漢方治療では一人一人の体質や体型をみて、治療方針を決めていきます。その際には、患者さんが冷えやすい状態か、熱を冷まさねばならない状態かを見定めることが必要です。このように、漢方治療は患者さんが「陰と陽」どちらに属するかを考えるところからスタートしますが、そもそも「陰陽」が何を意味するのか、よくわからないという方もいることでしょう。本記事では、九州大学大学院医学研究院地域医療教育ユニット准教授(九州大学病院総合診療科漢方専門外来担当)の貝沼茂三郎先生に、漢方医学で使われる言葉について解説していただきました。
漢方治療では、患者さんの体質や体型をみてその人の「証(しょう)」を診断し、処方する漢方薬を決めていきます。まずは、「陰証」と「陽証」についてご説明しましょう。
陰陽とは、中国の古典哲学に由来する考え方で、森羅万象、つまり全てのものを陰と陽の相対的なものとして見做すというものです。たとえば、「昼と夜」や「夏と冬」のように、あらゆる事象を二つの相対するタイプに分けて考えるのです。
漢方医学もこの陰陽論に基づいており、患者さんをみるときには、まず「この人は陰性の病態か陽性の病態か」と分類します。
もう少し詳しく述べますと、「陽証」の人は熱が主体の活動性の病態に困っており、「陰証」の人は非活動性で寒(かん)が主体の病態に悩んでいると考えます。次項では、具体的な不調の例を挙げて、陽証と陰証についてより詳しく解説します。
私は、漢方医学に馴染みのない方に陰陽を説明する際には、「この人は温めたほうがよい人なのか、熱を冷ましたほうがよい人なのかを考えるとよい」といっています。
ここでは、食べ物が原因で下痢をしてしまった患者さんを例に挙げて考えてみましょう。
スパイスの効いた辛いカレーを食べてお腹をこわした場合、肛門の灼熱感を伴うヒリヒリとした下痢をすることがあります。これは漢方医学からみると「熱」が加わったことによる「陽性の下痢」となります。
一方、アイスクリームなど、冷たいものを食べすぎることによりお腹をこわすこともあります。これは体を冷やしたことによる「陰性の下痢」です。
このような違いがあるため、漢方医学では同じ下痢という症状に困っているとしても、前者の患者さんには熱を冷ますような治療をし、後者の患者さんには体を温めるような治療をしたほうがよいという判断をするのです。
では、次に「足の捻挫」による痛みを陰と陽に分類してみましょう。捻挫をした直後の急性期は、腫れを引かせるために患部を氷などで冷やす処置(クーリング)をとります。
一方、捻挫した部分の疼痛が慢性化してしまうと、寒いときには患部が疼き、温泉などに浸かると痛みが緩和されるといった現象が起こります。
このような場合、前者は熱による陽性の痛みで、後者は温めることにより改善される陰性の痛みと分類されます。
西洋医学の食事療法では、「一日○kcalを目安に食事をとりましょう」、「塩分は○g以下に抑えましょう」と指導をすることがあります。これに対し漢方医学では、食材を陰と陽に分類し、陽証の人と陰証の人に対して指導内容を変えていきます。
たとえば、白砂糖を豊富に含んだ菓子類や生野菜(特に夏野菜)、柑橘系の果物は体を冷やす陰性の食材ですから、冷えによる不調が現れている陰証の人には摂りすぎないよう注意しなければなりません。例え体を温める方向に作用する漢方薬を処方していても、1日に非常にたくさんのみかんを食べてしまっていては、効果は相殺されてしまうという訳です。陰証の人は、根菜類など体を温める陽性の食材を積極的に摂取することが大切です。
陰陽の考え方は複雑で難しいものですが、まずは上述のように“この患者さんは温めたほうがよいタイプか、熱を冷ましたほうがよいタイプかを見極める”ものであると考えると、漢方医学に初めて触れる方にとってもわかりやすいのではないでしょうか。
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