インタビュー

児童虐待の早期発見・介入のために。医療従事者がSOSを見抜く取り組み

児童虐待の早期発見・介入のために。医療従事者がSOSを見抜く取り組み
(故)市川 光太郎 先生

北九州市立八幡病院 元病院長、日本小児救急医学会  元名誉理事長、久留米大学 医学部 元小児科...

(故)市川 光太郎 先生

この記事の最終更新は2015年10月24日です。

社会全体の問題として解決が急がれる「児童虐待」。行政庁や教育施設など様々な機関が児童虐待を未然に防ぐための取り組みを実施していますが、医療従事者もまた支援が必要な家庭や子どもを早期段階で救うための改革を実施しています。各家庭からのSOSを早期に見抜くために、医療従事者は何を重視し、どのように動いているのでしょうか。北九州市立八幡病院小児救急センター病院長・日本小児救急医学会理事長の市川光太郎先生に、小児救急の現場で行われている児童虐待へのアプローチについて、お話しいただきました。

普通、多くの保護者は、子どもが少し熱を出しただけでも心配でたまらなくなり、救急を受診するものです。しかしながら、虐待をしている親の場合、子どもが死に直面するほどの重症、いわゆる絶体絶命の状態にならなければ来院することはありません。ですから、虐待を早期診断・早期介入するためには、私たち救急病院の医師は、院内で待っているだけではいけないのです。

虐待は一朝一夕にできあがるものではなく、徐々にエスカレートしていくものです。連続性があり、軽症の段階で何回か病院を受診されていることもあります。私たち医師に必要とされるのは、その段階で見抜くスキル、鋭い観察眼ではないでしょうか。

学校の先生など、毎日子どもと接する方は、子どもを「線」で観察することができますが、警察や医師は「点」でしか観察できません。子どもと点で接する機関の人間が、「まだ大丈夫だろう」「まさか親御さんがそんなことをするわけない」と自分でシャッターを下ろしてしまうと、次に診る時はもうCPA(心肺機能停止)となってしまいます。このような事態に陥らないために、今私は各医療機関に対して鋭い観察眼の必要性をアピールするための講演を行っています。

虐待をしてしまった人たちは、かかりつけ医ではなく、対応する看護師も医師も日替わりで、虐待に気づかれにくい急患センターなどを受診する傾向があります。ところが、こうした病院において子どもを診るのは必ずしも小児科医とは限りません。たとえば、頭の怪我の場合は脳外科や一般外科、骨折ならば整形外科の先生が診ます。こういった方は小児科医ほど虐待のことを知りませんから、「なぜまだ歩けないのに骨折するのだろうか」といった発想には至らず、怪我を治すことに英知を注ぎ込みます。しかし、これでは虐待は見逃されてしまいます。このことからもわかるように、虐待の早期発見のためには、小児科医だけでなく、あらゆる分野の医師、医療従事者全員が虐待について知識を持つ必要があるのです。

先に述べた小児科医以外の先生方、特に脳外科や眼科、整形外科やER医の方には、児童虐待をどうか見逃さないようにとお話する機会を作っています。また、私は4つの大学の医学部、3つの看護大学にも講義に行っていますので、そちらの学生さんに向けた啓発活動も行っています。

一般の方に対してお話しする時には、症例写真を提示し、ヴィジュアルインパクトを与える方法でアピールしています。教育関係者の方には、虐待の傷はどこにつきやすいのか、虐待の傷と転倒などによる自然外傷の違いはどこにあるかといったことを、写真を出しながら説明し、見るポイントを理解してもらっています。まずは児童虐待と言うものが実際に起こっており、どのように酷い状態になってしまうのかを多くの人に知ってもらい、様々な人が注意深く見ることが、早期発見・早期介入のための第一歩だと考えています。

子どもと「点」で接触する人間が児童虐待を早期に発見するためには、まず、親と子の表情や態度を観察することが重要です。子どもらしくない表情や親らしくない態度、親子らしくない雰囲気、それを見抜かねばなりません。同じ待合室で待っていても、子どもには親を恐れる様子があり、親に子どもを疎んじる様子がある。このように「少しおかしい」と感じる点がある時は、遠慮せず言ってほしいということを当院のスタッフには伝えています。また、服を脱がせて子どもの体を診る機会の多い放射線科の技師さんや、診察室の外で親子を観察できる事務の方にもチェックをお願いしています。ここまで行っている病院は珍しいと言われますが、支援が必要な子どもや家庭にできるだけ早く手を差し伸べられるよう、当院だけでなく、全国のあらゆる医療機関の方にも同様の取り組みをしてもらえるようアピールし続けているところです。

「虐待する側も被害者である」という考え方の大元には、知らず知らずのうちに追い込まれて虐待をしてしまう人が多いという事実があります。今、行政にも相談窓口は増えていますから、虐待に至るほどに追い込まれる前に、どうか躊躇せず社会にSOSを出してほしいと願っています。SOSの発信先は、もちろん病院でも構いません。たとえ熱などの症状がなくても、育児困難感を訴えて来院し小児科医に相談しても良い、それが私のスタンスです。全国の医療従事者の方々も、ぜひこういった意識を持っていただければ幸いです。

児童虐待には、先に述べたように連続性があります。今現在は兆候などが微塵もないとしても、1年先はわかりません。虐待をした・する前であるといったことには捉われず、様々な視点から手助けが必要な家庭を見つけ出し、社会全体で一緒に子どもを守る仕組みが、現代日本には必要だと言えるでしょう。

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