってしまう背景には、家庭力・家族力の低下があると言われています。どのような家庭でも起こり得る児童虐待について、小児医療の現場からアプローチと見解を、北九州市立八幡病院小児救急センター病院長・日本小児救急医学会理事長の市川光太郎先生にお話いただきました。
児童虐待は極めて普通の家庭でも起こり得るものです。この理由は、どのような家庭でも「トラブル」が起こるからです。何かしらのトラブルが起きた時、その捉え方や親のキャラクター、家族間のコミュニケーションの不足によって、最も弱い立場にある子どもが犠牲になってしまうケースは多々見受けられます。
たとえば、大災害に見舞われた時に、子どもと被害者意識のようなものを共有し、親子ともども頑張ろうと考えるタイプのほかに、悲しみや憤りといった自身の気持ちの収めどころが分からず、子どもを見ることが辛くなってしまう、子どもにあたってしまうというタイプの親もいます。このような理由から、家庭の一大事と呼べるトラブルは、ごく普通の家庭における児童虐待を誘発する原因であると言われています。
児童虐待の6割は実の母親によるものだと言われていますが、CPA(心肺機能停止)で小児救急に来るような重度の虐待の多くは養父や継父によるものです。私が1983年に初めて対応した、死に至ってしまった虐待も養父の方によるものでした。
また、子どもの両親ではなく、祖母による虐待も実際に起こっています。たとえば、両親が離婚した後、子どもを引き取った親の実母、つまり子どもにとっては祖母にあたる人物が孫に精神的虐待を加えてしまい、当院へ来られたというケースもありました。離婚の理由は聞いていませんが、祖母の方にとっては、自身の子ども夫婦の離婚が到底許せないものであったのではないかと推測しています。
実の両親が揃っており、望んで子どもを出産した場合でも、常に満点ママ・パパでなければならないという性格の方だと、育児がうまくいかないことや育児困難感がきっかけとなり、虐待に及んでしまうことがあります。
このように、児童虐待は単一の理由で起こるものではありません。しかし、どのような社会環境が原因となっていようとも、それを見過ごして子どもを犠牲にしてしまうことはあってはならないことです。こういった思いを自身のエネルギーの根源とし、早期発見・早期介入のために医療従事者の立場から児童虐待にアプローチし続けています。
今の日本全体を見ていると、家庭力や家族力というものが確実に低下しているように思われます。この脆弱な家庭力・家族力が虐待を招く原因の一つになっているのではないでしょうか。
たとえば、夫婦間でのコミュニケーション不足により、子どもが犠牲になることもあります。「夫の転勤により見知らぬ土地へと引っ越した妻が、その寂しさのあまり夫の面倒を見られなくなった。夫はそれに対しイライラを募らせ、結果子どもにあたってしまった」。このようなケースにも出会った経験があります。お子さんに硬膜下血腫や眼底の出血があることを告げると、インターネットで調べた父親は、それが「揺さぶられ症候群(SBS)」の症状であることも、自分が子どもを揺さぶったことが原因であることも理解し告白されました。母親が「自分が寂しさゆえに落ち込んでしまい夫の面倒を見られなかったせいだ」と告げたのは一番最後でした。
このケースは、夫婦で話し合えば解決できた問題であったのかもしれません。ここでもやはり問題になってくるのは、家庭力・家族力の脆弱さです。表面上は大変に幸せそうな家庭であっても、その内実は非常に脆いことがあります。そこに気づき、社会全体や各家庭が家庭力・家族力を強化できるよう取り組むことで、児童虐待を減らすことが可能になるのではないでしょうか。