夜間や休日、15歳未満の子どもが早急な治療を要する疾病に罹患した時などに受診する「小児救急」。今、この小児救急の現場では、医療サイドの人手不足や保護サイドの急性傷病不安による不要・不急の受診が増加し、大きな問題となっています。では、適切な受診のタイミングを家庭で判断するために、私たちは何を知っておく必要があるのでしょうか。また、医療従事者間では、課題解決のためにどのような取り組みが行われているのでしょうか。北九州市立八幡病院小児救急センター病院長・日本小児救急医学会理事長の市川光太郎先生にお話を伺いました。
子どもが何かしら急性の症状を訴えた時、不安を感じ小児救急を受診する、これは保護者心理としてごく普通のものであると言えます。また、たとえ母親は昼間にかかりつけ医を受診し、適切な処置を受けて、救急を受診すべき時を指導されていたとしても、別の家族が救急を受診するよう心配をたきつけてしまっている例も少なくはありません。さらに、現在はインターネット上に様々な情報が溢れており、これが保護者の方の心配を増幅させる大きな要因となっています。
たとえば、子どもが40度の熱を出しながらもケロリとした様子を見せているとしましょう。一世代前の場合、母親が親しい知人から「自分の子どもは40度の熱で亡くなってしまった」という情報を聞かされていたとしたら、我が子がどんなに元気な様子であろうと当然小児救急に来院されました。この情報源が、親しい知人ではなくインターネットに変わっただけで、小児救急の受診の仕方は私が当院に来た1981年から現在に至るまでの30年以上変わっていないと言えます。脳炎や髄膜炎(ずいまくえん)など、100人に1人以下のパーセンテージでしか発症しない疾患でも、その病名が目に入ってしまうと、やはり保護者は心配になり来院されます。
ですから、母親や父親各々ではなく、家庭という枠組みで小児救急を受診すべきか判断する能力、「家庭看護力」を向上させることが、救急受診過多解消のためにも、保護者の不安解消のためにも重要になってくるのです。
家庭看護力には2つの種類があります。ひとつは、日ごろから子どもの「健康」を保つ力。生活習慣病を防ぐための土台作りなどはこちらに該当します。そしてもうひとつは、予期せぬ傷病を患った時に救急を受診すべきか否かを判断する能力。後者の能力向上のためには、家庭だけでなく小児科医の意識改革や協働が不可欠です。そこで現在、自身が主体となり小児科医会で「家庭看護力の醸成(じょうせい)」という言葉をアピールしています。というのも、小児救急受診についての考え方には、医療従事者と家庭間で大きな隔たりがあり、まずは両者の意識の乖離を埋めなければならないからです。
先に、小児救急には不要・不急の受診が多いと言われていることを述べました。確かに、100人の患者さんが救急や時間外で受診なさった場合、95人は投薬もしくは説明のみで帰宅される、4.9人は入院する、残りの0.1人がICUに入る、そのくらい軽症患者が多いのも事実です。しかしながら、このような状況を受けて医療側に蔓延してしまった「なぜこの程度で来るのか」という考え方は改善すべきものであると言えるでしょう。
軽症で来院することを悪しざまに言われ、一方重症になってから受診すれば「これでは虐待と同じではないか」と言われてしまう。このような状況の中で、医療従事者と保護者が信頼関係を築くことはできません。私たち医療従事者に必要なのは、保護者と「コラボ」して子どもを育てようという意識です。
小児救急を受診する保護者の不安には、必ず理由があります。その理由を聞き、不要・不急の受診などと言わず、「心配だったらいつでもどうぞ」と言える医療救急提供体制を作ることが理想と言えるでしょう。しかしながら、私たち小児科医が慢性的な人員不足や過重労働などの課題を抱えていることもまた事実です。このような状況下では、保護者と医療従事者の両者が歩み寄り、協働して医療提供体制を構築していくことが最善策と言えるでしょう。
まずは、全国の小児科医が「家庭看護力」を重視し、保護者に子どものどこを見るべきかを指導する。家庭側は、それを受けて受診のタイミングを自身で判断し、来院理由や症状を医師に適切に告げられるよう工夫する。これこそが私が提唱している「家庭看護力の醸成」です。「養成」という言葉は、知識を持った者が教えるという、やや一方的な印象を内包しますが、ここで用いている「醸成」には、両者それぞれの工夫により膨らんでいくといったニュアンスがあります。保護者側の知識の獲得と継承、小児救急医療への参画によって不要・不急の受診が減り、小児救急医療の質の向上が実現するのではないか、このような考えから「家庭看護力の醸成」という言葉にたどり着きました。